1|診療報酬本体はプラス0.88%、介護は1.59%プラスの改定
「全部が難しかった」――。トリプル改定の決着を受けた記者会見で、このように武見敬三厚生労働相は振り返った
1。確かに今回の改定では、2年に1回の頻度で変更されている医療機関向けの診療報酬改定と、3年周期の介護報酬、障害福祉サービス報酬の見直しが6年ぶりに重なったことで、多様な論点が見直しの俎上に上った。さらに、改定率の調整に際しても、プラスに向かう流れとマイナスに繋がる議論が同時に展開され、複雑な様相となった
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まず、プラス改定に向かう流れとしては、物価上昇に対応する賃上げが重要な論点になった。医療機関や介護・福祉事業所の場合、賃金や物件費は市場実勢の影響を受ける一方、収入の多くを公定価格である診療報酬、介護報酬、障害福祉サービス報酬に頼っており、他の産業のように価格に転嫁できない。その結果、インフレ局面では一種の逆ザヤ状態が生まれやすい。特に人手不足が顕著な介護・障害福祉でのテコ入れ策が課題となり、これは従来のデフレ下での改定とは大きく異なる展開だった。
言い換えると、長らく続いたデフレの下では、名目と実質が同じか、実質が名目を上回っていたが、物価上昇の長期化に伴い、実質が名目を下回る状況となり、実質ベースの賃上げ幅が論点になったわけだ。費用抑制を重視する健康保険組合連合会(以下、健保連)の松本真人理事は「我々が想定した以上に、賃上げや物価高騰に対応するべきという『風』があり、それは我々にとって向かい風で、診療側には追い風だった」と振り返っている
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一方、財政健全化の観点に立ち、国の社会保障費の伸びを毎年5,000億円程度に抑制する方針が継続していたため、その整合性が問われた。さらに、岸田文雄政権が掲げる「次元の異なる少子化対策」で、「実質的な国民負担を増やさない」という方針が繰り返し強調された
4ため、こちらの観点でも社会保障費を抑制する流れが強まった。つまり、プラス改定となる要因と、マイナス改定に向かう話が交錯し、全体としては「右向け左」と言わんばかりの難しい対応を強いられたわけだ。
こうした中、最終的に診療報酬本体はプラス0.88%、薬価は▲0.97%、材料価格は▲0.02%となった。さらに、本体部分では賃上げ分として、看護職員、病院薬剤師その他の医療関係職種について、プラス0.61%分の改定財源が確保されたほか、40歳未満の勤務医師、勤務歯科医師、薬局の勤務薬剤師、事務職員、歯科技工所などで従事する者の賃上げとして、プラス0.28%分も確保された。こうした改定に加えて、賃上げ促進税制などの活用も加味すると、ベースアップが2024年度でプラス2.5%、2025年度でプラス2.0%になると説明されている。このほか、インフレ対応の一環として、入院時の食費基準額を1食当たり30円引き上げるための財源として、プラス0.06%が増額された。食費基準額の引き上げは1997年度以来となる。
一方、介護報酬改定はプラス1.59%となった。このうち、介護職員の処遇改善でプラス0.98%、その他の改定率がプラス0.61%とされており、処遇改善加算の簡素化による賃上げ効果などを加味すると、プラス2.04%の増額になると説明されている。
障害者総合支援法に基づく障害福祉サービスの報酬に関しても、プラス1.12%となり、同じく処遇改善加算の見直し効果などを加味すると、プラス1.5%を上回る水準が確保されたとされている。
なお、上記の引き上げに要する必要な国費(国の税金)の概算は診療報酬で822億円、介護報酬で432億円、障害福祉サービスで162億円と見込まれている。