次に、会議の議論が活発にならない背景として、一部の参加者が持論を述べてしまい、他の人が話しにくい環境になっている危険性が考えられる。さらに、事例報告者の説明や答弁が長くなり、実質的な議論に入れないケースも考えられる。先に触れた「手引き」が「参加者の対等性を担保したルールを徹底する」などの点をポイントに挙げているのも、こうした事象が起きている証であろう。
このほか、市町村による厳しいケアプランチェックの結果、専門職の足が遠退いている可能性も考えられる。これは制度の原型となった埼玉県和光市の運営スタイルが影響した面がありそうだ。当時の様子を取材した書籍
11では、「ピリピリした緊張感」の中、「ケアマネジャーに自分が作った個別ケアプランの内容と実施経過を他の専門職らの前で説明させ、それを参加者が適正かどうか厳しく評価し、アドバイスを受けさせる」と紹介されている。さらに、ケアマネジャーが無難に受け答えしたため、市幹部が「一喝」したとされている。これが日常的な出来事だったのか、どこまで情景を適切に描写した表現なのか、今となっては検証しにくい
12が、「ピリピリした雰囲気」の中、市町村職員から「一喝」されるような場に参加したいと思うケアマネジャーは少数派ではないだろうか。
さらに、上記のような市町村主導の傾向は2018年度改正の後、全国的に強まっている可能性がある。この時の改正では、食事や洗濯など訪問介護の生活援助を多く入れたケアプラン
13に関しては、市町村に提出が義務付けられたほか、地域ケア会議で必要性などが検証されることになった。つまり、地域ケア会議が公式的に「ケアプラン点検の場」としての性格を持つようになったわけだ。
この制度について、厚生労働省は「利用制限ではない」と繰り返し強調しており、筆者も「ケアマネジャーに説明責任が課された」と理解しているが、個別性を考慮しないまま、もし市町村が機械的に運用すれば、地域ケア会議は「給付制限の場」となる。この状況は介護保険以前の措置制度、つまり市町村が一方的にケアの内容を決めていた時代の運用に近付くことになる
14。
実際、制度がスタートした際の国の委託調査
15を見ると、地域ケア会議を通じてケアプランの再考を促したのは327市町村、499件、実際にケアプランの変更に至ったのは134市町村、195件に上り、ケアマネジャーが同席しない場でケアプラン再考の必要性が判断されたケースを見ると、全体の6.8%に当たる68市町村が「あった」と答えている。
しかも、市町村には2018年度からケアマネジャーの事業所(居宅介護支援事業所)の指定権限が移譲されており、ケアマネジャーから見れば、市町村に物を言いにくい雰囲気が作り上げられている。こうした状況で、利用者に接したこともない市町村職員から細かくプランの内容をチェックされるのであれば、そんな場にケアマネジャーが「参加したくない」と考えるのも当然である。
確かにケアプランの作成過程が十分とは言えない可能性があり、地域ケア会議で様々な視点を取り入れることは重要であるが、最終的なプラン変更の判断は利用者に接しているケアマネジャーに委ねなければならない。介護給付費を抑制したい市町村の意向は理解できる面もあるものの、地域ケア会議が「給付抑制の舞台装置」になれば、会議の議論は活発にならない。
むしろ、市町村職員が専門職の経験や知恵から学び、考え方を軌道修正するぐらいの謙虚なスタンスが欠かせない。地域ケア会議で求められているのは様々な意見に耳を傾け、議論の方向性を合意に導くファシリテート能力である。この考え方は国の委託研究で示された「手引き」でも強調されており、会議を運営する市町村は自制的に振る舞う必要がある。
11 小黒前掲書の尾崎雄(2016)「地域の共同体マインドを共有する」176~177ページを参照。
12 介護予防などに関する同市の取り組みは「好事例」として注目され、国の制度改正論議にも影響を与えていた。当時の状況については、2017年12月20日拙稿「『治る』介護、介護保険の『卒業』は可能か」を参照。ただ、市のモデルを作り上げた市幹部が2019年9月、生活保護受給者から多額のカネを詐取していたなどとして、逮捕(その後に起訴、実刑判決)された事件を機に、同市の名前は国の資料から姿を消した。
13 1カ月当たり要介護1で27回、要介護2で34回、要介護3で43回、要介護4で38回、要介護5で31回。
14 そもそも介護保険制度では高齢者の自己選択(自立)を掲げることで、措置制度の抜本的な見直しが図られた。その際、要介護認定の段階で市町村がケアの内容を決めると、措置制度と変わらなくなるため、わざわざ要介護認定とケアマネジメントを切り離した。それにもかかわらず、ケアマネジメントの内容に市町村が介入し過ぎると、介護保険以前の措置制度に逆戻りする危険性を伴う。詳細は2020年4月10日拙稿「20年を迎えた介護保険の足取りを振り返る(下)」を参照。なお、要支援者を対象とした「介護予防・日常生活支援総合事業」(総合事業)は予算の上限が設定されるなど、措置制度に近い要素を持っており、総合事業に基づいて介護予防を強化するのであれば、措置的な運用が必要となる。詳細については、2023年12月17日拙稿「介護軽度者向け総合事業のテコ入れ策はどこまで有効か?」を参照。
15 三菱総合研究所(2020)「訪問介護等の居宅サービスに係る保険者の関与の在り方等に関する調査研究事業報告書」(老人保健健康増進等事業)を参照。994市町村が回答。
6――おわりに