3|40年前の家庭医構想と今回の制度創設に至る経緯
そもそも、こうした分かりにくい状況になっている背景として、約40年前の「家庭医構想」の影響を無視できない
4。厚生省は1985年6月、日医幹部や有識者らで構成する検討会(家庭医に関する懇談会)を組織し、開業医の高齢化や慢性疾患患者の増加などを見越しつつ、幅広い疾病に対応する「家庭医」という制度を作ろうとした。
しかし、日医は国家統制に繋がると反対した。特に、医療費抑制の論議が本格化したタイミングだったため、受診する医療機関を事前に指名する登録制度や、登録した人口に応じて診療報酬を支払う人頭払いが導入されることに対する日医の警戒感が強くなったためだ。
結局、厚生省はモデル事業の実施を断念。その代わりに、現行のフリーアクセスを維持しつつ、開業医の機能を活性化させるため、地域の医師会を中心に「かかりつけ医」の普及を目指すモデル事業が1993年度から始まった。
要するに、かかりつけ医とは家庭医構想に際して、国家統制を嫌った日医の意向を踏まえ、意図的に曖昧に作られた概念であり、今回の制度創設に至る経緯では、こうした曖昧な位置付けを明確にするかどうかが論点になった。
具体的には、各種調査
5では約半数の国民が「かかりつけ医を持っている」と答えているのに、新型コロナウイルスの発熱外来やワクチン接種を巡って、患者が受診を断られる場面が散見された。つまり、かかりつけ医が患者の判断や意識、行動に頼っている曖昧さが浮き彫りになった
6。
このため、財務省や健康保険組合連合会(以下、健保連)などが2021年秋以降、受診する医療機関を事前に指名する登録制度の導入とか、かかりつけ医の医師を国が認定する仕組みなど、「かかりつけ医の制度化」が必要と主張した。要は患者―医師の関係を固定化させることで、予防や感染症対策、関係機関との連携も含めて、医療・保健・福祉の責任体制を明確にするアイデアである。
しかし、日医は「医療費抑制のために国民の受診の門戸を狭めるようなことであれば認められない」「患者さんにもっともふさわしい医師が誰かを、数値化して測定することはできません」
7、「フリーアクセスが制限されるような制度化についてはこれを阻止し、必要な時に適切な医療にアクセスできる現在の仕組みを守る」
8と主張した。つまり、フリーアクセスを前提にしつつ、かかりつけ医機能の充実を重視する考え方である。
その後、関係団体やメディア、学識者、シンクタンクが賛否両派に分かれて激しい議論を交わした
9が、日医の主張に概ね沿うような形で、フリーアクセスなど現行制度をベースにしつつ、機能を強化することで決着し、2023年の通常国会で医療法などが改正された。
このため、日医の松本吉郎会長が「本制度を性急に医療制度の改革の材料として活用したり、何らかの規制をかけるといった話ではありません。この点が非常に大事。そのようなもの(筆者注:登録制度などを指す)に利用される制度では全くありません」
10と念押ししている通り、今回の制度では登録制度や認定制度などは想定されていない。
以上、前置きが長くなったが、以下では新たな制度の概要を考察する。その際、筆者自身としては、かかりつけ医を制度的に明確にすることに賛成の立場だが、できるだけ私見を抑えつつ、新たな制度の説明と展望を試みることにする。さらに議論を進める際には、▽施行に向けた課題などを話し合うため、2023年11月から8回の会合を重ね、2024年7月にまとまった「かかりつけ医機能が発揮される制度の施行に関する分科会」(以下、分科会)の報告書や議論、▽都道府県の担当者などを対象に、厚生労働省が2回開催した「かかりつけ医機能報告制度に係る自治体向け説明会」(以下、自治体説明会)――などの資料を用いる。
4 家庭医構想の経緯については、厚生省健康政策局総務課編(1987)『家庭医に関する懇談会報告書』第一法規出版、厚生省保険局企画部監修(1986)『医療保険制度50年代改正の軌跡と展望(改訂版)』年金研究所、『週刊社会保障』『社会保険旬報』『国保実務』などを参照。2023年7月24日拙稿「かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか」、2021年8月16日拙稿「医療制度論議における『かかりつけ』の意味を問い直す」も参照。
5 例えば、2019年11月公表の内閣府「医療のかかり方・女性の健康に関する世論調査」では、52.4%の人が「かかりつけ医を持っている」と答えている。有効回答数は2,803人。
6 医科以外では「かかりつけ薬剤師・薬局」「小児かかりつけ医」「かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所」などの仕組みが整備されていた。このほかにも予算・研修制度としても、「かかりつけ医等発達障害対応力向上研修事業」「保険者とかかりつけ医等の協働による加入者の予防健康づくり事業」などが実施されていた。かかりつけ薬剤師に関しては、2021年10月15日拙稿「かかりつけ薬剤師・薬局はどこまで医療現場を変えるか」を参照。
7 2022年4月27日会見における日医の中川会長の発言や会見資料から引用。日医ウエブサイトの資料に加えて、同日『m3.com』配信記事を参照。
8 2022年6月26日の臨時代議員会における日医の松本会長の発言。『m3.com』配信記事を参照。
9 その当時の議論については、日本記者クラブが2002年9月から2024年3月までの間、計10回開催した「かかりつけ医を考える」講演の動画・資料に加えて、制度化賛成派の主張として、井伊雅子(2024)『地域医療の経済学』慶應義塾大学出版会、草場鉄周(2022)「コロナ後の日本のプライマリ・ケアの再構築のために」『健康保険』2022年10月号、2022年12月に開催された日本総合研究所のシンポジウム資料などを参照。筆者も制度化賛成派に近いであり、当時の主張は2023年2月13日拙稿「かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか」(上下2回、リンク先は第1回)を参照。一方、制度化反対派の主張では、二木立(2024)『病院の将来とかかりつけ医機能』勁草書房、森井大一(2024)『かかりつけ医機能と感染症有事』勁草書房などを参照。
10 2025年1月3日『m3.com』配信記事を参照。