3|中堅医師のリカレント、マッチングなど、その他の施策案を巡る論点
このほか、厚生労働省が掲げている施策案のうち、中堅医師のリカレント教育が要注目である。現在の取り組みは医学部定員や地域枠など若手医師向けの施策に限られていた。つまり、偏在を是正する際の「担い手」を若手に頼り切っている状況であり、その限界を指摘する意見が2024年9月の医療部会で出ていた。
しかし、営業や居住の自由を踏まえると、国や都道府県が中堅以上の医師に対し、行き先や人数を割り当てるような方法は非現実的である。このため、大学の医学部や地域の基幹病院などで働く医師が開業などを検討する際、地方での勤務を選択肢に入れられるような施策が必要と考えられる。
例えば、大学病院や地域の基幹病院で働く医師が一定期間、研修として地域で勤務してもらえるようにするための工夫が考えられるし、厚生労働省が中堅医師のリカレント教育として、総合的な診療能力を身に付けてもらうことを重視している点は意義深い。
具体的には、ややもすると、偏在是正の議論では「○○人の医師が不足している」「××人の地域枠を設定した」といった形で、数字だけがクローズアップされたり、規制的手法や経済的インセンティブが注目されたりする傾向が強い。
しかし、規制的手法だけでは、駆け込み的な開業が生まれたり、美容整形などの自由診療に医師が流れたりするなど、予期せぬ事態が発生する危険性もある。経済的なインセンティブについても、非常に重要な論点だが、高度な専門人材である医師の行動を財政支援だけで長期間、誘導できるのか疑わしい面もある
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このため、医師を単なる偏在是正の「手段」「道具」と考えるのではなく、それぞれのキャリアや暮らしを踏まえた施策が求められる。具体的には、綺麗事かもしれないが、偏在是正を検討する上では、個々の医師がキャリアや経験を積む一つの選択肢として、地方での勤務を選んでもらえるように施策を検討する必要がある。
この点については、既存の地域枠でも同じであろう。時々、地域枠の離脱者(つまり、義務付けられている地方勤務を果たす前に、他の地域に移動するケース)が出たことについて、関係者から不満が出ている記事を地方紙などで見掛けるが、奨学金を返済した上で離脱するのであれば契約上、何の問題もない。やや誤解を恐れずに分かりやすく言えば、「カネの切れ目が縁の切れ目」になったのかもしれない。
このため、地域枠の運用についても、「若手医師をカネで地方勤務に貼り付けさせる」という発想ではなく、様々な診療科の現場や経験を積む機会を増やすなど、若手医師のキャリアアップに繋がるようなプログラムを作る必要がある。
より具体的に言うと、地域枠で地方に勤務してもらう若手医師は偏在是正のための「道具」ではなく、生身の人間であり、養成には10年近くの歳月を要する高度な職業人材である。このため、技能やスキルを磨く機会を幅広く提供するなど、医師のキャリアップを意識した取り組みが欠かせない。そのためには年限を終えて地域を離れても、キャリアを再考した際、戻ってもらえるような対応を意識する必要があるし、教育や保育、住居など医師や家族が住みやすい環境整備の視点も欠かせない。
46 筆者は医療制度の根幹は「患者―医師」の信頼関係と考えており、高度なモラルや専門性を有している医師の行動を本来、経済的インセンティブだけで誘導することには限界があるという考え方を持っている。むしろ、過度な経済的なインセンティブが金銭で評価しにくい道徳心などを押し出す危険性を意識する必要がある。経済的なインセンティブの限界については、Michael J. Sandel(2012)"What Money Can’t Buy the Moral Limits of Markets"[鬼澤忍訳(2012)『それをお金で買いますか』早川書房。Steven D Levitt et.al(2007)"Freakonomics"[望月衛訳(2007)『ヤバい経済学』東洋経済新報社]を参照。