行政と民間医療機関の関係性という点に着目すると、今回の改正感染症法は「民間中心の医療提供体制の部分的な修正」と位置付けることもできる
12。日本の医療提供体制の大半は民間医療機関で占められているが、民間医療機関には「営業の自由」が担保されており、国や都道府県が関与できる範囲は平時でも限られている。
例えば、先に触れた地域医療構想について見ると、都道府県を中心に医療機関の経営者や市町村の関係者、介護事業所の経営者、住民などで構成する「地域医療構想調整会議」での合意形成と自主的な対応が想定されており、国や都道府県は民間医療機関に対して病床削減などを命令できない。
例外的な位置付けとして、地域医療構想の推進に際して、民間医療機関が勧告や指示に従わない場合、都道府県が特定機能病院や地域医療支援病院を取り消せる権限規定が創設されており、今回は感染症対応でも同様の制度が導入されたと理解できる。
しかし、地域医療構想に関する権限強化について、当時の厚生労働省幹部は「懐に武器を忍ばせている」と説明
13しており、実際に行使されることは想定されていなかった。
今回の新型コロナ対応に関しても、2021年の通常国会で感染症法が改正され、国や自治体が病床確保を要請するための権限が強化され、東京都や奈良県、札幌市などが権限を行使したが、法改正の国会審議では「あくまでも協力を中心に」という方針が示される
14など、強制力は限定的だった。
こうした経緯や現状を踏まえると、今回の改正感染症法は部分的とはいえ、民間医療機関に関する国や都道府県の権限が強化されたと評価できる
15。
この点は民間医療機関の立場で考えると、より明瞭に見えて来る。そもそも民間医療機関には「営業の自由」が担保されているが、今回の法改正を通じて、民間医療機関も国や都道府県の感染症対策に協力する義務を負うことになった。さらに、事前に協定を結んだ民間医療機関には感染症への対応が義務付けられ、実施しない場合には名称公表などの不利益も受けることになった。その結果、民間医療機関の自由が部分的に制限される反面、公共性が強まったと理解できる。
しかし、都道府県との協定を結ぶかどうかの判断は民間医療機関に委ねられており、民間医療機関には「退出」の自由も付与されている。このため、今回の法改正は民間医療機関の「自由」と、国・都道府県による「関与」のバランスの上で作られた仕組みと理解できる。
実際、両者のバランスを取ろうとしている点に関しては、「民間医療機関につきましては、地域の医療提供体制におきましてこのような特別な位置付けがない中で感染症医療の提供をお願いするということになりますので、義務付けるということまでは難しい」「感染症の発生や蔓延時におけるその地域の医療提供体制を確保するために、やはりできる限り多くの医療機関に協定を締結いただくことが望ましい」という厚生労働省幹部の国会答弁
16からも読み取れる。
12 民間中心の提供体制における限界に関しては、2022年7月20日拙稿「医療提供体制に対する『国の関与』が困難な2つの要因を考える」を参照、
13 2014年4月23日、第186 回国会会議録衆議院厚生労働委員会における原徳壽医政局長の答弁。
14 2021年2月3日、参院内閣委員会・厚生労働委員会連合審査会における田村憲久厚生労働相の答弁。
15 実は、協定制度、あるいは契約制度を通じて、新興感染症への備えを強化する考え方については、関係者の間で意識されていた。例えば、池上直己(2021)『医療と介護 3つのベクトル』日経文庫p91では、▽国が契約の大枠を規定、▽詳細は都道府県が民間医療機関を含めた医療機関と決定、▽5年ごとに見直し――という方法が提案されていた。筆者自身も、都道府県と医療機関による契約制度あるいは協定制度が必要と指摘していた。2021年11月8日拙稿「医療提供体制に対する『国の関与』が困難な2つの要因(中)」、あるいは2021年3月30日『東京新聞』(共同通信配信記事)などを参照。今回の制度では、医療機関が「正当な理由」なく協定に違反した場合、名称公表などの措置を伴うため、契約制度に近いと考えられる。
16 2022年5月16日、第210回国会参議院厚生労働委員会における厚生労働省の榎本健太郎医政局長の答弁。
5――おわりに