次に、重層事業を概観します。重層事業は「困難や生きづらさでも支援の対象となり得るため、全ての人々の仕組みとする」「実践で創意工夫が生まれやすい環境を整備」「これまでの専門性や政策資源を活用」などの点が重視されており、「相談支援」「参加支援」「地域づくり支援」の3つが柱です。
このうち、相談支援では、地域包括支援センターなど既存の枠組みの活用が期待されているほか、専門職の訪問や住民からの情報などで継続的に繋がる支援として、いわゆるアウトリーチ的な関与も期待されています。
さらに、「参加支援」では地域社会との接点が重視されており、「地域づくり支援」では社会との繋がりを回復できる就労の機会や居場所の形成などが想定されています。このほか、関係者全員を調整する「多機関協働事業」、プランの適切性などを協議する「重層的支援会議」を開催することが想定されており、各分野で分かれた財政制度の転用も部分的に認められています(いわゆる交付金化)。
では、この事業で何が変わるのでしょうか。例えば、80 歳代の親と引きこもりの50歳代の子どもの組み合わせによる生活問題(いわゆる8050問題)の場合、「高齢者福祉(介護)」「障害者」「生活困窮者」などに該当しないと、十分な支援を提供できませんでした。極論を言えば、両親が亡くなった後、50歳代の子どもが「生活困窮」などで相談に来ない限り、対策を検討できませんでした。
これに対し、重層事業の場合、早い段階で親からの相談に対応することが可能になります。さらに、専門職が地域に出るアウトリーチ的な支援も想定しているため、親の支援に関わっている専門職から「少し気になる世帯があるんだけど……」といった相談にも対応する可能性も広がります。あるいは民生委員や住民など地域社会のネットワークを介して、情報が入る可能性も意識できます。
次に、「参加支援」では、50歳の引きこもりの人の特性やニーズに着目することが考えられます。例えば、「周囲との関係性が作れず、就職しても長続きしない」という経験を持っている場合、両親が亡くなった後のことを考えると、最終的には「就労」が目標になるかもしれません。
しかし、これまで何度か就職に失敗しているのであれば、最初は短い時間で試行的に働けるような機会を探すとか、趣味や関心事に合わせた場に顔を出してもらうことで他者とのコミュニケーションに慣れることを考える必要があるかもしれません。例えば、50歳代の人がプラモデル作りを趣味としている場合、参加者同士がプラモデルを見せ合うような場に参加してもらうのも一案です。
最後に、「地域づくり支援」の部分で言うと、就労支援など行政が作る場に加えて。既述したプラモデルに着目し、参加者がプラモデルを自慢し合うような場を住民主体で作っていくことも想定できます。お試しとして、そういった場をインターネット上に作ることも検討できるかもしれません。
要は「引きこもりの人=就労支援」などと固定的に考えるのではなく、その人の状況に応じて、個人と周囲の両方に柔軟に関わっていく必要があるわけです。
これは「個を地域で支える援助と、個を支える地域を作る援助を一体的に推進する手法」
5と一般的に理解されているソーシャルワークの手法です。誤解を恐れずに言うと、筆者は重層事業について、「制度が細分化または専門分化された結果、失われた市町村のソーシャルワーク機能を取り戻すためのツール」と理解しており、大きな可能性を見出しています。
しかし、重層事業を市町村が使いこなすのは極めて困難と考えています。以下、その理由として、(1)緩やかなソーシャルワークを制度福祉に取り込んだ矛盾、(2)ルールに縛られる市町村に柔軟性を求める矛盾――という2つを指摘したいと思います。
5 ソーシャルワークについては。様々な定義や考え方が論じられているが、ここでは岩間伸之ほか(2019)『地域を基盤としたソーシャルワーク』中央法規出版を参照。