自動運転の社会実装に向けて(前編)-前橋市・群馬大学の取組事例からのインプリケーションを中心に

2022年03月30日

(百嶋 徹)

(坊 美生子)

2|ODDの設定の考え方
(1) 地域課題解決の戦略として、交通サービスの維持補強が必要なエリアに設定する
自動運転の社会実装について考える時、まずは技術面に注目が集まることから、「どんな地域を選ぶべきか」「道路環境の条件は」というところから検討をスタートしがちである。しかし上述したように、テクノロジーは手段であり、目的は地域課題、社会課題の解決である。したがって、地域課題解決のために、どうしても交通サービスの維持・補強が必要だと思われるエリアを見極め、自動運転を戦略的に入れていく、という発想が望まれる。自動運転をオーナーカーに実装するのではなく、サービスカーの公共交通に導入するのであれば、特にその点が重要である。

前橋市と行った対談の中で、最も大きなインプリケーションであった一つは、細谷氏の「まずはここ(上毛電鉄中央前橋駅―JR前橋駅)を自動運転化することによって(市内の交通ネットワーク全体を)維持、充実していこうと考えた」という、判断の順序である。つまり、前橋市中心部に位置する、二つの鉄道の主要駅を結ぶこの1kmこそが、市の交通ネットワーク全体の軸を成す「本丸」であり、最も優先的に交通サービスを守らなければならない区間である。そのために、自動運転の技術の力を借りて運行の持続可能性を上げていく、という考え方である。それが、前橋市を持続可能な街にし、住民の生活を守るために必要だということである。

最初に上毛電鉄中央前橋駅―JR前橋駅での実証実験を提案したのは小木津氏だったという。細谷氏も対談中、小木津氏から最初に提案を受けた時の率直な感想について「なんと、この本丸で自動運転とは信じられなかった。市内でも一番、混在交通の環境下で、一番難しいんじゃないかと思いました」と打ち明けている。しかしその後、「でも逆に、ここで成功しないと、いちばん重要な前橋の交通の軸が衰退してしまう」と考え、実証実験に同意したということである。

従って、必ずしもODDに選んだ地域が、自動運転にとって技術的に最も望ましい区間だとは限らない。しかし逆に、どんなに技術的に適した空間が別にあったとしても、住民の生活上の導線と交差せず、域外の人々が訪れることもない場所なら、導入しても意味がないし、交通サービスとして継続しないだろう。

まずは、地域課題解決のために、どうしても交通サービスを維持、補強しなければならないエリアを選び出し、その上で、なるべく技術的なハードルを下げられるように、具体的な走行計画を作成する次の段階で工夫していく、という順序を取ることが重要である。
(2) 自動運転のために重要な3要素
上記の順序を前提とした上で、次に考えるのが、ODDにおいて、自動運転の技術的なハードルを下げるために必要な要素は何かということである。小木津氏は、「重要なエッセンス」として次の三つを挙げている。

1点目は「歩車分離」である。自動運転では、他の車や歩行者、自転車などを瞬時に検知し、もし目の前に飛び出してきた場合には、衝突を避けるために、即座に停車などの措置を取らなければならない。それを確実にするためには、もともと、自動運転車両の走行空間に、他の主体が侵入しないようにしたり、検知しやすい環境を整えることが必要である。従って、例えば生活道路よりは、歩道と車道が分かれた道路の方が歩行者との接触を回避しやすいし、さらには、自動運転車両の専用レーンがある方が、他の車やバイクなどとも接触を回避しやすい。また、カーブした道路よりは、見通しが良い直線道路の方が、対向してくる障害物をいち早く検知しやすい。

ただし、専用レーンの無い道路や、カーブのある道路では自動運転を導入できないということではない。このことは後述する。

2点目は「通信環境」である。自動運転システムでは、自己位置推定のためにGPS、障害物を検知するためにセンサーレーザーなどが用いられる。これらから得た情報は、通信を使ってシステムに送信する必要がある。従って、通信環境が悪い山間部などでは、これらが機能しづらいということになる。

3点目は、自動運転に対する当該地域の「受容性」である。住民の受容性が高ければ、例えば自動運転の走行区間では違法駐車をしない、自動運転車両の前を横切らないなど、安全で円滑な運行を確保するための住民側の協力を得られる。従って、市町村が実証実験を行う際には、予め当該地域で住民と密に意見交換会を開くなど、自動運転に対する理解を得られるように、念入りに準備する必要があるだろう。また、受容性を維持する上で最も重要な点は、交通事故が発生した際の対応だと小木津氏も指摘している(社会受容性については後編でも後述)。通常の公共交通の事故と同様、あるいはそれ以上丁寧に、即座に地域に事実関係を説明し、原因究明と再発防止に取り組むことが不可欠である。

重要なのは、これらの3点が予め揃っているエリアでなければ導入できないという訳ではなく、足りない部分を運用でカバーしていくということである。

実際にこれまでの前橋市の実証実験では、1|で述べたように、主な課題として(1)違法駐車対策等による走行環境の確保、(2)ケヤキ並木によってGPSが入りにくい街路環境における、他の通信設備による補完、(3)複雑な交差点(上毛電鉄中央前橋駅前)に進入する際の、対向車両や歩行者、自転車へのセンシング技術向上、の3点が明らかになっている。いずれも小木津氏が述べた3要素と関連する問題である。

前橋市は、上記3点への対策を進めており、例えば3点目の上毛電鉄中央前橋駅前交差点に進入する際のセンシングについては、同駅前の歩道橋や電柱にカメラやセンサーを設置して、車両から死角となる空間の車や歩行者等をいち早く検知し、超低遅延の5Gを使って、遠隔監視室に情報送信する対策を講じている。「路車協調」の良さを活かした運用である。

通信環境の問題については、例えば1|で紹介した福井県永平寺町の自動運転では、走行区間が山間部であるが、道路に直接、電磁誘導線とRFIDを埋め込み、その情報を通信を経由させず、直接自動運転カートに送信して、自己位置推定する仕組みをとっている。

これらのように、もとの環境に十分な条件が整っていない場合には、運用によって補足、補強するように工夫していくことができる。特に路線バスに実装する場合は、あらかじめ運行ルートが定められているために、これらの対策を講じやすい。

4――前編のむすびにかえて

4――前編のむすびにかえて

前編の本稿では、前橋市・群馬大学の取組事例から得られたインプリケーションを中心に、筆者のこれまでの研究を踏まえた上で、自動運転のテクノロジーおよび運行設計領域(ODD)の設定の在り方について各々考察してきた。自動運転の社会実装について議論する上で、テクノロジーとODDは最もベーシックな要素となるため、前編にて考察を行った。

改めて本稿のポイントをまとめると、以下のようになるだろう。
<テクノロジーの在り方>
 
  • 自動運転システムを高精度に作動させるためには、できるだけ限定された走行環境での実用化を先行させることが定石だが、限定領域であっても実世界である限り、システムが臨機応変に対応できない想定外の偶発的事象を完全に排除することはできない。
     
  • このため、AIによる判断の自動化よりも、柔軟に思考し責任を持って判断できる人間の特徴を取り入れて、遠隔監視するオペレーターが介在しカバーする遠隔型自動運転の仕組みを構築した方が有効性が高い、との小木津氏の考え方は極めて理にかなっている。我が国では、自動運転移動サービスの領域において、必ずしもAIを搭載しない遠隔型自動運転システムの実用化が国を挙げて急がれている。AI・自動運転の先進国である米国と中国では、自動運転システムに搭載するAIモデルの精度向上のために、膨大な走行データの収集に企業がしのぎを削り、AI主導のレベル4を目指しているのとは極めて対照的だ。
     
  • AI主導の自律型自動運転システムなど最先端テクノロジーのみにこだわらず、AIをあえて使わない遠隔型自動運転システムなど既存の成熟した「枯れた技術」を使い倒して、地域が足下で直面している喫緊の交通課題の解決にできるだけ迅速にアプローチすることは、社会的意義が極めて高い。遠隔監視者(自動運転オペレーター)という新たな専門人材の雇用創出にもつながり得る。人間とデジタルテクノロジーの強みを活かし合う「コラボレーション型・ハイブリッド型システム」である遠隔型自動運転システムは、AIを含めたデジタルテクノロジーと人間が良きパートナーとして協調・調和・共生することの重要性を示唆している。
     
  • 我が国では、当面の地域課題解決のためにフル活用すべき枯れた技術に加え、「テクノロジードライバー」となる最先端技術を併せ持つことが、国レベルでの技術ポートフォリオ上、不可欠である。企業体力の強い業界大手や起業家精神旺盛な企業など一部の選りすぐられた企業が、産学官連携を駆使しながら先端技術分野のイノベーションを主導することが求められる。自動運転分野では、広いODDで人間の操作が介在しないレベル4以上の完全自動運転が最先端テクノロジー領域となるが、とりわけレベル4からODDの限定を取り払ったレベル5という究極の目標への挑戦には、「ムーンショット」に果敢にチャレンジする強い使命感・気概・情熱を持って、高い志を成し遂げようとする確固たるスタンスが欠かせない。
<運行設計領域(ODD)設定の在り方>
 
  • 自動運転の社会実装において、目的は地域の交通に関わる社会課題の解決、すなわち「社会的価値の創出」であって、テクノロジーはそのための手段(ツール)である、との認識が何よりも重要だ。従って、地域課題解決のために、どうしても交通サービスの維持・補強が必要だと思われるエリアを見極め、そこに自動運転を戦略的に入れていく、という「社会的ミッション起点」の発想が求められる。前橋市にとってのそのようなエリアは、市内の交通ネットワーク全体の軸を成す中心部の「上毛電鉄中央前橋駅からJR前橋駅までの区間」であり、そこで2018年度以降、自動運転シャトルバスの実証実験が実施されてきた。
     
  • 社会的ミッション起点で自動運転を実装するエリアを選び出した上で、なるべく実装の技術的なハードルを下げられるように、具体的な走行計画を作成する次の段階で工夫していく、という順序を取ることが重要だ。小木津氏は、ODDの設定において、自動運転の実装に向けた技術的なハードルを下げるための「重要なエッセンス」として、「歩車分離」「通信環境」「自動運転に対する社会受容性」の3つを挙げた。当該エリアの元の環境にこの3要素が十分に整っていなくても、足りない部分を運用で補足・補強しカバーする工夫をしていくことが極めて重要だ。
 
後編の次稿では、自動運転システムの走行領域拡大、自動運転の社会実装と街づくり・スマートシティ構築の連携、自動運転の開発・実装に向けた産学官連携・オープンイノベーション、自動運転サービスの収益性、高齢者の移動支援の視点を中心に、自動運転の社会実装の在り方について引続き考察を行いたい。

<執筆分担>
執筆分担の内訳は、以下の通りである。
  • 百嶋 徹
 1─はじめに
 2─対談で議論した主要な項目
 3─1|テクノロジーの視点──国の技術ポートフォリオとして「枯れた技術」と「最先端技術」を併せ持つ重要性
 4─前編のむすびにかえて
  • 坊 美生子
 3─2|ODDの設定の考え方

<参考文献>
 
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