(1) 製造業のサプライチェーンへの対応(製造拠点でのBCP対策)
まず今回のパンデミックのサプライチェーンへの影響の概観は、以下の通りである。「2020 年に入って新型コロナウィルスが瞬く間に中国で感染拡大し、(中略)厳しい外出制限や都市間の移動規制が行われ、現地工場の従業員が出勤できず生産が停止したり、通関業者が営業しておらず港湾で物流が滞留したりすることで、日本への供給網が大きく混乱した。特に製造業では、中国からの部品調達が滞ったことによる日本所在の自動車工場の停止や、住宅建材の新規受注の停止といった問題が発生した」「中国の感染及び企業活動の停止は2月をピークに徐々に解消し、(中略)中国からの供給途絶による日本への影響は早期に解消に向かった一方で、2月下旬以降はイタリア、スペイン、フランス、ドイツ、英国、米国での感染が次々と爆発的に拡大し、欧米における3月以降の主要都市のロックダウンや全国規模での移動制限等により、外需が急減した。(中略)今回の感染拡大による中国からの供給途絶は一時深刻であった一方で、早期に回復に向かい、逆に欧米や日本で生産活動が停滞するという経過をたどっている」「中国を皮切りに各国の都市封鎖による供給寸断に加え、消費活動の停滞による需要減が組み合わさったものである」
17という。
筆者は、東日本大震災後にも、企業がBCP強化のために組織スラックを備える重要性を指摘した。「
震災復興で問われるCSR(企業の社会的責任)」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2011年5月13日にて、「我が国の大企業の多くは、株主至上主義の下で経営効率を重視するあまり、在庫を極小化するジャスト・イン・タイム(JIT)に代表されるように、ぎりぎり必要な分しか経営資源を持たない『リーン(lean)型』の経営に傾斜してしまった。今回の震災で効率性に偏重した経営の脆弱性が露呈したとみられる」「震災を契機に、短期的な収益や効率性にとらわれがちだった視点を改め、企業経営の発想そのものが転換されることを望みたい。中長期の事業継続・リスク分散のために短期的には効率が低下しても、在庫・IT資産・設備・事業拠点など経営資源にある程度の余裕、いわゆる『組織スラック(slack)』を備えておく、サステナビリティ重視の発想を取り入れてはどうだろうか。事業資産に余裕を持たせるには、自前の投資(生産ラインの二重化)に限らず、アウトソーシング、企業連携、企業買収など多様な手法が考えられ、経営の知恵が求められる。JITについては、中小企業に余裕のない切迫した操業を迫り、体力を消耗させる面があるなら、サプライチェーン(供給網)の持続可能性を維持するためにも、大企業側が在庫を積み増すなどして、その点を是正すべきだろう」と述べた。
今回のようなパンデミックに対するBCP対策の強化についても、組織スラックを備える視点は原理原則として変わらないものの、その手法は、地域的に発生する自然災害とは異なることが多いとみられる。「感染症は世界中に被害が及びかつ出口が不透明で長期化するおそれがあるという固有の深刻さがある。サプライチェーンの強靭性を高めるため、部品調達先を分散させるような災害対策は、世界中の生産活動が同時に停滞する感染症には通用せず、企業は新たな対応を迫られている」
18からだ。地域的に発生する自然災害に対するBCPとしては、生産拠点の二重化
19や部品など原材料調達先の多様化といったサプライチェーンの分散化が有効に機能する一方、世界の広範な地域・国々で同時発生するパンデミックでは、そのような施策が機能しない可能性が高いのだ。
地域的に発生する震災時の製造拠点におけるBCP対策としては、サプライチェーンの分散化など多くの施策メニューが考え得るが(図表2)、その中でパンデミック発生時にも適用し得る施策があるかどうかは、パンデミックが発生する地域・国々の範囲やタイミングによるだろう。発生範囲が比較的狭かったり、発生のタイミングが地域ごとにばらついたりするケースでは、サプライチェーンの分散化など震災時のBCP対策の多くを適用できる一方、極めて広範かつ同時に発生する最も厳しいケースでは、適用し得るのは製品・仕掛品・原材料など棚卸資産を積み増すことくらいかもしれない。ただし、この施策でもロックダウンなどにより物流機能が停止してしまうと、製品を工場から顧客へ納入することが難しくなる。
筆者は、東日本大震災時に、「株主にも、短期的な株式リターンにとらわれずに、震災復興・持続可能な社会の構築という社会的ミッションを共有し、ミッション遂行に誠実に取り組む企業を高く評価し応援することを望みたい。それこそが真の社会的責任投資(SRI:Socially Responsible Investment)ではないだろうか。企業を社会変革へと突き動かすには、社会的ミッションを実現する企業を称賛し鼓舞する社会風土を醸成する必要があると考える。株主は、その重要な役割を担う主体の一つだ」
20と指摘した。