異例ずくめの高額療養費の見直し論議を検証する-少数与党の下で二転三転、少子化対策の財源確保は今後も課題

2025年04月10日

(三原 岳) 医療

3|事実上の白紙撤回となる3回目の修正に至る経過
しかし、参院に移っても批判は全く収まらず、むしろ与党から厳しい声が相次いだ。石破首相は3月5日と翌6日の参院予算委員会で、「持続可能性と、受診抑制が起こらないことの両立を図りたい」「患者団体の皆様、保険料を支払っておられる方々、両方からのご意見を十分に承る。その上で、答えを出していく」と理解を求めた。

これに対し、同月5日の参院予算委員会で、自民党の佐藤正久幹事長代理が「国民の理解が得られていない」と述べ、引き上げの停止を要望。翌6日の参院予算委員会では、公明党の谷合正明参院会長が「国民の声を聞いて判断してもらいたい」と再考を促した。

そもそも、参院には首相の衆院解散権が及びにくいため、しばしば参院は衆院と異なる動きを見せる時がある。しかも今年は夏に参院選を控えており、世論の批判を受けて態度を硬化させた形だ。

結局、石破首相は3月7日、保険者(保険制度の運営者)と患者団体の代表と相次いで面談。2025年8月の引き上げも見送る方針を示した。言わば事実上の白紙撤回であり、3回目の修正である。わずか3日での軌道修正について、石破首相は「患者団体に理解をいただけない理由の一つとして、検討プロセスに丁寧さを欠いたとの指摘があり、政府として重く受け止めなければならない。患者に不安を与えたまま見直しを実施することは、望ましいことではない」と説明した。

その後、石破首相が新人議員に15人に対し、10万円相当の商品券を配布した問題などを巡り、国会審議は難航。当初予算の年度内成立を巡って、与野党でギリギリの調整が図られた、結局、自民党と立憲民主党は3月28日、政治とカネの問題を巡って参考人招致することで合意するとともに、年度末ギリギリの3月31日に当初予算案の審議を終わらせることで決着した。

これを受けて、参院は3月31日の本会議で、自民、公明両党と日本維新の会などの賛成多数で、2025年度当初予算案を修正した上で可決。さらに、すぐに衆院に送付されて、同日の本会議で可決された。こうした紆余曲折の末、年度内成立が確定し、10年ぶりの暫定予算は回避された。
このように込み入った手続きが取られた背景には、政府の方針が二転三転したことが影響している。まず、参院の修正内容を見ると、2025年8月に予定されていた高額療養費の限度額引き上げが見送られたことに伴い、予備費13から105億円が減じられた。具体的には、当初予算案を編成した時点で、高額療養費の見直しを通じて、政府は国費(国の税金)ベースで約200億円の削減を想定していたが、見直し全体が頓挫したことで、国の歳出と社会保障費が増える可能性があった。このため、予備費を取り崩すことで、一般会計総額と社会保障費を増えないようにした。

さらに、今回異例だったのは衆参両院で予算案が修正された点である。憲法の規程に沿うと、予算の議決では衆院の判断が優先されるため、これまで政権与党が参院で過半数を失う「ねじれ国会」の下、野党が参院で予算案を否決したり、審議を拒否したりしても、衆院の判断が優先されるか、衆院議決から30日が過ぎれば自然成立していた。

しかし、今回の場合、衆院で修正された時点では、2025年8月に限度額を引き上げることを前提にしていたため、参院で修正された当初予算案を衆院で再び議決しなければ、全面凍結の方針が反映されないまま、2025年8月の引き上げを織り込んだ当初予算が成立してしまう。そこで、わざわざ参院で修正した内容を衆院で改めて議決したわけだ。このように衆参両院での予算修正は現行憲法下で初めての出来事であり、如何に異例ずくめだったか分かる。3回目の白紙撤回に至るまでの過程は図表8の通りである。
 
13 2024年12月に当初予算案が編成された時点では1兆円だったが、衆院通過時に修正が入り、7,500億円に減額されていた。結局、成立した当初予算では、7,395億円に減った。
4|国会審議で言えること
以上のような国会審議を振り返ると、政府の方針は「多数回該当の除外→2025年8月は実施、2026年8月、2027年8月の引き上げは見送り→事実上の白紙撤回」という形で、短時間に3回も変わっており、文字通りに「二転三転」という印象を強く植え付けられる結果となった。しかも、妥協が積み重ねられる過程で、当初予算案への影響も徐々に大きくなり、最終的に衆参両院で修正される異例の事態となった。

例えば、多数回該当を維持する1回目の修正で妥結していれば、見直しに伴う給付抑制額は320億円ほど縮小するものの、全体の抑制額から見れば小規模にとどまると見られていたが、最終的に影響を緩和するため、必要額を予備費から充当する形となった。

では、このように二転三転した理由として、どんな点が考えられるだろうか。以下、(1)少数与党など政局の影響、(2)調整役の不在など政府・与党の機能不全、(3)粗雑な検討過程、(4)歳出削減を優先させた影響、(5)患者団体の積極的な働き掛け――に整理した上で、前代未聞のプロセスを検証する。

5――二転三転した理由の検討

5――二転三転した理由の検討

1|少数与党など政局の影響
第1に、政局の影響である。2024年10月の総選挙で自民、公明両党が衆院で過半数を失った影響で、政府・与党は野党の協力抜きに予算や法律を通せない状況となった。それでも2024年度補正予算の採決に際しては、立憲民主党、国民民主党、日本維新の会と協議しつつ、最終的に日本維新会の賛成を取り付けて乗り切ったが、2025年度当初予算案の審議でも同じように野党との政策協議を強いられた。

特に、野党との関係で言うと、ポイントは2回目の修正と思われる14。この時点で政府・与党では立憲民主党の軟化に期待する向きもあったという。少数与党の下、予算委員会の委員長は立憲民主党に握られており、採決には妥協が避けられない状況だった。そこで、2025年8月だけを実施するという2回目の修正案を提示したが、立憲民主党に拒否された。

さらに、この2回目の修正のタイミングでは、一部の新聞が「見直し案を一時凍結する方向で最終調整」と報じるなど、与党内でも一時凍結論が広がっていた。しかし、当初予算案の追加修正を避けたい財務省や、制度見直しが難しくなることを懸念した厚生労働省の意見が反映された結果、2025年8月だけ実施する修正案に至ったという。このため、やや結果論になるかもしれないが、2回目の修正時点で凍結を決断していれば、「二転三転」という印象を与えずに済んだ可能性が高い。さらに、2回目の時点で白紙撤回の可能性がちらついたことで、立憲民主党や患者団体の期待値を上げることに繋がり、妥協を困難にした面がありそうだ。

それでも立憲民主党は衆院での採決には応じたため、政府・与党は日本維新会との連携に舵を切り、何とか2025年度当初予算案は衆院を通過したものの、政府は3回目の修正に追い込まれた。本来、参院で与党は過半数を維持しており、2回目の修正で終えられるはずだったが、現実には既述した通り、与党内で公然と見直し論が展開されたためだ。これは石破政権の支持率が上向かない中、夏に都議選と参院選を控えており、選挙への悪影響を恐れる判断が与党内で高まったのが原因である15。こうした政局的な判断が二転三転の理由だったことは間違いない。
 
14 2回目の修正に関する考察については、2025年3月14日『毎日新聞』『産経新聞』、同月8日『朝日新聞』『毎日新聞』、同月7日『共同通信』配信記事、同月1日『読売新聞』、2月27日『毎日新聞』を参照。
15 2025年3月8日『毎日新聞』『産経新聞』を参照。
2|調整役の不在など政府・与党の機能不全
2つ目の要因として、調整役の不在など政府・与党の機能不全も考えられる。本来であれば、ある程度は「着地点」を意識しつつ、戦略的に譲歩することが求められるが、そうした行動が今回取られたとは思えない。

このようにズルズルと譲歩した要因として、首相の政策判断を支えるチームが官邸内で十分に形成できていない事情に加えて、与野党の連携や政府・与党内の連携、衆院と参院の連携が上手く行かなかった点が影響していると考えられる。例えば、石破首相が白紙撤回を決断した3月7日の場面では、自民党の森山幹事長に事前通告されていなかったというし、同党の坂本哲志国会対策委員長も地元紙のインタビューに対し、「(筆者注:凍結の)表明は青天のへきれきだった」と述べている16

さらに、衆院で当初予算案が通過した後、すぐに参院で反対意見が強まったことも機能不全の一例と言える。例えば、3月5日の参院予算委員会で、石破首相が患者団体からアンケート結果を受け取る旨を述べたことで、政府・与党内で改めて凍結論が強まったという17。患者団体と面談するのであれば、いわゆる「ゼロ回答」とは行かず、新たな妥協策を示す必要があったためだ。その結果、衆院通過後の予算案修正という前代未聞の出来事に発展した。

これらのエピソードを見ていると、政府・与党内で関係者の調整や連携が取られないまま、その場しのぎの妥協が積み重ねられたように映る。
 
16 2025年3月14日『毎日新聞』、同月12日『熊本日日新聞』参照。
17 2025年3月8日『朝日新聞』を参照。
3|粗雑な検討過程
3番目として、政府内での粗雑な検討過程である。先に触れた通り、医療保険部会で4回の検討を重ねたとはいえ、具体的な数字が示されたのは当初予算案が決着した後である。これでは詳細な検討ができなかったのは止むを得ない面がある。もし筆者が委員でも賛否を明らかにするのは難しかっただろうし、「全世代型社会保障」の考え方を護符のように使われると、総論は賛成せざるを得なかったかもしれない。

実際、白紙撤回が決まった後、2025年4月4日に開催された医療保険部会では、厚生労働省が「委員の皆様に対して十分な説明ができなかったことについてもお詫びを申し上げる」と陳謝する一幕もあった。

このように粗雑な検討過程になった要因として、2024年10月に総選挙が実施されたことで、負担増の議論を早くから展開しにくかった事情がありそうだ。その結果、成案を得るまでの時間が短くなった状況は無視できない。

さらに、一部報道では、2024年版の骨太方針を策定する際、総選挙への悪影響を恐れた当時の首相官邸の意向で記述が見送られたとされている18。このことも見直しの提起が唐突と受け止められる一因となった。

このほか、がん患者や難病などの団体から意見を公式に募る場面がなかった点も見逃せない。例えば、医療保険部会で時間を取るとか、与党の関係会議で意見を聴取する場面があっても良かったのではないか。そうすれば1回目の修正案、つまり多数回該当を除外するアイデアは早い段階で浮上した可能性がある。

言い換えると、全体として厚生労働省の検討の進め方が粗雑であり、これが患者団体や与野党の反対を大きくする要因となった。実際、石破首相は3月13日の衆院予算委員会で、3月7日の患者団体との面談を振り返りつつ、「制度の見直し自体には理解をいただきたかったが、患者団体の皆様からは、それでも受診抑制につながる恐れがあるとの意見があった。理解をいただけない理由の一つとして、検討プロセスに丁寧さを欠いたとの指摘をいただいたことは、政府として重く受け止めなければならない。患者の皆様に不安を与えたまま見直しを実施することは望ましいことではない」と反省の弁を述べている。この点に関しては、同じ場で自民党の田村元厚生労働相も「(筆者注:制度改正に際しての与党による事前審査機能が)十分にし切れていなかった」と話す一幕があった。

さらに言うと、厚生労働省が2024年11月21日の医療保険部会で、真っ先に見直しの理由として挙げていた改革工程も粗雑な検討過程で作られていた点も見逃せない。具体的には、策定に際して、「高額療養費で5,000億円を抑制」「高齢者医療費の見直しで●●億円を削減」といった形で細かい数字を積み上げたわけではなく、与党や関係省庁、関係団体と調整した形跡も見受けられなかった19

もし改革工程が作られる過程で、十分な調整を経ていれば、唐突という印象を受けずに済んだ可能性がある。その意味では、ボタンの掛け違いは粗雑な検討プロセスで作られた改革工程に始まっていると考えられる。
 
18 2024年6月27日『毎日新聞』を参照。
19 厚生労働省が改革工程を見直しの理由の冒頭に掲げた問題点については、2025年2月17日拙稿「政策形成の『L』と『R』で高額療養費の見直しを再考する」を参照。

保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳(みはら たかし)

研究領域:

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴

プロフィール
【職歴】
 1995年4月~ 時事通信社
 2011年4月~ 東京財団研究員
 2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
 2023年7月から現職

【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会

【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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