異例ずくめの高額療養費の見直し論議を検証する-少数与党の下で二転三転、少子化対策の財源確保は今後も課題

2025年04月10日

(三原 岳) 医療

■要旨

今年の通常国会における予算審議では、公的医療保険の患者負担に関して上限を設定する「高額療養費」の見直し問題が注目を集めた。政府は当初、2025年8月以降、3段階で限度額を引き上げる方針を決定し、2025年度当初予算案にも反映されていたが、がんなどの患者団体が強く反発したことで、野党だけでなく、与党内でも反対意見が広がった。

その結果、政府は3回も方針を転換することを強いられ、最終的に事実上の白紙撤回に追い込まれた。政府の案が3回も修正されるのは極めて異例であり、当初予算案が国会で修正を受けたのは29年ぶり、衆参両院で当初予算案が修正されるのは現行憲法下で初めてという「異例ずくめ」の展開となった。

では、こうした異例ずくめの展開になった理由として、どんな点が考えられるだろうか。2024年10月の総選挙で、自民、公明両党が衆院で過半数を失った(いわゆる少数与党)ことで、国会運営が難航する可能性は当初から予想されていたが、ここまで「迷走」を重ねた理由としては、厚生労働省の粗雑な検討過程や政府・与党の機能不全など、幾つかの理由が絡んでいると考えられる。

そこで、本稿は高額療養費見直しを巡る過程を検証する。具体的には、2024年11月頃から政府内で議論が急浮上した点とか、「次元の異なる少子化対策」で財源対策が求められた点、その過程では患者団体の意見を聞く場を設定しない点、少数与党の下で政府がジリジリと「撤退」を余儀なくされた点などを明らかにする。

その上で、事実上の白紙撤回になった影響として、OTC(一般薬)類似薬の保険適用除外などの見直しが浮上する可能性や、少子化対策の財源確保が困難になる危険性を論じる。

■目次

1――はじめに~異例ずくめの高額療養費の見直し過程を検証する~
2――高額療養費制度の現状と当初の見直し案
  1|低姿勢を続けたが…
  2|現行の仕組み
  3|当初の見直し案
  4|当初の見直し案が作られた理由
  5|高額療養費見直しが選ばれた理由
3――高額療養費見直しの経緯(1)~予算案決定までの流れ~
  1|2024年11月から見直し論議が加速
  2|医療保険部会での4回に渡る議論
  3|経済財政諮問会議、与党での議論
  4|経済・財政新生計画改革実行プログラムなどの記述
  5|当初の見直し案決定までの過程で言えること
4――高額療養費見直しの経緯(2)~二転三転した国会での議論~
  1|最初の修正に至る経過
  2|衆院通過時点の2回目の修正に至る経過
  3|事実上の白紙撤回となる3回目の修正に至る経過
  4|国会審議で言えること
5――二転三転した理由の検討
  1|少数与党など政局の影響
  2|調整役の不在など政府・与党の機能不全
  3|粗雑な検討過程
  4|歳出削減を優先させた影響
  5|患者団体の積極的な働き掛け
6――今後の展望と影響
  1|秋までの見直し論議は?
  2|今後の医療費抑制論議のスケジュール
  3|自公維の協議体における議論の論点
  4|超党派の議員連盟の動向
  5|高額療養費が「聖域」扱いになる可能性
  6|介護など他の歳出改革項目に飛び火?
  7|少子化対策の財源枠組みは早くも崩壊?
7――おわりに

保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳(みはら たかし)

研究領域:

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴

プロフィール
【職歴】
 1995年4月~ 時事通信社
 2011年4月~ 東京財団研究員
 2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
 2023年7月から現職

【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会

【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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