(9) 人間とデジタルテクノロジーが共生するコラボレーション型システムの重要性
小木津氏は、AIによる判断の自動化よりも、柔軟に思考し責任を持って判断できる人間の特徴を取り入れて、遠隔監視するオペレーターが介在しカバーする自動運転の仕組みを構築した方が有効性が高い、との考え方を我々との対談で示した。人間とデジタルテクノロジーが共生・協働する仕組み、言わば「コラボレーション型システム」を構築すべき、との考え方は、AIを含めたデジタルテクノロジーと人間の関係性や人間のテクノロジーへの向き合い方に関わる今後の在り方に、非常に有益な示唆を与えてくれる。
「AIは雇用を奪う」とのAI脅威論は、依然として根強い。一方、筆者は、「AIを活用した未来社会がどのようなものになるかを決めるのは、AIではなく、それを開発・進化させる科学者・開発者やそれをツールとして社会に実装・利活用する経営者など、人間自身であるはずだ。AIを単なる人員削減のための道具ではなく、『人間と共生する良きパートナー』と位置付けるべく、ビッグデータから人間では気付けない関係性やわずかな予兆を捉えるなど、AIにしか出来ない(=人間には出来ない)役割や、画像認識など既にAIが人間の能力を上回っている機能をAIに担わせるように、人間自身が強い意思を持って導くことが重要である」「AIは人間の労働を奪うのではなく、人間の潜在能力を引き出し能力を拡張させるために利活用すべきである」「AIに関わる科学者・開発者や経営者には、AIの開発・実装において、このような明確な『哲学』や『原理原則』を強く持つことが求められる」と主張してきた
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人間が本来不得意な、あるいはAIが明らかに人間の能力を上回っている業務・タスク・活動・機能をAIに任せることで、人間は創造的活動など得意とする分野にできるだけ専念できる仕組み・環境を人間自らがデザインしなければならない。例えば、研究開発業務におけるAI活用(研究開発DX)を例にとって、「すべての研究開発業務をAIでシステム化できるわけではない。人間にはできない多様で膨大なビッグデータの網羅的・効率的な解析をAIに任せ、研究者・エンジニアは、合理性や常識にとらわれない創造性を発揮することやAIによる分析結果を参考に意思決定をすることで互いに得意分野を担い、研究開発の現場でAIが研究者・エンジニアの業務をしっかりとサポートし、人間とAIが協調・調和して業務を遂行できる『ハイブリッド環境』を実現することが望まれる」
25と、筆者は指摘した。「ハイブリッド環境」は、「コラボレーション型システム」と言い換えてもよい。また、ここでの筆者の主張・指摘は、AIを含むより広い概念である「デジタルテクノロジー」についても成り立ち得ると考えられる。
デジタルテクノロジーは、決められた合理的なプロセスを高速で追求し続けることは得意だが、合理的プロセスから外れた偶発的な事象に対して臨機応変に対応することはできないし、小木津氏が人間の特徴・強味として挙げた、柔軟に思考したり責任を持って判断したりすることもできない。自動運転システムでも、遠隔監視型のように、人間とデジタルテクノロジーが互いに得意分野を担って共生・協働するコラボレーション型・ハイブリッド型の仕組みが大きな効果を発揮し得るのだ。また、遠隔監視者(自動運転オペレーター)という新たな専門人材の雇用創出にもつながり得る。
前出のトヨタ自動車の高度安全運転支援システム「ガーディアン」は、「人間の能力を置き換えるのではなく増大させるという考え方」で開発されており、「これから起こりうる事故を予測、ドライバーに注意を喚起し、ドライバーの操作と協調して修正制御を行う場合を除き、ドライバーは常に車のコントロールを行うことになり」、「人間と自動運転システムがチームメイトとしてお互いのベストの能力を引き出すようなシームレスで調和的な運転システムである」
26。前述の通り、AIを含むデジタルテクノロジーは、人間の労働(ここではクルマの運転操作)を奪うのではなく、人間と共生する良きパートナーとして、人間の潜在能力を引き出し能力を拡張させるためのものであるべきだが、ガーディアンは、まさに人間の能力を拡張させるためのテクノロジーの先進事例だ。「人間(ドライバー)とガーディアン(運転支援システム)がチームを組む」との発想は、筆者が主張する「人間とデジタルテクノロジーのコラボレーション型・ハイブリッド型の仕組み(システム)」という考え方と一致する。
また、ギル・プラット氏は「自動運転の最も重要なメリットは、車を自動化させるということではない、ということです。そうではなく、ヒトが自立して自由に動き回れることだと考えます。自動運転とは、まず出来る限り多くの命を極力早く救えるようにし、かつドライビングをより安全に、しかし一方でより心を揺さぶるようなものにすることです」
27と述べており、「自動運転で"Fun-to-Drive"(※運転する楽しさ)を目指している」
28。「車の自動化が自動運転の最も重要なメリットではない」との指摘は、小木津氏の考え方と一致する。ガーディアンは全走行を通して、道路状況やドライバーの反応をドライバーに意識させずに見守るとともに、ドライバーのミスや弱点をカバーすることにより、ドライバーは、車を自分の体の延長のように自由にコントロールしているように感じるが、実際には、ガーディアンがドライバーに運転を教え、ドライバーをフォローしているのだという
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