2|制度頭、事業頭、好事例病の悪弊
こうした「合成の誤謬」と言える状況の下、多くの自治体は「地域の実情」を踏まえず、通知やガイドラインに沿って、事業を実施しています。つまり、「地域の実情」から発想するのではなく、言わば形式から入ってしまうわけです。これを筆者は皮肉を込めて、「事業頭」「制度頭」と呼んでいます。
例えば、先に挙げたプログラムでは冒頭、こんなやりとりが筆者を含めた講師陣と、プログラムに参加している市町村職員の間で交わされます(「あるある」の事例を再構成しています)。
市町村職員:ウチの地域には、高齢者が気軽に体操などを楽しめる「通いの場」に来る高齢者が少ないんです。だから「通いの場」を増やし、高齢者に来てもらうことが課題です。
筆者を含む講師:「通いの場」が増えると、高齢者の暮らしは何が変わるんでしたっけ。
市町村職員:エーッと(絶句)……。ウチの地域は要介護認定率が高いので。。。
講師:要介護認定率が高いと、介護保険料が高くなるので、何とか下げたいという判断は理解できます。でも、通いの場に来ていない高齢者は普段、何をしているんでしょうか。あるいは「通いの場」が開かれていない日に、高齢者はどうやって暮らしているんでしょうか。
市町村職員:エッ……。
つまり、「通いの場の参加者を増やす」「通いの場を増やす」といった事業や制度から物を発想しており、「通いの場に来ていない高齢者の生活」「通いの場が開かれない日の高齢者の生活」など「地域の実情」を想像できていないわけです。ここでは通いの場を挙げましたが、同じような話は高齢者の虚弱防止(フレイル)や介護予防、生活支援、移動支援などでも見聞きします。確かに最後は施策に落とし込む必要がある以上、事業や制度をベースとした発想を全否定しませんが、「地域の実情」を踏まえなければ、住民のニーズに沿った施策は難しくなります。
さらに、国の資料や講演などで見聞きした事例を真似るという悪弊も見受けられます。このように「地域の実情」を踏まえず、好事例に飛び付く現象について、筆者は皮肉を込めて「好事例病」と呼んでいます。
確かに好事例から学ぶことは重要ですし、「地域の実情」を既に把握している自治体とか、地域の課題を十分に検討しているケース、既に「地域の実情」を踏まえた打ち手を検討する段階などの場合、事例を通じた学びは有効なのですが、それぞれの事例には地域ごとに背景や経緯、事情が異なるため、表面だけ真似ても上手く行くはずがありません。
ここでは、多職種連携などを促す「地域ケア会議」を一例に挙げます。これは2015年度制度改正を通じて、市町村に設置が求められた仕組みであり、その役割として、(1)個別課題の解決、(2)支援ネットワークの構築、(3)地域課題の発見、(4)地域づくり資源開発、(5)政策形成――の5つが期待されています。厚生労働省の資料では、愛知県豊明市や奈良県生駒市などが好事例として紹介されています。
しかし、地域ケア会議の目的や運用は自治体ごとに異なります。分かりやすいケースで説明すると、軽度者の事例をベースに多職種が知恵を出し合う会議とか、重度な認知症の人に代表されるような困難事例について関係者が情報共有を図る会議が考えられます。つまり、外見だけ見れば、専門職が鳩首協議している点で同じに見えるかもしれませんが、それぞれの自治体で目的や経緯が違うし、やり方も異なるわけです。
それにもかかわらず、会議の形態だけ真似ても、上手く行くはずがありません。確かに最初は専門職が参加するかもしれませんが、その必要性を理解できなければ、いずれ足を運ばなくなるか、アリバイ的に顔を出す程度にとどまってしまいます。アメリカの経営学者、ドラッカーは「方向づけのない会議は迷惑なだけにとどまらない。危険である」と喝破している
12のですが、専門職にとって、目的が不明確な会議は「迷惑」であり、市町村と専門職の信頼関係が損なわれれるかもしれない点では、「危険」な存在になり得ます。
このように書くと、「少し辛辣過ぎるのでは」と思われるかもしれませんが、表で示した厚生労働省の委託調査
13によると、筆者の指摘は誇張ではないことをご理解頂けると思います。具体的には、表の赤線で囲った部分で見られる通り、市町村は「地域課題の抽出・整理」「内容の振り返り」に取り組めていません。
しかも、表は自治体の「自己評価」ですし、実態はもっと酷いのかもしれません。実際、この数字は人材育成プログラムを通じた筆者の心象と符合していますし、地域ケア会議の開催が目的化した「事業頭」「制度頭」か、資料や講演などで紹介される好事例を表面だけ模倣した「好事例病」が影響している可能性が考えられます。
このように考えると、事例を表面だけ学んでも大した成果は得られないし、政府の資料で見掛ける「好事例の横展開」は「好事例病」を悪化させる危険性があります。やはり「地域の実情」を踏まえる必要があります。