もちろん、病床だけ確保しても有効に機能しないため、▽新興感染症に備えた専門人材の確保・育成、▽保健所における有事対応の強化――なども都道府県レベルでは必要になる
34。特に、人材や資材の確保に関しては、今回の新型コロナウイルスへの対応でも焦点になっており、都道府県が医療機関と協定を事前に結ぶ選択肢も考えられる。この点は災害対策で重機の手配などについて、国や自治体が建設会社と協定を結んでいる事例が参考になるかもしれない。さらに、ベッドや人員、機材の確保に要する財源については、都道府県単位に設置されている地域医療介護総合確保基金を活用することも考えられる。
人材育成に関しては、地元大学や民間医療機関との連携が必要になり、実際に岐阜県や鳥取県は感染症の専門医育成に向けた寄付講座を地元大学に開設するなどの動きも始まっている
35。
このほか、平時と有事の制度が余りにも違い過ぎると、切り替えに伴うコストや手間暇が大変になるため、有事も意識した平時の制度改革が求められる。このため、平時の取り組みを有事に、有事の備えを平時に生きる面を意識する必要がある。例えば、新型コロナウイルスへの対応では回復した患者を中等症病床や軽症病床にシフトさせることで、重症患者を受け入れる病床を少しでも効率化させる病床調整が焦点になっているが、これは地域医療構想で想定されている医療機関の連携と似ている。
まず、新型コロナウイルス対応に関する好事例
36を見ると、神奈川県は患者の状態・症状に応じて療養先を選定する取組を早くから展開した。具体的には、ICU(集中治療室)の病床で重症患者の入院管理を行う「高度医療機関」、中等症患者の入院管理に当たる「重点医療機関」、軽症患者又は退院基準を満たした患者の入院管理を担う「重点医療機関協力病院」に区分けし、状態に応じて患者を入退院・転院させる対応を取った。
さらに、長野県松本医療圏では民間の相澤病院を中心に、公立・公的病院が患者の重症度に応じて役割分担しつつ、コロナ患者を受け入れている。千葉県の安房医療圏でも民間の亀田総合病院を中心に同様のネットワークが構築されているほか、長崎市を中心とする長崎医療圏では大学病院を核としたネットワークが立ち上げられた。つまり、医療需要の増加に伴って病床確保だけでは対応し切れないため、病床稼働の効率性を高めるため、医療機関同士の連携が重視されているわけだ。
一方、こうした対応は地域医療構想にも共通していた。具体的には、地域医療構想を通じて、医療機関の役割分担を明確にした上で、急性期で治癒した患者を回復期に移した後、最終的に在宅医療に移行させる対応が期待されており、政府の社会保障制度改革国民会議報告書では、救命・延命、治癒、社会復帰を担う「病院完結型」の医療から、リハビリテーションや介護も含めて地域全体で支える「地域完結型」の医療への転換を主張していた。つまり、病院単体で患者を抱え込むのではなく、診療所から大病院への紹介、大病院から診療所への逆紹介、在宅医療の充実など、医療機関が役割を分担しつつ、患者の生活を支える医療への転換が重視されていた。
実際、こうした事例として、和歌山県は円滑な退院支援と在宅移行を促すため、「地域密着型協力病院」という枠組みを独自に創設し、急性期病床から退院した患者を在宅で受け入れるまでの中間的な受け皿を作ろうとしている。さらに、生活に密着したレベルで在宅医療のネットワークを構築することで、急性期病床と地域密着型協力病院、在宅医療の間でのネットワークを強化し、スムーズな入退院と在宅療養の支援を進める方針を掲げている。
つまり、こうした役割分担の明確化や医療機関同士の連携は地域医療構想の実現だけでなく、新型コロナウイルスへの対応にも共通しており、「希少な医療資源を効率的に社会的に供給することは地域社会全体にとって有益」として、新型コロナウイルス対応で実施されている医療機関の機能分化が平時にも求められる意見が示されている
37。
このため、平時の連携を有事に、あるいは今回の有事対応を平時にも生かす取り組みを通じて、有事に備えつつ、平時の提供体制改革を進める発想が必要となる、その際には調整役、あるいは司令塔として、都道府県の役割が大きくなると考えられる
38。
32 2020年10月現在で、国指定の「特定感染症指定医療機関」が4機関10床、都道府県が指定する「第一種感染症指定医療機関」が56機関105床、結核や重症急性呼吸器症候群(SARS)などに対応する「第二種感染症指定医療機関」のうち、感染症病床を有する指定医療機関が351機関1,752床、結核病床を有する指定医療機関が173機関3,207床となっている。
33 2020年5月2日『m3.com』配信記事における日医の中川副会長(当時)インタビュー。
34 ここでは詳しく述べないが、国レベルでも専門人材のプールと広域調整、人材の派遣などが必要になる。
35 2021年3月26日『岐阜新聞』、2020年10月14日『日本海新聞』。
36 新型コロナウイルス対応における病院の役割分担については、神奈川県資料に加えて、2021年5月7日『長崎新聞』、同年3月28日『朝日新聞』デジタル配信記事、同年2月3日『中日新聞』、2020年4月9日『朝日新聞』デジタル配信記事などを参照。
37 今野浩紀(2021)「医療機関の機能分化と地域包括ケアの重要性」『週刊社会保障』No.3124。
38 ただし、都道府県に期待される役割やアプローチは異なる。地域医療構想の推進に際しては、都道府県が民間医療機関に行使できる権限が限定的であるため、都道府県には合意形成を主導するファシリテーターやモデレーターの役割が期待される。これに対し、新型コロナウイルスへの対応で都道府県は陽性者を隔離したり、民間医療機関に病床確保を要請したりする必要があり、公権力の行使を含む行政中心のアプローチが必要となる。両者の違いに関しては、2020年5月15日拙稿「新型コロナがもたらす2つの『回帰』現象」を参照。