介護保険改正の論点を考える-積み残された財源問題のほか、人材確保や有料老人ホームの見直しも論点に、参院選の影響は?

2025年07月29日

(三原 岳) 医療

2|改革工程で示された2つの見直しの方向性
しかし、2023年12月の先送りが決まる際には、2つの方向性が示された。ここで注目されるのは2023年12月、少子化対策の財源確保策として策定された「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」(以下、改革工程)である8

ここでは約3.6兆円に及ぶ少子化対策の財源を確保するため、本稿で詳述する介護保険の3つの財源問題にとどまらず、医療・介護に関して、様々な歳出抑制策が列挙されている。特に、介護保険の2割負担対象者拡大については、下記の2つの方法が披歴されている(下線は筆者、読みやすいように表記を少し修正)。
 
(ア)直近の被保険者の所得等に応じた分布を踏まえ、一定の負担上限額を設けずとも、負担増に対応できると考えられる所得を有する利用者に限って、2割負担の対象とする。

(イ)負担増への配慮を行う観点から、当分の間、一定の負担上限額を設けた上で、(ア)よりも広い範囲の利用者について、2割負担の対象とする。その上で、介護サービス利用等への影響を分析の上、負担上限額の在り方について、2028年度までに、必要な見直しの検討を行う。
 
このうち、前者の(ア)では、線引きとなる280万円の基準を220万円とか、210万円に引き下げるアイデアであり、従来の議論と同じである。これに対し、後者では線引きとなる基準を前者よりも引き下げる代わりに、負担上限額を設定する方法が示されている。例えば、「220万円以上」よりも踏み込んで「190万円」に引き下げた上で、サービスを多く利用する人の支出を抑えるため、利用者負担に上限を設定する手法である。このケースの場合、2028年度から実施するとされている。

その後、2025年5月に公表された財政制度等審議会(財務相の諮問機関、以下は財政審)の建議(意見書)では「2割負担の対象者の範囲拡大について早急に実現すべき」との考え方が盛り込まれており、引き続き焦点になると見られる。

しかし、2024年度改正で賛否両論を戦わせた介護保険部会のメンバーは大きく変わっておらず、調整は今回も難航しそうだ。
 
8 改革工程の内容や論点などについては、2024年2月14日拙稿「2024年度の社会保障予算の内容と過程を問う(下)」を参照。なお、2023年12月5日の原案段階では、年末の2024年度予算編成で決定する方針が示されたが、結論が先送りされたことで、上記の(ア)(イ)の2つの方策が同月22日に閣議決定された版に盛り込まれた。
3|物価上昇の影響は?
ここで無視できないのは物価上昇の影響である。インフレが続くと、高齢者の年金収入は物価スライドで自動的に増える。この結果、図1で示した2割負担、3割負担の所得基準を満たす高齢者も名目ベースでは自動的に増える。

こうした局面はデフレ下に創設された介護保険制度にとって初めての局面であり、2割負担の対象者拡大を検討する際、念頭に置く必要がある。

は4――積み残された3つの財政問題(2)

4――積み残された3つの財政問題(2)~ケアマネジメント有料化~

1|2024年度改正までの議論の経過
第2のケアマネジメント有料化も、2021年度制度改正からの積み残し案件である。ケアマネジメントは元々、利用者の意向を聞きつつ、介護保険サービスの調整を含めた意思決定を支援する技法。介護保険制度では、創設時から「居宅介護支援」という名称でサービスの一つに組み込まれるとともに、利用者負担を無料、つまり全額を保険給付で賄う形が取られた。これは当時、「従来の医療保険にはない事務的サービスの給付であり、利用者に費用負担の対価であるという認識を持ってもらうには時間を要するのではないかという配慮から、(略)利用者負担の対象外」9とされた。

しかし、財務省は給付抑制の観点に立ち、「ケアマネジメントは相当程度、定着している」と主張。さらに、有料化を通じて、利用者の目が厳しくなることで、ケアマネジメントの質が上がると訴えた。

これに対し、2022年12月の介護保険部会意見では「サービスの利用抑制の懸念や、質が高く適切なケアマネジメントの利用機会を確保する観点、障害者総合支援法における計画相談支援との整合性の観点から慎重に検討すべき」「介護費用が大幅に伸びていくなかで、サービス利用の定着状況や、ケアマネジメントの専門性の評価、利用者自身のケアプランに対する関心を高めることを通じた質の向上、施設サービスの利用者は実質的にケアマネジメントの費用を負担していることなどから、利用者負担を導入すべき」といった賛否両論を併記し、結論が2027年度改正に先送りされた。

これに対し、2025年5月に公表された財政審建議では、引き続き「質の高い介護サービスを提供する上で、利用者の立場に立ってケアプランを作成するケアマネジャーは重要な役割を果たしている。公正・中立なケアマネジメントを確保する観点から、質を評価する手法の確立や報酬への反映と併せ、ケアマネジメントに関する給付のあり方(利用者負担等)について、質の高いケアマネジメントが選ばれる仕組みとする観点から検討する必要がある」という意見が示されており、今回も同じような意見対立が交わされることになりそうだ。
 
9 堤修三(2018)『社会保険の政策原理』国際商業出版p241を参照。
2|業界団体の提案
ここで、注目されるのは業界団体の提案である。具体的には、ケアマネジメントを担うケアマネジャー(介護支援専門員)の全国組織、日本介護支援専門員協会(以下、日本ケアマネ協会)は制度以外のサービスも含めた支援を模索する「トータルケアマネジメント」の必要性を強調している点である10。これは高齢者や家族を取り巻く環境を踏まえつつ、介護保険のサービス調整にとどまらず、住民の支え合いや企業のサービスなど、様々な支援に繋げる考え方であり、有料化の是非という単なる財源論を乗り越えた点で、非常に重要である。

つまり、従来の議論は有料化の是非に終始していたが、ケアマネジメントは本来、介護保険サービス調整にとどまらず、住民主体の場や自治体・企業のサービスなどを組み込むことを想定した幅広さを有しており、その対象は介護保険サービスにとどまらない。

それにもかかわらず、現在は介護保険サービスをケアマネジメントに組み込まないと、ケアマネジャーは介護報酬を受け取れない構造になっているため、日本ケアマネ協会はトータルケアマネジメントという概念を掲げつつ、この構造を見直す必要性に言及している。

こうした意見が財務省の有料化論議に対抗する狙いを有しているのは明らかであろう。既に触れた通り、財務省は「他のサービスとの均衡」を理由に挙げつつ、有料化の必要性を唱えている。

これに対し、日本ケアマネ協会はトータルケアマネジメントという考え方を前面に打ち出すことで、「ケアマネジメントは他のサービスと一線を画する存在なので、有料化は望ましくない」という論理構成に立ち、相談業務の重要性を訴えている。
 
10 トータルケアマネジメントについては、2025年3月14日配信、同月13日『JOINTニュース』配信記事を参照。トータルケアマネジメントは「介護保険制度の枠にとどまらず、日常生活全般にわたる多様な相談を受け、アセスメントでも居住環境や家族関係、地域社会での活動状況など広範囲の課題を分析し、介護保険制度の枠を超えた多様な支援につなげるための仲介・調整などを行う」と説明されている。
3|高まる相談業務の重要性との整合性は?
実際、ケアマネジメントを含めた相談業務の重要性は高まりつつある。その一例として、2024年12月に公表された「ケアマネジメントに係る諸課題に関する検討会」(以下、ケアマネジメント検討会)の中間整理を挙げることができる。

ここで言うケアマネジメント検討会は2024年4月、厚生労働省が発足させた組織であり、ケアマネジャーの業務範囲や人材確保策、研修の在り方などを検討した11。結局、相談業務に関して、中間整理では「要介護者や要支援者に対し、単に介護保険サービスを積み上げる形でケアプランを作成するのではなく、日頃から市町村等の地域の社会資源をよく把握し、かかりつけ医等医療を含む地域の関係者と幅広く顔の見える関係を構築した上で、その利用者にとって適切な支援が総合的かつ効果的に提供されるよう配慮することが重要」という問題意識が披歴され、ケアマネジャーが介護保険サービスにとどまらない調整に当たる必要性が示された。

さらに、80歳代の高齢者と50歳代の引きこもりの子どもが同居する「8050問題」など複雑・困難なケースに対応するため、政府は分野・属性にこだわらず、幅広い相談を受け付ける「重層的支援体制整備事業」など相談体制の強化を目指している12

このほか、大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っているこども・若者を指す「ヤングケアラー」への支援とか、仕事と介護の両立支援でも、現場での相談体制の強化が求められている。

こうした中、複雑・困難な事例も含めて、相談対応を担う存在として、ケアマネジメントとケアマネジャーは非常に重要であり、もし有料化に踏み切るのであれば、介護保険にとどまらない形で相談体制を強化しようとする最近の動向との整合性を整理する必要がある13
 
11 ケアマネジメント検討会で話題になったテーマのうち、ケアマネジャーの業務範囲については、郵便・宅配便の発送や部屋の片付け、ゴミ出しなど法定業務以外の業務(いわゆるシャドウワーク)の整理が論点となり、市町村が地域課題として対応を協議する方向性が示された。一方、財務省や経済産業省は近年、介護保険以外の自治体・企業によるサービスである「保険外サービス」の充実を重視しているが、筆者自身としては、日本ケアマネ協会が指摘している通り、介護保険サービスを組み込まないと、報酬を受け取れないケアマネジメントの見直しが欠かせないと判断している。保険外を巡る動向については、2024年8月28日拙稿「介護の『保険外』サービスとは何を指すのか?」を参照。
12 重層的支援体制整備事業では、▽属性や世代を問わない包括的な相談支援の体制整備、▽参加支援、▽住民同士の関係づくり(地域づくり支援)――という3つを進めることが想定されている。同事業を巡る論点については、医療・福祉分野で多用されている「地域の実情」という言葉に着目した拙稿コラムの第6回を参照。
13 なお、筆者は「ケアマネジメントの対象は住民主体の支え合いや民間企業などのサービスも含んでおり、介護保険サービスの調整にとどまらない」と考えており、ケアマネジメントの有料化に一貫して反対の立場である。具体的には、2022年9月28日拙稿「居宅介護支援費の有料化は是か非か」、2020年7月16日拙稿「ケアプランの有料化で質は向上するのか」を参照。そもそも論を言えば、日本ケアマネ協会が掲げ始めた「トータルケアマジメント」についても、その趣旨に賛同しつつも、新しい概念を持ち出すまでもなく、「本来のケアマネジメントに期待されている考え方」と認識している。むしろ、ケアマネジメントとケアマネジャーの役割を「介護保険のサービス調整」という狭い部分に限定してきたことの方が問題である。

5――積み残された3つの財政問題(3)

5――積み残された3つの財政問題(3)~要介護1~2の給付見直し~

1|2024年度改正までの経過
3点目の要介護1~2の給付見直しでは、総合事業の対象者拡大が主な焦点になる14。総合事業の経緯や仕組みは非常に複雑なので、ここでは概要の説明にとどめる。

総合事業は2015年度の制度改正を通じて、要支援1~2の訪問介護と通所介護(デイサービス)が介護保険給付から切り離されるとともに、既存の介護予防事業と統合される形で発足した。さらに、住民同士の運動教室などにも財政支援できるようにするなど、市町村の判断で報酬や基準を独自に決められるようにした。

ここで期待されていたのは軽度者の身体的自立の促進と給付費の抑制である。具体的には、住民主体など従来の介護保険給付よりも単価が低いサービスの拡大とか、高齢者が気軽に体操などを楽しめる「通いの場」の拡大、高齢者の社会参加促進、介護予防ケアマネジメントの強化などを通じて、高齢者の身体的自立と重度化防止を図ることで、結果的に費用を減らせる経路が期待されていた。

その後、総合事業の対象者を要介護1~2に拡大する是非が論点として浮上。2022年12月の介護保険部会意見書では、「現在の要支援者に関する各地域での対応状況を踏まえると、保険者や地域を中核とした受皿整備を進めることが必要で、時期尚早」「今後、人材や財源に限りがある中で、介護サービス需要の増加、生産年齢人口の急減に直面するため、専門的なサービスをより必要とする重度の方に給付を重点化することが必要であり、見直しを行うべき」といった賛否両論を併記しつつ、2027年度制度改正で結論が持ち越された。
こうした経緯を踏まえ、厚生労働省は2023年4月、有識者や自治体関係者などで構成する「介護予防・日常生活支援総合事業の充実に向けた検討会」(以下、総合事業検討会)を設置し、テコ入れ策などを盛り込んだ中間整理が2023年12月に示された。

ここでは、住民のボランティアや企業も含めた多様な主体が参画することで、高齢者の社会参加を促したり、生活支援を強化したりする必要性が強調された。その上で、2024年度からの3年間を「集中的取組期間」と位置付けつつ、図表3の通り、市町村の伴走支援などに取り組む工程表が策定された15。これを踏まえて、新しいガイドラインなどが作られたほか、厚生労働省の職員や有識者が市町村を継続的に支援する「地域づくり加速化事業」などが展開されている。

これに対し、財務省は引き続き要介護1~2の総合事業移管を主張している。例えば、2025年5月の財政審建議では「今後も介護サービスの需要の大幅な増加が見込まれる中、限りある介護人材や財源を要介護者の中でもより専門的なサービスを必要とする重度者へ重点化していく必要がある」「生活援助型サービスについては、全国一律の基準ではなく、人員配置や運営基準の緩和等を通じて、地域の実情に合わせた多様な人材や資源の活用を図り、必要なサービスを効率的に提供することが肝要」との意見が披歴されている。このため、対象者を要介護1~2に広げる是非が2027年度改正でも論点になっている。
 
14 総合事業検討会の報告書の内容や論点などについては、2023年12月27日拙稿「介護軽度者向け総合事業のテコ入れ策はどこまで有効か?」を参照。
15 総合事業検討会の動向については、2023年12月27日拙稿「介護軽度者向け総合事業のテコ入れ策はどこまで有効か?」を参照。
2|今回も困難?
しかし、全体として総合事業は市町村に浸透しているとは言えず、2024年度改正論議の時と大して状況は変わっていない16。この背景には、市町村職員の認識不足があると考えられる17

そもそも制度の趣旨に照らすと、総合事業の推進では、住民や関係団体と連携しつつ、市町村が「地域の実情」に応じて、高齢者が気軽に体操などを楽しめる「通いの場」などを整備したり、高齢者の外出意欲やリハビリテーションに対する関心を引き出す介護予防ケアマネジメントを徹底したりすることが求められる。ここで求められるのは、国のガイドラインを引き写すような対応ではなく、市町村が関係者と連携しつつ、「地域の実情」に応じて自ら課題を設定し、自ら行動することである。こうした対応を実現する上では、市町村職員の意識・行動変容が欠かせず、かなりの手間暇と時間を要するため、3年程度で簡単に解決できるわけではない。

さらに、総合事業の対象者拡大の是非を考える上では、要介護と要支援の違いも意識する必要がある。そもそも、総合事業は「予防」の枠組みであり、だからこそ法律上は「状態の軽減若しくは悪化の防止に特に資する支援を要する」とされる要支援者を総合事業の枠組みに移すことができた。

これに対し、要介護者は回復可能性を前提としておらず、要介護1~2の人を総合事業の対象に加えるのであれば、論理的には要介護認定の考え方か、予防を前提とした総合事業の枠組みを見直す必要がある。以上の理由で、筆者自身は「要介護1~2への拡大は現時点で困難」と見ている。

このほか、3つの積み残された論点に加えて、制度改正に繋がる案件として、既に触れた2040年検討会の議論も踏まえる必要がある。さらに、住宅型有料老人ホームを巡る過剰請求の案件が相次いだため、「有料老人ホームにおける望ましいサービス提供のあり方に関する検討会」(以下、有料老人ホーム検討会)という検討会も発足しており、以下、2つの検討会が発足した経緯のほか、想定される論点などを考察する。
 
16 ここでは総合事業の詳細には立ち入らないが、住民の支え合いなど「多様な主体」を作り出すことが期待されていたが、その類型(訪問B型、通所B型)の実利用人数は2024年3月の実績で、全体の3.9%、5.3%に過ぎない。
17 総合事業が浸透しない理由については、藤田医科大学を中心とする市町村支援プログラム(厚生労働省老人保健健康増進等事業)に2020年度から関わっている経験を加味している。プログラムの詳細は下記のリンク先を参照。
https://www.fujita-hu.ac.jp/~chuukaku/kyouikushien/index.html

保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳(みはら たかし)

研究領域:

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴

プロフィール
【職歴】
 1995年4月~ 時事通信社
 2011年4月~ 東京財団研究員
 2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
 2023年7月から現職

【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会

・関東学院大学法学部非常勤講師

【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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