4|有事と平時の両立
中長期的な視点として、有事と平時の両立という問題があります。具体的には、有事に備えて「国の関与」を強化しても、平時には分権化の方向性が求められている点を意識する必要があります。
実際の問題として、両者の仕組みが違い過ぎると、有事に備えるための人員・予算を確保するコストが必要以上に掛かってしまう可能性がありますし、現場が機能しない危険性があります。このため、平時の改革は都道府県に担ってもらう一方、有事の際には国の司令塔が都道府県をバックアップするような責任関係が必要になると思われます。この点については、今回の対応の教訓として、「感染症対応への権限と責任を明確化」を挙げる意見と符合しています
12。その際には平時モードから有事モードに切り替える際の判断基準なども一定程度、事前に示す必要もあると思います。
有事と平時の両立という点では、都道府県が策定する医療計画、あるいは医療提供体制改革で重視されている地域医療構想との整合性を取る必要もあります
13。中でも、医療計画の一部として2017年3月までに策定された地域医療構想では、病床再編や医療機関のネットワーク化などを目指しており、これと整合性を取る上では、片方で病床のスリム化を進めつつ、もう一方で感染症対応が可能となる病床・人員を確保する対応が必要となります。
このため、医療計画(地域医療構想を含む)の推進主体である都道府県としては、有事と平時の両立を普段から意識する必要があります
14。実際、政府は今年の通常国会で医療法を改正し、都道府県が策定する医療計画に新興感染症を位置付けることにしました。このため、都道府県は2024年度にスタートする次期計画策定に向けて対応が求められます。その際には都道府県に「丸投げ」するのではなく、国としても必要なデータの提供に加えて、引き上げられた消費税収を充当している「地域医療介護総合確保基金」などを通じた財政支援も検討する必要があると思います。
なお、地域医療構想と新型コロナウイルス対応を比較すると、前者は病床削減の要素を持つ一方、後者は病床を確保する必要があり、「地域医療構想を止めるべきだ」という意見が一部にあります。しかし、将来的な人口減少を踏まえると、病床はスリム化する必要があります。
さらに、両者には相違点だけでなく、共通点もあります。例えば、地域医療構想では急性期病床で入院した患者が治癒した後、リハビリテーションなどに力点を置く回復期病床に転院させ、さらに自宅を中心とした在宅医療までカバーする医療機関のネットワーク化が意識されています。
これに対し、新型コロナウイルスへの対応でも、治癒した重症患者を中等症、軽症者の病棟に移す転院調整が焦点となっており、両者には共通点があります。確かに地域医療構想の病床推計には感染症対応を意識していないため、前提が覆った面はありますが、平時モードの改革を進めることが有事に備えることにも繋がる面があり、「地域医療構想を全てストップする必要はない」と考えています。
むしろ、医療機関の役割分担に向けて、都道府県が音頭を取るような形で、医療機関同士の連携を強化する対応が必要になります。その際には
(中)でも述べた通り、都道府県と医療機関が対等な関係で結ぶ契約制度を活用することで、感染症への対応に関する予見可能性を高めつつ、民間医療機関の公共性を高める方法が考えられるのではないでしょうか。
さらに言うと、医療機関同士の連携を促す「医療情報連携ネットワーク(EHR)」などデジタル技術の活用に加えて、「連携以上、統合未満」の形で連携する「地域医療連携推進法人」などの枠組みを活用することで、地域全体でネットワークを確立して行く方法もあり得ると思います。
12 砂原庸介(2020)「中央政府と地方自治体」アジア・パシフィック・イニシアティブ編『新型コロナ対応・民間臨時調査会調査・検証報告書』ディスカヴァー・トゥエンティワンp371。
13 この点は別の原稿でも考察した。2021年10月26日「世界一の『病床大国』でなぜ医療が逼迫するのか」を参照。
14 ここでは詳述しないが、保健所を所管する政令市、中核市、東京特別区と、都道府県の関係も整理する必要がある。