改正ベトナム保険事業法(10)-設立と運営免許(その1)

2024年08月27日

(松澤 登) 保険会社経営

1――はじめに

本稿はベトナムにおいて大改正(2023年1月より施行)された保険事業法(Law on Insurance Business)の続き(10回目)を解説するものである。なお、前回(9回目)は2024年2月末に出していて、その後、諸般の事情によりしばらく中断していたが、今般、再開することとしたい。

2022年保険事業法の英語版はベトナムの国会あるいは監督官庁である財務省としては出していないので、本稿は翻訳ソフトを使用してベトナム語を英語に翻訳したものをベースとしている。したがって正確に翻訳できていない可能性がある。

前回(9回目)までで保険契約に関する法律部分は終わり、本稿から「第3章 保険会社、再保険会社、海外会社の国内支店」の解説となる。本稿は第3章の第1節「設立と運営免許」の1回目である。条文としては62条から68条である。

今回の解説部分は日本の保険業法の取り扱う分野であり、ベトナム保険事業法と日本の保険業法を比較しながら論じていきたい。なお、以降ではベトナム保険事業法を単に保険事業法と記載し、日本の保険業法を単に単に保険業法と記載するのでご留意願いたい。

2――会社形態と業務範囲(62条・63条)

2――会社形態と業務範囲(62条・63条)

1保険会社と再保険会社の会社形態 (62条)
保険会社と再保険会社の運営組織形態:保険事業法62条では保険会社・再保険会社に認められる会社形態の種類を列挙している。それは以下の2形態に限定される。

1.株式会社(Joint Stock company)

2.有限責任会社(Limited liability company)
―ここでは翻訳に則った訳語を載せている。厳密に言えば、Joint Stock Companyを株式会社と呼ぶのが適切かどうかは疑問であるが、ベトナム会社法を見た限りでは日本の株式会社と概ね同じ制度として設計されているようだ(同法110条以下) 。他方、ベトナムにおける有限責任会社は社員が資本を出資し、それを持分として所有する(ベトナム会社法48条1項)。会社の基本的事項等は社員総会において、持分割合に応じた多数決によって決定する(同法50条)などの特徴を有する法人形態である1
日本では、保険会社の会社形態としては、株式会社と相互会社のみが認められている(保険業法5条の2)。
2|保険会社の業務範囲(63条)
保険事業法63条は保険会社の業務範囲について定める。

(1) 保険会社の業務範囲は以下の通りである(同条1項)。
a)保険事業、再保険事業、出再事業
b)保険事業にかかる資産の管理と投資
c)付随業務の提供
d)保険事業の運営に直接関連するその他の事業
―保険業法では、保険会社は①固有業務である保険の引受け事業・資産運用事業(=上記a)b)に該当)、②保険事業に付随する業務(=上記c)に該当)、③法定他業のみを行うことができるとされている(97条~100条)。保険事業法の条文と比較すると③法定他業と「d)保険事業の運営に直接関連するその他の事業」との関係がどのようになっているかが問題となるが、詳細は不明である。なお、再保険事業については次項参照。

(2) 再保険会社の業務範囲は以下の通りである(同条2項)。
a)再保険事業、出再事業
b)再保険事業にかかる資産の管理および投資
c)再保険事業の運営に直接関連するその他の事業
―保険業法には再保険事業および再保険会社等に係る特有の規定は存在しない。保険業法では再保険会社は一般に損害保険会社が兼業するものと位置付けられている(3条5項)2のみである。

(3) 保険事業法63条3項は保険会社の他業禁止(保険業法100条に該当)および生損保の分離(保険業法3条3項に該当)について定めるものである。条文としては、以下の通りである。
保険会社は保険事業法7条1項に定められた業種(生命保険業、医療保険業、損害保険業)のみを行うことができる(同条3項)。そして、以下の制限がある。
a)生命保険会社は生命保険業とあわせて医療保険業を営むことができる。
b)損害保険会社は損害保険業とあわせて1年以下の医療保険と1年以下の死亡保険を引受けることができる。
c)医療保険会社は医療保険業とあわせて1年以下の死亡保険を引受けることができる。
―医療保険業を営む会社が独立して認められているのが日本と比較した際の保険事業法の大きな特色である。保険業法では生命保険会社および損害保険会社の双方が医療保険について制限なく引受けられるとされているが、専業の医療保険会社という形態は認められていない (3条4項・5項)。また、損害保険会社が販売できる医療保険に1年以下という期間制限がついている。このあたりは日本の損害保険会社が疾病死亡保障の付いた海外旅行保険を引受けられるところに似ている。さらに損害保険会社が1年以下とはいえ普通死亡保険を引受けられるのも特徴的である。
 
2 生命保険事業の再保険は生命保険会社等が引受けられることとなっている(保険業法3条4項3号)。

3――保険会社および再保険会社の設立免許の一般条件(64条)

3――保険会社および再保険会社の設立免許の一般条件(64条)

(1) 設立時に出資する株主または社員の条件は以下の通りである(保険事業法64条1項)。
a)会社法にしたがって、ベトナムで会社を設立し、運営することができる団体又は個人3
b)法的地位を有する団体である場合は合法的に運営されていること。仮に団体が保険会社の10%以上の資本金を拠出する場合には、団体の事業が免許申請時点で3年連続利益を生じさせていること、および政府の設定した財政上の条件を満たしていること。
c)ベトナム国内で運営することが認可されている保険会社または再保険会社が、子保険会社を設立するには、親保険会社が免許申請時点で3年連続利益を生じさせていることと、法の定める資本十分性を満たしていること。
―保険業法では免許申請者が保険会社の業務を健全かつ効率的に遂行するに足りる財産的基礎を有し、かつ、申請者の当該業務に係る収支の見込みが良好であること (5条1項1号)としている一方で4、保険事業法では保険会社に設立資金を提供できる資本提供者の財務上の資格が限定されている。保険業法でいう免許申請者と保険事業法でいう資本提供者とは、現実には似た存在であろう。いずれも設立母体が十分な財産基盤を有すべきという点においては同様である。

(2) 資本規制は以下の通りである(同条2項)。
a)定款資本はベトナムドンで、政府の定めた最低額以上を払い込まなければならない。
b)払込資本の原資として、借入金または投資信託からの金銭を使用してはならない。
―保険業法では資本金又は基金は10億円以上とされている(6条1項)。つまり円建てである。また、日本の会社法52条の2は見せ金による資本金の払込を違法としている。なお、保険会社に限らないが、設立準備会社への資本金の仮装払込み5は禁止されている(会社法52条の2)。

(3) 人的資源要件として、以下が規定されている(同条3項)。取締役会議長、理事会長、取締役、法務部長、保険計理人は保険事業法81条に定める条件、管理能力水準、経験、専門的素質を有することが期待される。
―保険業法では、申請者が、その人的構成等に照らして、保険会社の業務を的確、公正かつ効率的に遂行することができる知識及び経験を有し、かつ、十分な社会的信用を有する者であること(5条1項2号)を要する。また保険会社の常務に従事する取締役の適格性を求める条文もある(8条)。範囲は異なるものの、ベトナム・日本で類似の規律になっていると言える。

(4) 保険事業法の下で求められる組織形態を有し、会社法に則った定款を保有すること(同条4項)。
―保険業法では、保険会社株式会社または相互会社であるほか、保険会社は監査役会設置会社、指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社でなければならない(5条の2)。日本では株式会社といっても3種類の機関設計が可能であるが、ベトナムではさほど複雑なものにはなっていない。
 
3 個人には財務上の最低基準等の規定は見当たらない。
4 主要株主規定(保険業法271条の10)も関係してくるが、ここでは省略する。
5 たとえば、1000万円を金融会社から借りてきて、資本金払込口座に振り込み、そのお金をすぐに銀行に返済することなどを言う。

保険研究部   取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登(まつざわ のぼる)

研究領域:保険

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴

【職歴】
 1985年 日本生命保険相互会社入社
 2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
 2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
 2018年4月 取締役保険研究部研究理事
 2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
 2025年4月より現職

【加入団体等】
 東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
 東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
 大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
 金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
 日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

【著書】
 『はじめて学ぶ少額短期保険』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2024年02月

 『Q&Aで読み解く保険業法』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2022年07月

 『はじめて学ぶ生命保険』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2021年05月

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