では、地方分権改革の先行きは常に明るいと言えるのでしょうか。まず、プラス面として、住民に身近な地域で判断できる点が挙げられます。どんなに国の役人が優秀だったとしても、コミュニティや国民の生活の隅々まで統制するのは困難ですし、地域に責任を移譲すれば、地域の実情に沿って課題解決策を模索することが可能です。こうした考え方は
第11回、
第13回で述べた通り、介護保険制度の基本思想であり、地域の実情に沿って提供体制を改革しようとする「地域医療構想」とも共通しています
3。
一方、地方分権改革にもマイナス面はあります。例えば、制度の運営を地域の裁量に委ねることになり、財政力とか、首長や自治体職員の力量次第で地域格差が広がる危険性です。これは現在、私たちが目の当たりにしている現象でもあります。具体的には、新型コロナウイルスへの対応では、新型インフルエンザ対策等特別措置法を通じて、都道府県に実効権限を付与しており、地域ごとで取り組みに差異が生まれやすくなっています。これは刻一刻と変わる感染症に対して、地域の実情に応じて機動的に対応できるメリットがある半面、「都道府県による対応の差が大きいこと、言い換えれば地方分権の課題が見えてきています」という指摘
4の通り、地域格差という別の問題を引き起こします。
こうしたプラス、マイナスの両面は介護保険にも当てはまります。例えば、A市が介護保険制度や
第13回で述べた総合事業などを用いて、住民や企業とともに高齢者の暮らしを支える取り組みを進めたとします。これに対し、隣のB市の住民が「A市を見習ってB市も良い政策を考えるべきだ」といった議論が住民や議会で盛り上がれば、住民を交えた議論とか、地域間の競争を促している点で、地方分権改革の考え方と親和的になります。
ただ、A市の取り組みを視察した政治家や役人が「A市の取り組みを『横展開』(筆者注:国の役人が好きな言葉です。要は「全国に広げる」という意味)するため、国の制度に取り込む」という考え方に囚われれば、国の統制を強化することになり、中央集権に繋がります。しかも、多くの市町村が介護保険について前向きな運営に取り組んでいないと判断されれば、「横展開」を望む意見は強まります
5。
一方、「A市とB市の地域格差はけしからん」という平等主義的な意見も、格差の調整が中央政府に委ねられた場合、結果として中央集権を招きます。つまり、格差を生みやすい地方分権に対しては、国主導による「横展開」を望むような統制的な意見と、一律的な対応を望む平等主義的な意見の挟み撃ちに遭いやすいのです。
この点については、19世紀フランスの思想家、トクヴィルが「誰もが隣人とほとんど同じと思うので、ある一人に適用される規則が他のすべての人に同じように適用されないとなれば、(筆者注:平等を望む市民は)その理由が理解できない」「いかなる中央権力も平等を愛し、平等を奨励する。(略)政府は市民の好むことを好み、市民の憎むことを当然憎む」「民主的世紀には、個人の独立と地方の自由は常に工夫の産物であろうと思う。中央集権が自然な統治であろう」と論じている通りです
6。つまり、平等を望む市民の意識が中央集権を招き、政府も市民の意思に従おうとするため、自然と中央集権が進むと言っているわけです。
では、こうした危ういバランスの中、介護保険制度はどう設計され、どう推移したのでしょうか。地方分権の観点で介護保険の20年を振り返ります。
3 地域医療構想に関しては、過去の拙稿を参照。2017年11~12月の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」、2019年11月11日「『調整会議の活性化』とは、どのような状態を目指すのか」。コロナ禍の影響に関しては、拙稿2020年5月15日「新型コロナがもたらす2つの『回帰』現象」も参照。
4 2020年8月4日『m3.com』配信記事における自見はなこ厚生労働政務官インタビュー。
5 ここでは詳しく述べないが、市町村の裁量で弾力的に運用できる制度について、市町村の態度は前向きとは言えない。具体的には、市町村の判断で基準を満たしていない事業所を保険給付の対象に加えられる特例(基準該当サービス)を実施しているのは208団体、在宅生活をきめ細かく支援する地域密着型サービスに関する報酬を独自に設定しているのは19団体、限度額を独自に上乗せしているのは14団体にとどまる。2019年9月17日「介護保険事務調査の集計結果」を参照。
6 Alexis de Tocqueville(1840)"De la démocratie en Amérique"[松本礼二訳(2008)『アメリカのデモクラシー第2巻(下)』岩波文庫pp214-215、p223、p224]。