1――はじめに~孤独・孤立対策の推進で必要な手立ては?~
個人と社会の関わりが希薄になる中、孤独や孤立を社会の問題と捉えた上で、その解決を図る「孤独・孤立対策推進法」が2024年4月に施行され、間もなく1年になります。これは新型コロナウイルス対策で社会的距離の確保が求められる中、人と人のリアルな交流が減少したことを受けて始まった施策です。
その後、自治体向けの交付金が創設されるなど、施策が少しずつ動き始めており、ネットワークの形成や居場所づくりなどに関して、自治体やNPO(民間非営利団体)、民間企業などの対応が求められます。
しかし、分野・属性を問わずに支援する「重層的支援体制整備事業」など、過去に似たような施策や制度が幾つも展開されており、天邪鬼な筆者は「それだけ難しいことは理解できるけど、どうやって既存の施策と棲み分けるのか?」という思いも持っています。さらに、孤独・孤立の原因はコロナの影響に限らず、不可逆的な社会の変化で起きており、時代の趨勢に合った様々な対策を打つ必要性も感じています。
そこで、今回は孤独・孤立対策の内容や経緯、背景などに触れた上で、自治体や民間団体に求められる対応を検討したいと思います。
なお、孤独・孤立対策の推進では、「地域の実情」に応じた体制整備の必要性が指摘されており、その他の医療・介護・福祉の制度改革と共通している面が多々あります。これまでにも「地域の実情」という言葉に着目しつつ、自治体が求められる対応を考える原稿を書いており、言わば続編的な位置付けとご理解いただければ幸いです(末尾に資料として一覧表とリンク先を掲載)。
2――孤独・孤立対策推進法と施策の概要
1|法律が制定された経緯
まず、孤独・孤立対策推進法が制定された経緯を検討します
1。2020年前半から感染が広がった新型コロナウイルスへの対応では、「三密」(密閉、密集、密接)の回避など、リアルな接触を避けることが重視されました。そこで、当時の菅義偉首相が2021年2月、孤独・孤立対策担当相を置き、省庁横断的に対策を進めると言明。既に英国では2018年に同様の担当相が置かれていたため、これを参考にしたとされています。
その後、2021年11月に有識者会議が設置され、最初の重点計画が同年12月に策定されました。さらに、2023年通常国会で孤独・孤立対策推進法が成立しました(施行は2024年4月)。
1 この経緯は内閣府資料に加えて、宅見遼(2023)「孤独・孤立対策推進法案」『立法と調査』459号、孤独・孤立を特集で取り上げた『医療と社会』Vol.34 No.1や『都市問題』2023年7月号に収載された論文、小林江里香(2023)「中高年者の孤立と孤独」『世界』2023年12月号、2024年4月1日『朝日新聞デジタル』配信記事、2024年11月16日『週刊東洋経済』、2020年1月8日『朝日新聞Globe+』配信記事などを参照。
2|重点計画に基づく「孤独」「孤立」の定義と基本的な考え方
次に、2024年6月に改定された最新版の重点計画を基に、孤独・孤立対策の内容を検討します。まず、重点計画では孤独を主観的概念とし、「ひとりぼっち」と感じる精神的な状態と定めています。一方、孤立とは「社会とのつながりや助けのない又は少ない状態を指す」とし、「客観的概念」としています。
少し分かりやすく言うと、地縁や血縁、職域などのネットワークに身を置き、知人と接点を持っていれば「孤立していない状態」と整理されます。これに対し、こうしたネットワークに身を置きつつも、周囲と溶け込めない感覚を持っている場合は「孤独」と考えられるわけです。このため、孤立は一定程度、客観的に判断できますが、孤独は主観に関わる分、多様になります。
以上のような違いを踏まえつつ、重点計画では「孤独・孤立に関して当事者等が置かれる具体的な状況は多岐にわたり、孤独・孤立の感じ方・捉え方も人によって多様」「主観や感情に関わる『孤独』の問題への対応については、個人の内心に関わる点に留意しつつ、問題の状況に応じて必要な対応は当然行うことが求められる」と強調されています。
その上で、「多様な形がある孤独・孤立の問題については、孤独・孤立の一律の定義の下で所与の枠内で取り組むのではなく、孤独・孤立双方を一体として捉え、当事者等の状況等に応じて多様なアプローチや手法により対応することが求められる」と強調。社会的な孤立が自分の世話を放棄する「セルフネグレクト」を招く危険性とか、社会的排除を生み出す経路も言及されています。
さらに、重点計画では孤独・孤立対策の推進に関わる基本方針として、「孤独・孤立に至っても支援を求める声を上げやすい社会とする」「状況に合わせた切れ目のない相談支援につなげる」「見守り・交流の場や居場所を確保し、人と人との『つながり』を実感できる地域づくりを行う」「官・民・NPO等の連携を強化する」なども盛り込まれています。このほか、「地域の実情」に応じた人と人の繋がりづくりの重要性なども言及されています。
要するに、孤独・孤立は多様であり、個人が置かれた環境や「地域の実情」に応じて、多様な取り組みを柔軟に進める必要性が示されているわけです。
3|具体的な施策
さらに、具体的な施策を見ると、国における司令塔の組織として、首相をトップとする「孤独・孤立対策推進本部」が2024年4月に設置されました。このほか、同本部を所管する内閣府の施策として、▽毎年5月を「孤独・孤立対策強化月間」に位置付けた広報、▽相談の心理的なハードルを下げるため、オンラインや匿名での相談を可能とする体制整備、▽ワンストップで相談窓口に繋ぐウエブサイトの開設、▽NPOや民間企業と連携しつつ、居場所づくりなどに努める「官民連携プラットフォーム」の構築――といった施策が取り組まれています。
予算措置としても、2024年度には内閣府所管の「孤独・孤立対策推進交付金」(1億3,100万円)が創設されました。これは「地方における孤独・孤立対策推進事業」「孤独・孤立対策担い手育成支援事業」に分かれています。
このうち、前者では都道府県に対する補助を通じて、地域の関係者が集まる「地方版官民連携プラットフォーム」を構築。ここを拠点に「地域の実情」に応じて、孤独・孤立対策に関する方針の作成、居場所など地域資源の調査、関係者の情報共有、住民への啓発、ネットワークを構築するNPO団体の支援、市町村の支援などを展開することが期待されています。地方版官民連携プラットフォームを含めた自治体における対策の推進体制について、内閣府が示しているイメージは図表の通りです。
これを見ると、企画財政、福祉、子ども、教育など様々な自治体内部の関係部局・部署に加えて、当事者支援に当たる関係団体、住民、企業などが集まる地方版の「官民連携プラットフォーム」を作ることが想定されているほか、当事者に対する支援策を協議する「孤独・孤立対策地域協議会」の組織も図示されています。
しかし、図表の右下に小さな字で「地域の実情に応じて組み立て」と小さく書かれている通り、これは一例に過ぎず、それぞれの自治体が独自に判断することが期待されています。これまでに東京都中野区、千葉県市原市、京都市、福岡市、広島県福山市、愛媛県宇和島市などの地域協議会が国の交付金の対象として採択されています。
一方、後者ではNPOなどの活動を支援する非営利法人(いわゆる「中間支援組織」)の支援を目的としており、伴走支援などに取り組む9つの団体が補助を受けています。
その後、2024年度補正予算と2025年度当初予算案では「社会参加活躍支援等孤独・孤立対策推進交付金」という名称に変わり、それぞれ24億円、1億3,600万円が計上されています。
このほか、重点計画では関係府省庁の施策が「孤独・孤立」の切口で網羅されており、民間ボランティアである保護司による刑務所出所者への支援など(法務省)、生活困窮者に対する電話相談の実施(厚生労働省)、学生のメンタルヘルスケア支援(文部科学省)、妊娠期から子育て期にわたる切れ目のない支援(こども家庭庁)、「つながりの場所」としての自然・都市公園の活用(国土交通省)など、実に施策が141個も列挙されています。
しかし、先に触れた重点計画の記述に見られる通り、この問題は個人の内面に関わる部分があり、施策の展開が難しいと言えます。さらに、単に地縁・血縁、職域のネットワークを昔のように戻せばいいわけでもありません。
このため、もう少し孤独・孤立が生まれる要因を検討しつつ、社会の変化に対応した施策を打つ必要があります。以下、社会学などの研究の知見や昔の映画のセリフなどを拝借しつつ、孤独・孤立の問題が顕在化した理由を検討します。
3――孤独・孤立の淵源には…
1|研究の知見
孤独・孤立に関する研究書や解説書
2を読んでいると、「中間集団」「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」という言葉を多く目にします。一般的に前者は個人と国家の間に位置する繋がりや組織を指し、町内会や労働組合、趣味のサークル同好会、サロンなどが該当します。後者は社会的な繋がりや信頼関係と整理されており、これらの機能が低下したことで、個人が孤独な気持ちを感じたり、社会的に孤立したりするようになったというわけです。
ここでは分かりやすい例として、高齢者のサロンを挙げたいと思います。近年、国の方針に沿って、気軽に体操などを楽しめる「通いの場」を高齢者向けに作る市町村が増えています。例えば、そこで知り合った元気な高齢者が愛犬家であれば、犬の散歩という新たな場が生まれるし、高齢者に限らず、多世代に広がる可能性があります。その中での雑談を通じて、複数の参加者がスポーツ観戦という共通の趣味を持っていることが分かれば、別の場も生まれます。こうして人の繋がりが重層的になれば、孤立したり、孤独を感じたりすることはなくなりますが、例えばコロナ対策で人と人の接触が減れば、孤独や孤立が生まれる危険性が高まります。
しかも、こうした状況はコロナのような外生的な要因だけでなく、病気や失業に直面した時など誰にでも起きる可能性があります。このため、孤独・孤立は高齢者だけでなく、中年層や若年者、子どもも無縁な話ではなく、その発生を防ぐ上では、中間集団やソーシャル・キャピタルの活性化が重要という示唆が得られることになります。
しかも、近年は福祉分野のみならず、健康づくりや建築、まちづくり、教育、産業振興など様々な領域でも、安心して過ごせる「サードプレイス」や「居場所」の必要性が強調されており、こうした場づくりやネットワークの形成は社会全体の課題と言えると思います。このため、孤独・孤立対策に関して、官民の様々な関係者が分野や所管の壁を超えて取り組む価値は決して小さくないと思います。
このように考えると、先に挙げた重点計画では関係各省の施策が網羅されている事情が分かります(単に各府省庁が実施している施策をホッチキスで止めたような面もあるのですが)。さらに、先に引用した図表でも環境、まちづくり、土木、防災関係の自治体部署とか、文化芸術や環境保全の団体の参画が意識されている背景も理解できます。
2 孤独・孤立や中間集団、ソーシャル・キャピタルに関する研究書は多いが、Fay Bound Alberti(2019)"A Biography of Loneliness"[神崎朗子訳(2023)『私たちはいつから「孤独」になったのか』みすず書房]、阿比留久美(2022)『孤独と居場所の社会学』大和書房、石田光規(2018)『孤立不安社会』勁草書房、同(2011)『孤立の社会学』勁草書房、Robert David Putnam(2000)"Bowling Alone"[柴内康文訳(2006)『孤独なボウリング』柏書房]などを参照。
保険研究部
上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
三原 岳(みはら たかし)
研究領域:
研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論
プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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