最初に「保険外」という言葉を使っている政府文書を確認します
1。2024年5月の財政審建議では高齢者のニーズへの対応とか、事業者の経営基盤強化に繋がる可能性があるとして、「今後も増大し続ける多様な介護需要に対して、介護保険事業と介護保険外の民間企業による関連サービスで対応していくことが有益」という期待感が披歴されました。
財務省としては、介護職員の給与引き上げが財政を圧迫する一因になっているため、「保険外」の拡大を通じて事業者の収益力が向上すれば、少しでも歳出増加圧力を緩和できると思っているのかもしれません
2。あるいは歳出抑制策として、財務省は軽度者向け給付の見直しも提唱しており、「保険外」を給付抑制の受け皿にしたいという思惑もありそうです。
さらに、経済財政政策の方向性を示す2024年6月の骨太方針では、下記のような文言が盛り込まれました。
深刻化するビジネスケアラーへの対応も念頭に、介護保険外サービスの利用促進のため、自治体における柔軟な運用、適切なサービス選択や信頼性向上に向けた環境整備を図る。
ここで言う「ビジネスケアラー」とは、仕事と介護の両立に直面している従業員を指しており、経済産業省が最近、盛んに用いている和製英語です。同省は2023年11月に検討会を設置し、2024年3月に経営者向けガイドラインを作るなど、仕事と介護の両立支援を中心に、介護分野に関して独自の動きを見せています。さらに、同省は「保険外」の認知度向上などを目指し、民間企業も交えた「介護関連サービス事業協会」も同月に発足させており、発足式では仕事と介護の両立支援に向けて、「保険外」の情報やサービスにアクセスできることが重要という考えが示されています。
以上の経緯を踏まえると、上記の文言は厚生労働省の意向ではなく、経済産業省の考え方が反映されている可能性を読み取れます。同省としては、「保険外」の拡大を通じて、介護を理由にした離職を防ぐとともに、産業政策として関連ビジネスの育成を図る意図を持っていると思われます。
いずれの政府文書の意図も、筆者は全否定する気はないですし、介護保険だけではない選択肢が広がることは高齢者の生活の質(QOL)を高めることに繋がると思っています。
ただ、これらの議論は別に目新しい話ではありません。例えば、後述する通り、2017年頃には「保険」「保険外」を同一時間内に組み合わせる「混合介護の弾力化」が話題になりました。さらに、国の委託研究を通じて、「保険外」に関して、報告書や事例集なども数多く公表されています
3。
このため、「保険外」を拡大するための方策を具体的に検討する必要があります。以下、医療保険との違いを意識しつつ、介護保険の基本構造を検討することで、介護における「保険外」の「正体」を明らかにします。
1 なお、保険以外の商品やサービス、住民同士の支え合いなどを「制度外サービス」「インフォーマルサービス」「インフォーマルケア」と呼ぶ時もある、筆者は自治体独自の施策や民間企業のサービスだけでなく、体操教室など住民同士の支え合いも意識する必要があると考えており、普段は専ら「インフォーマルケア」という言葉を使っている。しかし、今回は「保険外」の言葉遣いで原則として統一するとともに、住民同士の支え合いなどは考察の対象から外す。
2 2024年度予算の介護職給与の引き上げでは、2024年6月12日拙稿「2024年度トリプル改定を読み解く(上)」を参照。
3 例えば、「保険外」の名前を冠した成果物として、2016年3月に厚生労働省、経済産業省、農林水産省による連名で、「地域包括ケアシステム構築に向けた公的介護保険外サービスの参考事例集」が公表されているほか、厚生労働省の老人保健健康増進等事業を受け、日本総合研究所が2018年3月に「地方自治体における地域包括ケアシステムの構築に向けた『保険外サービス』の活用に関するポイント・事例集」、2020年3月に「QOLを高める保険外(自費)サービス活用促進ガイド」をそれぞれ公表している。いずれも自治体や民間企業が「保険外」を拡大する上での留意点とか、各地の好事例が紹介されている。このほか、日本総合研究所(2023)「地域づくりの観点からの保険外サービス活用推進等に関する調査研究事業報告書」、同(2022)「保険外サービス活用推進に関する調査研究事業報告書」、同(2021)「保険外サービス活用推進に関する調査研究事業報告書」、同(2018)「ケアマネジメントにおける自助(保険外サービス)の活用・促進に関する調査研究事業報告書」「介護保険サービスと保険外サービスの組合せ等に関する調査研究事業報告書」なども公表されている。