3|自公維の協議体における議論の論点
一方、自民、公明両党と日本維新の会は3党合意に沿って、社会保険料改革に関する協議体を3月18日に設置し、具体的な内容を詰める方針を確認しており、この動きが要注目である。予算成立を踏まえた4月1日の記者会見でも、石破首相は今後の社会保障改革に関して、「自民、公明、維新の3党の協議体を設置したところであり、今後、本年末までの予算編成過程で十分な検討を行い、早期に実現が可能なものについては、2026年度から実行に移す」と述べている。
特に、注目は合意文の表現である。先に触れた通り、合意文ではOTC類似薬の見直しなどに言及しつつ、政府・与党が改革工程、日本維新の会は「年間で最低4兆円削減」という目標を示した「社会保険料を下げる改革案(たたき台)」を考慮する旨が定められており、社会保険料を抑制するための医療費抑制策がクローズアップされることになりそうだ。
さらに、注目は「4兆円」という数字である。自民党の森山裕幹事長は協議体の初会合後、維新の削減目標に関し、「数字ありきで協議することはない」と述べているが、日本維新の会が掲げる「4兆円」という数字が独り歩きする可能性もある。
しかし、4兆円という数字は国民医療費の約1割に及ぶ金額であり、そんなに簡単に捻出できるとは思えない。しかも、物価上昇や人手不足、新型コロナウイルス補助金の打ち切りなどが重なり、病院の経営は深刻である。2025年1月10日に開かれた病院関係団体の会合では、日本病院会の相澤孝夫会長から「ついに耐え切れなくなった。謀反を起こすか、一揆を起こすか、それぐらいの強い気持ちを持たなければこの大変な時期は乗り越えられない」といった発言さえ飛び出しているほどである。さらに、現場での医薬品不足も長く続いており、診療報酬を大幅に削ることは困難になっている。
そこで、3党の合意文に目を向けると、(1)OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し、(2)現役世代に負担が偏りがちな構造の見直しによる応能負担の徹底、(3)医療DXを通じた効率的で質の高い医療の実現、(4)医療介護産業の成長産業化――という4つが例示されており、これらが3党の協議会で優先的に話し合われることになりそうだ。
このうち、まとまった削減費用を捻出できるのは最初の2つであり、1番目のOTC類似薬の保険適用除外とは、一般に市販されている薬と似た成分の薬を保険適用から外すことで、薬局などで医師の処方箋なしに購入できる市販薬にシフトさせるアイデア。患者にとっては、薬局などで薬を買う時の負担が増える半面、全体として保険給付を抑制できる効果を期待できる。
この見直しについて、日本維新の会は「社会保険料を下げる改革案(たたき台)」で、「国民医療費45兆円のうちOTC類似薬は2.3%の約1兆円」とした上で、先行実施するように求めている。さらに、全がん連や東京都医師会も見直し策の一つに挙げている。
しかし、これには日医から反対意見が示されている。日医は2025年2月13日の記者会見で、「OTC類似薬の保険適用が除外されると、患者が自己判断で市販薬を使用し、適切な治療を受けられずに重篤化する可能性が高まる」などの点を指摘した。さらに、OTCは処方薬よりも価格が高いとして、OTC類似薬を保険給付から外すことで、「特に経済的に困窮している人々の負担が増える。医療アクセスが制限されることで健康格差が広がり、結果として社会全体の健康水準が低下する恐れもある」と懸念を示した。
しかも、OTC類似薬の取り扱いは以前から話題になっている「古くて新しい問題」
21であり、実行に際しての論点は少なくない
22。例えば、OTC類似薬の定義や範囲については、成分、効能、リスクに着目する考え方に違いが見られ、整理が必要である。さらに、OTC類似薬であっても、OTCと成分や服薬方法などが違うケースもあり、全てのOTC類似薬を保険適用から外すことは困難と見られる。このほか、関連する論点として、▽市販されるOTC類似薬の服薬指導などに関する薬局や薬剤師の役割の強化、▽OTCに移行した「スイッチOTC医薬品」に関する費用を差し引ける「セルフメディケーション税制」との関係性――なども意識する必要がありそうだ。
次に、(2)に関しては、高齢者医療費の見直しが想定される。例えば、70~74歳の人は2割であり、75歳以上高齢者の場合も、原則として1割と低く抑えられている。確かに70歳以上の人でも現役世代並みの所得の人は3割であり、2022年10月から導入された新しい制度では75歳以上の人の場合、単身世帯の場合200万円以上の人は2割が徴収されているが、それでも原則3割の現役世代よりも低く抑えられており、これを引き上げる是非が論点の一つとして考えられる
23。
しかも、政府は改革工程や2024年9月の「高齢社会対策大綱」などで、年齢に限らずに能力に応じて負担するという全世代型社会保障の考え方を繰り返し規定しているし、日本維新の会は総選挙の公約で「現役世代と同じ負担割合」、先に触れた「社会保険料を下げる改革案(たたき台)」で「社会保険の応能負担における不平等を是正」といった方針を示している。
さらに、国民民主党も2024年9月に示した医療制度改革の「中間整理」で、後期高齢者の医療費自己負担について原則を2割とする考えを示しており、政党間で合意が成立しやすい地合いになっているのは事実である。このため、高齢者医療費を引き上げる選択肢が参院選後に浮上する可能性が想定される。
筆者自身の意見としても、高齢者も含めて原則として患者負担を3割に揃えた上で、低所得者に配慮したり、医療サービスを多く使う人には高額療養費で負担を抑えたりする制度が分かりやすいと考えている。
しかし、現実問題として患者負担の引き上げは高齢者の家計に直結するため、急な見直しは困難であり、実施するにしても何らかの経過措置、あるいは段階的な引き上げといった対応が必要となる。さらに、低所得者への配慮や物価上昇への対応も欠かせない論点である。
何よりも高齢者の患者負担には政治的なハレーションが大きく、2022年10月の引き上げに際しても、「安倍晋三内閣で引き上げを決定→菅義偉内閣で2割の線引きとなる所得基準を決定→岸田内閣で実行」という3つの内閣を経る必要があった。以上の点を踏まえると、実現に向けて多くのハードルが横たわる論点と言える。
21 例えば、予算の削減や透明化を図るため、民主党政権期の2009年11月に実施された「事業仕分け」で話題になった。その後、保険給付の適正化の名目で、2012年度診療報酬改定では栄養補給目的でのビタミン剤投与が、2014年度診療報酬改定では治療目的でなくうがい薬のみが処方されるケースが保険給付の対象から外れた。2016年11月の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の建議(提言)でも、「市販薬市販品と同一の有効成分の薬でも、医療機関で処方されれば、市販品を購入するよりも低い自己負担で購入できる」として、長らく市販品として定着している医療用医薬品については、保険給付から外すなどの見直しが必要との見解が示された。
22 OTC類似薬の保険適用除外を巡る論点については、成瀬道紀(2024)「OTC類似薬はOTC医薬品に区分を」『JRIレビュー』Vol.3 No.121を参照。
23 高齢者医療費2割負担の経緯や論点については、2022年1月12日拙稿「10月に予定されている高齢者の患者負担増を考える」、2020年2月25日拙稿「高齢者医療費自己負担2割の行方を占う」を参照。