高齢者や認知症の人に対するケアに関しては、これまで医療・介護の専門領域と捉えられてきた感があります。確かに医師や看護師、薬剤師、ケアマネジャー(介護支援専門員)などによる専門的な支援は要介護状態になった高齢者や認知症の人の暮らしを支える上で欠かせませんし、その必要性は恐らく今後も薄まることはないと思います。
しかし、要介護状態の高齢者や認知症の人が地域で暮らす際、頼るのは医療・介護サービスだけでしょうか。医療機関に入院したり、介護施設に入所したりした場合を除けば、高齢者や認知症の人が地域で暮らしている限り、企業が提供するサービスとの接点は続きます。
さらに、認知症になっても全ての記憶や感性が失われるわけではありませんし、要支援認定を受けた人やMCI(軽度認知障害)と呼ばれる人も含めて、地域には少しの手助けを受ければ、従来通りの生活を続けられる高齢者や認知症の人が数多く暮らしています。こうした高齢者は身体、認知状況に関わらず、何かしら企業のサービスや商品を消費・購入しているはずです。
そもそも、福祉とは制度に基づくフォーマルサービスだけを指すのではなく、インフォーマルケアと呼ばれる地域の繋がりも含めて、「普通(ふ)の暮らし(く)の幸せ(し)」を表していると考えられています
1。もしESGの「S」から、地域社会の一員としての企業の役割を考えるのであれば、地域で暮らす高齢者や認知症の人の暮らしを支える上で、企業の役割を再考することは重要と思います。
ここで「身体機能は低下していないものの、軽度な認知症を発症している高齢者の暮らし」を想像します。この高齢者の暮らしを支援する上では、医師による定期的な認知機能の把握、薬剤師による服薬指導、介護保険サービスを使っている場合にはケアマネジャーによるケアマネジメントなど、医療・福祉による専門的な支援が必要になります。その結果、認知症のない人と比べ、医療・介護サービスのウエイトは大きくなります。
しかし、医療・介護サービスだけで生活を全面的に支えられるわけではありません。例えば、この高齢者が週1回の頻度で近所の食堂を訪ねている場合、地域包括支援センターの担当者が地域の見守り組織や食堂の経営者に対し、「高齢者は少し認知機能が下がっており、コミュニケーションに難があるかもしれないので、心配なことがあったら連絡して下さい」と伝えるだけで、高齢者の楽しみや習慣が継続されるかもしれません。
同じような点は生活に関係する小売業や交通業、金融業などにも言えます。例えば、スーパーやバス停、駅、銀行の窓口やATMなどで立ち往生している高齢者に対し、従業員が自然に声を掛けてあげることができれば、外出や買い物などを続けられるかもしれません。
要するに、企業サイドが高齢者や認知症の人の暮らしとか、困り事に配慮できるようになれば、企業も重要な地域の資源になり得ます。しかも、従業員の接遇改善や案内・説明方法の工夫、分かりやすい商品やサービスの表示、商品の並べ方など、少しの工夫で対処できる困り事も少なくありません。
このように考えると、地域で暮らす高齢者や認知症の人を支える上で、生活に密着する企業の役割は決して小さくないし、企業が高齢者や認知症の人の困り事に対してビジネスの範囲で貢献できるのであれば、ESGの「S」に通じる部分が大きくなると思います。これは国連のSDGs(持続可能な開発目標)で「住み続けられるまちづくり」が掲げられている点とも符合します。