しかし、日医は「イギリスのような国家統制の強い仕組みに変えるのではないか」「診療報酬制度の変更を通じて、医療費適正化の手段に使われるのではないか」などと反発。厚生省が実施しようとしていたモデル事業にも非協力の構えを見せた。
結局、両者が歩み寄った結果、現行制度の枠内で緩やかに体制整備を進める「かかりつけ医」という言葉が考案され、1993年度からモデル事業がスタートした。つまり、かかりつけ医は敢えて曖昧に設定されており、制度的な位置付けも不明確なままだった。
この点については、1980年代に創設された医療計画制度の歪みにも表れていた。制度が始まる前後の論文などでは「医療提供の方法論上の1つの大きな問題は住民と医療提供側の『最初の接触』」
12、「病床総数を規制する部分的な手直しによって全体としてシステムがどうなっていくかを考察しなければならない。プライマリ・ケアに関する明確なビジョンと推進の環境を整備することこそ医療計画の課題」
13といった期待感が示されていたにもかかわらず、議論は病床コントロールに終始し、プライマリ・ケアを含む外来の視点が完全に抜けていた。
近年の動きとして、外来医師の偏在是正を目指すために2020年度から始まった「外来医療計画」制度
14とか、2022年度に制度化された「外来機能報告制度」
15など、外来医療にも少しずつ国や都道府県の関与が始まっていたが、今回の決着を通じて、プライマリ・ケアに関して、一定程度の制度的な担保が入った意味合いは大きいと言える。
付言すると、今回の制度改正を通じて、従来の外来医療計画の不備を解消できた面もある。外来医療計画では、新規開業希望者だけに対応を促す点で、非対称的な内容を含んでいたが、今回のかかりつけ医機能公表制度では、既存の医療機関にも対応を促す点で、イコール・フッティングが確保された面がある。
具体的には、外来医療計画では外来医師の偏在を是正するため、「外来医師が多い区域(外来医師多数区域)の公表による可視化→外来医師多数区域に新規開業を希望する医師に対し、協議の場に説明を要請→協議の場では、在宅医療など地域で足りない機能を実施するように要請」という流れが意識されている。
しかし、これでは新規開業者だけに対応を促している点で、筆者は「競争政策的に問題が多い」と考えていた。その点で言うと、今回のかかりつけ医機能公表制度に基づく対応は既存の医療機関にも対応を促す点で、条件の均一化は図られていると言える(ただし、外来医療計画は継続しているので、同じ問題は引き続き残されている)。
11 1980年代から1990年代前半に至る攻防については、厚生省健康政策局総務課編(1987)『家庭医に関する懇談会報告書』第一法規出版、『週刊社会保障』『社会保険旬報』『国保実務』などを参照。2021年8月16日拙稿「医療制度論議における『かかりつけ』の意味を問い直す」も参照。
12 倉田正一・林喜男(1977)『地域医療計画』篠原出版社p203。
13 郡司篤晃(1991)「地域福祉と医療計画」『季刊社会保障研究』Vol.26 No.4。
14 医師偏在を是正するため、外来の医師が多い地域では、新規開業する医療機関に対し、在宅医療など地域で不足する機能の実施を促す仕組みである。都道府県が2020年3月までに策定し、2024年度から始まる次期医療計画に包摂される。2020年3月2日拙稿「医師偏在是正に向けた2つの計画はどこまで有効か(下)」を参照。
15 医療機関に対して、自らが担っている外来機能を報告させる仕組み。さらに、報告されるデータを基に、都道府県を中心とする協議の場で、外来機能に関する役割分担を議論し、紹介患者の受け入れを重点的に担う「紹介受診重点医療機関」を選定する流れが想定されている。外来機能報告制度が創設された際の医療法改正については、2021年7月6日拙稿「コロナ禍で成立した改正医療法で何が変わるか」を参照。外来医療機能の役割分担については、2022年10月25日拙稿「紹介状なし大病院受診追加負担の狙いと今後の論点を考える」を参照。
8――今回の決着の評価(2)