資金決済法の改正案-デジタルマネーの流通促進と規制強化

2025年04月18日

(松澤 登) 保険会社経営

3――資金決済法改正の概要

以下では、今回の改正法案の内容について解説を行う。資金決済法の表記については、現行の資金決済法を「現行法」、改正案である資金決済法を「改正法」と呼ぶこととする。
1|暗号資産交換業者に対する資産の国内保有命令の導入
本改正を図示すると図表3の通りである。
(1) 改正の経緯・内容 改正の契機として、2022年に米暗号通貨取引所大手FTXトレーディング社が連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)手続を申請し、破綻したことにある。この際、米国の破綻手続きに日本のFTX Japan株式会社が含まれていたことから、金融庁は同社に対して金融商品取引法(以下、「金商法」)56条の3に基づく資産の国内保有命令を発出し、同社資産の国外流出を防止することができた16。これは同社が暗号資産現物の交換業のほかに、暗号資産のデリバティブ業務を行っていた(金商法2条24項、施行令1条の17)ことから、金商法の適用が可能であったものである。

そこで本改正では、デリバティブ業務を行っていない暗号資産交換業者に対しても、「内閣総理大臣は公益又は利用者の保護のため必要かつ適当であると認める場合」には、その資産のうち政令で定める部分を国内に保有することを命ずることができる旨の条文を新設した(63条16の2)。また電子決済手段等取引業者にも同様の条文を新設した(63条の21の2)。
 
16 金融庁説明資料 https://www.fsa.go.jp/common/diet/217/02/setsumei.pdf p2参照。
(2) 検討 外国で暗号資産交換業者の親会社が破綻した場合に、日本の子会社の資産がどう取り扱われるかは当該外国の法制度や過去の判例などにより異なるものと考えられる。子会社資産を外国親会社の債権者に破産時の配当財源として徴収することは十分考えられるし、その際に子会社の債権者(顧客)が保護されるとは限らない。このような規定改正は当然のものと言えるだろう。

ただ、疑問点として暗号資産交換業者のサーバが海外にある場合、資産の国内保有命令はどのような意味を有するのかというものがある。物理的なサーバが海外にあることをもって暗号資産であるデータが海外にあるというのか、あるいは管理者である暗号資産交換業者が国内からアカウントを操作できることをもって国内にあると言えるのか、筆者の調査の限りにおいて判明しなかった17。保険業法では外国保険会社等の資産は国内に保有することとされている(保険業法197条)。この規定により責任準備金等に相当額を国内に保有するものとされている。これに類する規定の導入の是非はどうか、議論の余地はあると考えられる。
 
17 なお、暗号資産交換業者に対して利用者の暗号資産を国内で管理することは求められていない(2025報告書P13の注49)
2|特定信託受益権の裏付け資産の管理・運用の柔軟化
本改正を図示すると図表4の通りである。
(1) 改正の経緯・内容 上記2の2で述べた通り、電子決済手段のひとつである特定信託受益権(現行法2条5項3号)については、受益権の金額に相当する全額を預貯金で管理することとなっている(同条9項)。これは特定信託受益権型のステーブルコインの価値を通貨と連動させるため、および預貯金で償還原資となる資産の全額を確保するためのものである。2025報告(p16~p18)では、米国やEUなど海外の規制を踏まえ、預貯金以外の資産であっても、電子決済手段の価格安定性・償還確実性を確保できる範囲であれば保全資産として認めることとした。

そこで改正法2条9項は、信託契約として受け入れた金額につき、①内閣府令で定める金額以上を預貯金として管理すること、②預貯金で管理する金銭以外の額を国債等内閣府令で定める債権を保有して運用することとされた(改正法2条9項)。2025年報告(p16~p17)では国債等で運用する金額の上限を50%(言い換えると預貯金を50%以上保有)とすること、また金銭以外の債権については、円建ての特定信託受益権については残存期間3カ月以内の国債とすること、米ドル建ての特定信託受益権については、残存期間3カ月以内の米国債とすることとされている。また、内閣府令で定める債権として、中途解約が認められ、かつ解約手数料により裏付け資産が減少しない定期預金が定められる予定である18
 
18 前掲注5 p3参照。
(2) 検討 電子決済手段であるステーブルコインの価格を通貨に連動させる方法はいくつかあり、アルゴリズムを活用して価格安定を図るものなどがある。そのうち、今回改正されるのは、上述の通り、信託の受益権の形態をとるもので、信託できる対象資産の種類を増やしたというのが今回の改正である。この点に関しては、国債であっても、金利の変動に伴ってその取引価額が変動するため、元本割れのおそれがあることは否定できない。しかし、償還まで3か月以内の国債であれば、満期まで保有すれば全額返ってくるので、元本割れの懸念はごく小さい。かつ国債には金利がつくため、資産保有方法としては合理的なのではと思料する。

なお、筆者の調査の範囲内では、特定信託受益権の方式をとるステーブルコインであって、円に連動する電子決済手段については、実用段階に入っている例はないようである19。そうだとすると、今回の改正は国内における特定信託受益権型のステーブルコインの発行を促すために、国債等の利息を発行体の収益とすることで、発行体にメリットを与えて、発行を促進する側面があるとも言える。
 
19 三菱UFJ信託銀行が実証的に行っているものがある。https://www.tr.mufg.jp/ippan/release/pdf_mutb/230911_2.pdf 参照。なお、近くサービスを開始する見込みとのことである。https://www.yomiuri.co.jp/economy/20250402-OYT1T50077/ 参照。
3|電子決済手段・暗号資産サービス仲介業の導入
本改正を図示すると図表5の通りである。
(1) 改正の経緯・内容 2025報告(p14)では、「ゲームアプリやアンホステッド・ウォレット20等をウェブ上で提供する事業者が、利用者に対して暗号資産交換業者等を紹介するなど、暗号資産又は電子決済手段の売買又は交換に関与する場合、その態様によっては、当該関与は資金決済法上の『媒介』に該当する」としている。したがって現行法上「暗号資産等の売買等の媒介を業として行うためには、暗号資産交換業者等の登録」が必要である。そして、暗号資産交換業者となった場合、販売収益の移転防止に関する法律(以下、「犯収法」)における取引時確認や疑わしい取引の届出義務等が発生し、また上述の通り、資金決済法における利用者財産の保全に関する各種義務等を負うこととなる。

しかし、暗号資産等の売買の媒介にとどまる場合、売買の当事者ではないため、実際の売買を実施する暗号資産交換業者が犯収法上の義務等を実行し、財産要件を満たすとすれば、必ずしも媒介を行う事業者にそれらの義務を課す必要はないことになる。

以上をもとに、改正法では「電子決済手段・暗号資産サービス仲介業」を新設した(改正法2条18項、現行法2条18項以降は24項以降に後ずれ)。電子決済手段・暗号資産サービス仲介業とは、電子決済手段等取引業者からの委託を受けて電子決済手段の売買の媒介等を行うこと(同項1号)、または暗号資産交換業者から委託を受けて暗号資産の売買の媒介を行うこと(同項2号)のいずれかを業として行う者を指す。電子決済手段・暗号資産サービス仲介業者は内閣総理大臣による登録を受ける必要がある(改正法63条の22条の2)。

改正法は電子決済手段・暗号資産サービス仲介業者は電子決済手段等取引業者等から委託を受ける者として規定しており、いわゆる所属制を採用している(保険会社と保険募集人の関係と同様)。委託をした電子決済手段等取引業者等には電子決済手段・暗号資産サービス仲介業者が利用者に加えた損害を賠償する責任を負うこととされている。ただし、相当の注意をし、損害の発生の防止に努めたときは電子決済手段等取引業者等が免責される(改正法63条の22の14。この場合、仲介業者のみが責任を負う)。

このほか電子決済手段・暗号資産サービス仲介業者には利用者への情報提供義務(改正法63条の22の12)や金銭の預託の禁止(改正法63条の22の13)などの規制が課せられるが、上述の通り、財務要件や犯収法の規制をかけないこととされた。
 
20 アンホステッド・ウォレットとは、暗号資産交換業者等がホスト(管理)していないウォレット(口座)を意味する。個人が自身でウォレットを管理するものや規制のない国の暗号資産交換業者が管理するものなどがある。この場合、個人が自身で秘密鍵を管理する。
(2) 検討 生命保険会社においては、生命保険契約につき生命保険募集人(生命保険会社から委託を受けて生命保険契約の媒介・代理を行う者。保険業法2条19項)に募集委託する。生命保険募集人は生命保険契約を媒介21するだけであり、保険契約の当事者ではない。しかし、内閣総理大臣(実務上は財務局等)への登録が求められており(保険業法276条)、顧客に対する生命保険契約に関する情報提供義務が生命保険募集人に課されている(保険業法294条)。これは生命保険募集にあたって、通常は生命保険会社と保険契約者の接点は生命保険募集人だけであり、生命保険募集人を行政の監督下に置き、情報提供義務を課すのが合理的と考えられているためであろう。

利用者と、電子決済手段等取引業者または暗号資産交換業者との間に直接のやり取りがなく、媒介者だけが利用者と接点があるのであれば、媒介業務を登録制とし、かつ情報提供義務を課すのは、生命保険募集人の事例と比較しても自然のことと思われる。
 
21 損害保険募集人は損害保険契約締結の代理をすることがある。生命保険契約は法律上代理もできることになっているが、実務では媒介にとどまる。

保険研究部   取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登(まつざわ のぼる)

研究領域:保険

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴

【職歴】
 1985年 日本生命保険相互会社入社
 2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
 2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
 2018年4月 取締役保険研究部研究理事
 2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
 2025年4月より現職

【加入団体等】
 東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
 東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
 大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
 金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
 日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

【著書】
 『はじめて学ぶ少額短期保険』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2024年02月

 『Q&Aで読み解く保険業法』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2022年07月

 『はじめて学ぶ生命保険』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2021年05月

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