米国での第2次トランプ政権の誕生や欧州での右派・極右政党の台頭などにより、欧米で反ESGの動きが高まっている。反ESGの動きが足下で特にやり玉に挙げるのは、企業の気候変動対策とDEI(多様性、公平性、包摂性)施策だ。
例えば、トランプ大統領は、就任初日の1月20日に地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」から再離脱する大統領令に署名した。一方で、「drill, baby, drill(掘って、掘って、掘りまくれ)」とのスローガンの下、石油や天然ガスなど化石燃料の増産によってエネルギー価格を引き下げ、インフレ抑制につなげる方針を打ち出している。また「大統領令『過激で無駄な政府のDEIプログラムと優遇措置の廃止』では、バイデン前政権の方針を覆し、連邦政府機関及びその請負契約業者に対して、採用や評価等においてDEIを考慮せず、個人の能力や業績に基づいて対処するよう求めた。また、省庁等の各連邦政府機関に対して、民間部門における『違法なDEI差別及び優遇措置の廃止』を奨励し、個人の『創意工夫、卓越性、勤勉さ』に基づく方針を推進するための適切な行動をとるよう命じた」
35という。さらに「米連邦通信委員会(FCC)のカー委員長は、『不当』な多様性・公平性・包摂性(DEI)政策を推進する企業によるM&A(合併・買収)提案を承認しない考えを示した」「カー委員長は21日のインタビューで、『FCCの承認獲得を目指している企業は、DEIによるあらゆる類いの不当な差別の撤廃に直ちに取り組んでもらいたい』と語った」
36という。
気候変動や人権に関わる対策で世界をリードしてきたEUにおいても、「欧州委員会は2月、環境や人権分野への対応に関する規制を一部緩和する方針を公表。産業競争力を取り戻すための方針転換の兆候が欧州内でも浮上してきた」
37という。
このような反ESGの政治圧力に対応する動きが、主として米国企業の大企業で相次いでいる。例えば、脱炭素を目指す金融機関の国際的な枠組み「ネットゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA)」を脱退する大手金融機関が相次いでいる。トランプ大統領の就任前後でJPモルガン・チェース、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレーなど主要米銀がいち早く軒並み脱退し、日本勢も3月に入って4社が相次いで脱退した。「共和党の一部政治家からNZBAへの加盟が化石燃料企業への融資削減につながる場合には反トラスト法(独占禁止法)に抵触する恐れがあると指摘される」
38など訴訟リスク・法的リスクへの懸念が背景にあるという。一方で「脱退した米主要銀はいずれも脱炭素化は依然として価値のある目標だと認識していると表明している。脱退した日本の金融機関も同様だ」
39という。DEIについても、「施策の撤回・縮小を表明する米国企業が目立っている。2023年に米最高裁が積極策を違憲とする判断を示して以降、反対派による訴訟が急増したことが背景だ。企業は自社が標的になるのを避けようと動くが、半面、企業イメージや人材登用に悪影響を及ぼす可能性があり、難しい判断を迫られている」
40という。このようにいずれも背景としては、法的リスクへの懸念が大きいようだ。
一方、「米ウォルト・ディズニーは20日に株主総会を開き、性的少数者への取り組みを評価する外部調査への参加をやめるべきだとする株主提案を否決した。ディズニーは役員報酬を決める基準からDEI関連を縮小する動きもあったが、株主は多様性への取り組みを支持した」「アップルも2月の株主総会で、『アップルはDEIの取り組みを取り下げるべき』とする株主提案を反対多数で否決している」
41という。このように一部の企業では、株主が企業のDEIの取り組みを支持する動きもある。
このような欧米での足下の動きを見ていると、企業による気候変動やDEIへの取り組みは、イチゼロの議論というよりバランスを探ることが重要であると感じる。
筆者は勿論、企業による気候変動対策は今後も欠かせないとの立場だが、「『脱炭素社会の在るべき姿』へ一足飛びに瞬間移動することは難しい。だからこそ、そこに辿り着くまでの道筋(パスウェイ)、すなわち『トランジション(移行)』段階の現実的な取り組みが重要となる」、「最終的な在るべき姿にこだわり過ぎると、トランジションでの現実的な取り組みの幅広い検討が不十分になりかねない。移行期では、『セカンドベストの選択肢』も備えて、国や企業がその時点でできる最大限の努力を尽くすべき」
42と考えている。「在るべき姿」を厳格な目標(KPI)として固執し過ぎて、企業が疲弊し産業競争力の低下に歯止めがかからなくなるなら、本末転倒だろう。
DEIについても、企業の行き過ぎた施策がKPI(例:ある背景を持った人材を何人管理職に登用する)達成の目的化を促し、個々の従業員の能力評価が軽視されて「逆差別」を招くのであれば、元も子もないだろう。逆差別を生むような不当なDEI施策は訴訟リスクを高めることにもなり、リスク管理の面からも、そのような状況は絶対に避けるべきだ。だからと言って、企業がDEI推進活動を全くやらなくてよいわけではない。例えば、イノベーション論のセオリーとして「多様性がイノベーションを生む」と言われる通り、異分野の知見や多様な意見・経験・価値観・感性を持った多様な従業員間のコミュニケーションにより、多種多様な知がぶつかり合い「化学反応」を起こすことで、「画期的なアイデア=叡智」が育まれる可能性をやはり大切にすべきだ
43。米国の先進的な巨大ハイテク企業は、このような多様性を大切にし強味としてきたはずだ。逆に同質性・凝集性の高い組織が、集団として誤った意思決定を行ってしまう現象をグループシンク(groupthink)と言うが、企業組織がこれに陥らないためにも、人材の多様性は欠かせない。
2020~2021年頃までは、リベラル派・左派政党の下でESG促進の動きが世界的に定着するように見えたが、過去3年で一転して保守派・右派政党による反ESGの政治圧力が世界的に高まってきた。気候変動対策やDEI推進プログラムなどを含めESGやCSRの取り組みは、本稿で述べてきた通り、本来は経営者の高い志に根差したものであるべきだ。時の政権が打ち出す政策に真っ向からあらがうと、企業にとって、ビジネス活動を円滑に行えなくなるリスクが高まり得るため、政治圧力への一定の対応は致し方ないところだが、企業の存在意義に関わるESGやCSRの取り組みの重要性は、本来は政治側の党派に左右されるようなものではないはずだ。
世界に多大な影響を与え続ける欧米では、政権の党派によってCSR・ESGへの考え方が180度変わってしまうのが現実だ。CSR・ESGを取り巻く環境はこのように流動的であるからこそ、経営者には、ブレることのない骨太の企業経営の「在り方・原理原則」として、本稿で詳説してきた「志の高い社会的ミッションを起点とする真のCSR・ESG経営」の考え方をしっかりと取り入れて実践することを推奨したい。我が国では、産業界で久々に高水準の賃上げ機運が高まっている今こそ、賃上げを「単なる人手不足への対応」として捉えるのではなく、社会的ミッション起点の真のCSR・ESG経営の下で、従業員を重要なマルチステークホルダーの1つとみなして「人的資本経営」
44を推進する視点から、歴史的な低水準にとどまっている「労働分配率を引き上げる好機」として捉えることが、我が国の経営者には求められる。
35 労働政策研究・研修機構HP国別労働トピック:2025年2月「トランプ政権の発足と大統領令―「多様性」推進方針の撤回など」より引用。
36 ブルームバーグ2025年3月22日「米連邦通信委、DEI推進企業のM&A計画は不承認も-委員長が警告」より引用。
37 日本経済新聞2025年3月5日「脱炭素の枠組み脱退 邦銀も」
38 >ロイター2025年3月5日「三井住友FG、脱炭素の国際的枠組み「NZBA」から離脱」より引用。
39 ブルームバーグ2025年3月18日「MUFGも気候変動対策グループ「NZBA」を脱退-国内3社目」より引用。
40 日経電子版2025年1月25日「米国企業、DEI施策に訴訟リスク コストコは継続方針」より引用。
41 日本経済新聞2025年3月22日「反DEIの株主提案否決 米ディズニー総会「平等指数」参加継続」
42 拙稿「EVと再エネの失速から学ぶべきこと」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2024年9月26日にて指摘。
43 拙稿「行きたくなるオフィス再考」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2023年3月30日にて指摘。
44 拙稿「人的資本経営の実践に資するオフィス戦略の在り方」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2024年3月29日を参照されたい。
参考文献