J-REIT市場の動向と収益見通し。財務負担増加が内部成長を上回り、今後5年間で▲7%減益を見込む~シナリオ別のレンジは「▲20%~+10%」となる見通し~

2025年03月21日

(岩佐 浩人) 不動産市場・不動産市況

3|賃貸マンションは賃料上昇率が拡大。今後のテナント入替時の賃料変動率は+5%を想定
J-REITの開示資料(主要5社)によると、テナント入替時の賃料変動率は+7%(2024年下期)となり、上昇率がさらに拡大している(図表―9)。この要因の1つに、保有マンションの6割強を占める東京23区への人口回帰が挙げられる。住民基本台帳人口移動報告によると、2021年はコロナ禍の影響で転出超過となったが、2022年以降はプラスに転じ、2024年は約+5.9万人の流入超過となった(図表―10)。また、リーシング・マネジメント・コンサルティングによると、東京都心5区に所在する賃貸マンションの募集賃料(2024年下期)は前年比+7%上昇している。こうした市場環境を踏まえ、今後のテナント入替時の賃料変動率は+5%(過去2年間の平均上昇率に相当)を想定する。
4|ホテル収益はコロナ禍前の水準を超過。さらなる改善を見込む
J-REIT各社の開示資料をもとにコロナ禍がホテル収益に与えた影響を推計すると、2023年まではマイナスの影響が残っていたが、2024年下期には+40億円とコロナ禍前の水準を超過した(図表―11)。また、宿泊旅行統計調査によると、2024年の延べ宿泊者数は2019年比で+9%増加し、インバウンド需要が牽引しホテルセクターは新たな成長ステージを迎えたと言える。こうした市場環境やホテル系REIT主要3社の業績見通しを参考に、ホテルのNOIは2025年下期に前年同期比+38億円増加(市場全体の経常利益に対して+1%寄与)し、その後は横ばいで推移することを想定する。
5|物流施設の賃料は堅調を維持。今後のテナント更新時の賃料変動率は+5%を想定
J-REITの開示資料(主要12社)によると、2024年下期のテナント更新時の賃料変動率は+6.0%となり、増額更改が継続している(図表―12)。また、一五不動産情報サービスによると、東京圏の募集賃料(2024年10月)は4,780円/月坪と高い水準を維持している。EC市場の拡大や企業の物流戦略見直しに伴う賃貸ニーズは強く、J-REITが保有する先進的物流施設への需要は堅調である。こうした市場環境を踏まえ、今後のテナント更新時の賃料変動率は+5%(過去2年間の平均上昇率に相当)を想定する。
6|『財務戦略』によるDPUへの寄与度は今後5年間で▲11%となる見通し(メインシナリオ)
2024年に入り、日本銀行の金融政策正常化に伴う市場金利の上昇を受け、J-REITの新規調達コストが大幅に上昇している。2024年にJ-REITが発行した投資法人債の平均利率は1.34%(発行期間7.4年)となり、既存の負債利子率(0.77%)を大きく上回った。J-REIT各社は借入期間の短縮や変動金利での調達を増やすなどして、財務負担の軽減を一定程度図ることが可能だが、今後は支払利息の増加がDPUにマイナスに寄与すると考えられる(図表―13)。
ニッセイ基礎研究所の中期経済見通し4によると、「実質金利が極めて低い水準にあることを踏まえ、日本銀行は2027年度に政策金利を1.25%まで引き上げて、10年国債利回りは1%台後半に上昇する(当初5年間、メインシナリオ)」としている(図表―14)。この金利見通しを利用して、一定の前提条件(稿末に記載)のもと、借入利率の変動がDPUに与える影響(今後5年間)を試算した。結果は、メインシナリオで▲11%となり、『財務戦略』はDPUにマイナス寄与する見通しである5
 
4 「中期経済見通し(2024~2034年度)」(ニッセイ基礎研究所、Weekly エコノミスト・レター、2024年10月11日)
5 借入利率が0.1%上昇(低下)した場合、分配金は1.5%減少(増加)する。
7|『外部成長』によるDPUへの寄与度は▲3%となる見通し
2024年のJ-REITによる物件取得額は1兆3,446億円となり、2年連続で1兆円を上回った(図表―15)。ホテル(2107億円→3543億円)や住宅(1821億円→3218億円)の取得額が大きく増加した一方、物流施設の取得額は2020年をピークに4年連続で減少した。また、不動産価格が高値圏で推移するなか、2024年の平均取得利回りは4.2%と、既存ポートフォリオの平均利回り(4.7%)を下回る水準での取得が続いている。こうした市場環境を踏まえ、エクイティ調達を伴う『外部成長』について以下のシナリオを想定し、今後5年間のDPUへの影響を試算した(年間5千億円取得6、取得利回り4.2%、借入比率50%、増資PBR1.2倍7、借入利率:金利シナリオに準ずる)。結果は、低い利回りでの物件取得や借入利率の上昇に伴う総資産利益率(ROA)の悪化が、プレミアム増資(PBR1.2倍)によるプラス効果を上回るため、DPUへの寄与度は▲3%となる見通しである。このように、不動産利回りが低下し資金調達コストが上昇する環境下においては、『外部成長』によるDPUの成長は期待し難く、J-REIT各社には慎重な対応が求められよう。
 
6 2024年のエクイティ調達額は2673億円であった。
7 2月末時点の市場平均PBR(株価純資産倍率)は1.2倍である。
8|今後5年間のDPU成長率はメインシナリオで▲7%(▲20%~+10%)の見通し
最後に、上記で設定したシナリオをもとに今後5年間のDPU成長率を試算した(図表―16)。「オフィス賃料(標準シナリオ)と金利(メインシナリオ)」を組み合わせた場合、DPU成長率は▲7%(年率▲1.4%)となった。内訳は「内部成長」が+7%、「外部成長」が▲3%、「財務戦略」が▲11%で、2025年は横ばいを維持するものの、2026年から金利上昇の影響が顕在化し、減益に転じる結果となった。また、楽観シナリオとして「オフィス賃料上振れと金利低下」を組み合わせた場合、DPU成長率は+10%(年率+2.0%)、悲観シナリオとして「オフィス賃料下振れと金利上昇」を組み合わせた場合、DPU成長率は▲20%(年率▲4.0%)となった。
 
今後の「金利のある世界(借入金利の上昇)」と「インフレのある世界(不動産賃料の上昇)」において、不動産売却益に頼ることなくDPU成長率を高めるには、金利上昇の影響に打ち克つ『内部成長』の実現が鍵を握る。また、現在の投資口価格が低迷する局面では、物件取得による資産規模の拡大ではなく、自己投資口買いによる資本効率の向上が求められる。世界経済や金融市場の先行きに不透明感が高まるなか、引き続き、不動産ファンダメンタルズや金利動向を注視する必要がありそうだ。

金融研究部   不動産調査室長

岩佐 浩人(いわさ ひろと)

研究領域:不動産

研究・専門分野
不動産市場・投資分析

経歴

【職歴】
 1993年 日本生命保険相互会社入社
 2005年 ニッセイ基礎研究所
 2019年4月より現職

【加入団体等】
 ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター
 ・日本証券アナリスト協会検定会員

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