第3に、患者にとって信頼できる医師を増やすための工夫である。かかりつけ医機能を果たせる能力を持った医師の候補として、プライマリ・ケア専門医の資格である総合診療医という専門医の仕組みが整備されているが、現時点で専門医資格を持つ医師は1,100人程度に過ぎない。さらに2018年度から総合診療医の専門教育が本格スタートしたものの、大学病院や大規模病院では総合診療の存在感が依然として薄く、専門教育の指導体制も不十分なため、キャリアアップのコースが見えにくいとされる。このため、総合診療医を希望する若手医師や医学生は現時点で決して多くない
62。今後、ロールモデルを示すなど、状況を少しずつ改善していく必要がある。
一方、「能力」ではなく「機能」を高めるための研修として、日医の「かかりつけ医機能研修制度」が2016年4月から実施されており、2022年8月時点で、3年間の認定期間による有効実人数は5,272人に上る
63。筆者自身、医療界自身による研修機会の確保は重要と考えており、日医の松本会長が「私たちも『今のままでいい』わけでは決してありません。かかりつけ医として国民に選ばれるための努力が、今まで以上に求められます」
64と説明している点に期待したい。
その半面、「能力を測定しない研修制度で、かかりつけ医機能やプライマリ・ケアの能力を担保できるのか」という疑問も持っている。実際、「かかりつけ医」という言葉が始まった1990年代の日医幹部によるインタビューや講演では、今と大して変わらない発言が示されており、プロフェッショナル・オートノミーだけの解決については疑問が残る。
例えば、かかりつけ医機能のモデル事業に向けた検討が進んでいた1992~1993年頃のインタビューを見ると、「国民にかかりつけ医を持ってもらい、医療提供側もかかりつけ医としてふさわしい機能を備えることを第一の条件としたい」
65、「かかりつけ医の機能が強化されていけば、"病診連携"だってうまくいくようになる」
66といった意見が出ていた。
その後も、「基本的には診療所や小病院のかかりつけ医の意識を活性化して行くことを基本にして、地域の医療を支援していく機能を病院に持ってもらう」「診療所や小病院を活性化することでかかりつけ医機能を向上させていくということで、(筆者注:医療機関の機能分化に向けて)自然に体系化ができていくと私は楽観的に考えている」といった講演録での発言が残されている
67。
それにもかかわらず、現時点でも同じような「医療機関の機能分化」「かかりつけ医の機能強化」が議論されている点を踏まえると、「専門職による自治や研鑽だけで十分なのか」という疑問を持たざるを得ない。
むしろ、筆者は「高齢化に対応するため、プライマリ・ケアを強化する」という方向性を国が明示し、総合診療医を含めて、国・都道府県が担い手となり得る医師の育成に本腰を入れる必要があると考えている。その際には、先に触れた通り、プライマリ・ケアを200床未満の中小病院に担ってもらう選択肢も考慮する必要があるため、専ら診療所で働く医師を指すことが多い「家庭医」という言葉にこだわる必要性も感じない。
さらに、国・都道府県、医療界として、入退院支援や在宅復帰支援などを担う中小病院の医師も含めて、できるだけ多くの医師が高齢化に対応した医療、つまりプライマリ・ケアに関わるような方向性を示して欲しいと考えている。
62 若手医師が総合診療医を選ばない理由については、2021年3月30日『m3.com』配信記事における日本専門医機構の寺本民生理事長インタビュー、2019年5月5日『m3.com』配信記事における草場氏インタビュー、土田知也ほか(2019)「なぜ総合診療医を選ばなかったのか?総合診療に興味を持ちつつ,臓器別専門医を選んだ研修医の進路決定要因に関する質的研究」『日本プライマリ・ケア連合学会誌』Vol.42 No。3などを参照。
63 2022年11月2日、日医記者会見資料を参照。
64 2022年12月28日『m3.com』配信記事における日医の松本会長の発言。
65 1992年5月18日『週刊社会保障』No.1689における日医の村瀬会長インタビュー。
66 『医療』1993年7月号における日医の村瀬会長の発言。
67 坪井栄孝(2004)『変革の時代の医師会とともに』春秋社p318。1996年7月28日に開催された石川県医師会創立記念祭特別講演での発言。
21――おわりに