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フィンク・レターの趣旨
ラリー・フィンク氏は、「フィンク・レター」について「弊社(※ブラックロック)を信頼して資産の運用を委ねてくださるお客様(※年金基金など機関投資家)の受託者として、お客様の目標達成を支えるため、持続的に長期にわたってリターンを確保する上で重要と考えるテーマを書簡において取り上げています」といい、「毎年私(※フィンク氏)は、私どものお客様に代わって投資先企業の皆様に書簡をお送りすることを最も重視しています」と述べている
2。
フィンク氏は、毎年年頭に投資先企業のCEOに書簡を宛てることで企業経営に関わる自らの問題意識やブラックロックの運用方針を伝え、投資先のCEOにフィンク・レターを当年度の企業経営を行う上でのたたき台や基本的な指針として活用してほしいとの思いがあるのではないだろうか。フィンク氏は、2023年のフィンク・レターにおいて、「投資先企業の少数株主である弊社は、企業に指示を出す立場にありません。私の経営者の皆様に宛てた手紙の唯一の目的は、投資先の企業が弊社のお客様のために耐性のある長期的な投資リターンを生み出すように働きかけることです」
3と述べている。
ブラックロックは、決して株主としての立場を盾にして企業に圧力をかけたり事業に細かく干渉するのではなく、インデックス運用など長期の投資家として、投資先企業との継続的なエンゲージメントを長期視点から重視しているスタンスがよくうかがえる。このようなスタンスは、投資先企業の経営力の持続的な底上げに大きく寄与するとみられる。
株式投資ポートフォリオのパフォーマンスの源泉は、個別銘柄固有の動きや銘柄選択によってもたらされるリターン部分(アルファ(α)と呼ぶ)と株式市場全体の動きによってもたらされるリターン部分(ベータ(β)と呼ぶ)に分解できるが、これまでの伝統的な運用手法では、βは所与との前提で、アナリストやファンドマネージャーが独自の企業調査を通じてαを徹底追及することが主流だった。しかし、ブラックロックや米バンガード・グループなど、極めて巨額の運用資産を幅広い資産に分散投資し、株式投資についても事実上ほぼ市場全体(ほぼ全銘柄)に投資していると言えるような長期投資家、いわゆる「ユニバーサルオーナー」が登場するに至り、そのような巨大な機関投資家にとっては、βはもはや所与ではなく影響を与え得るものと捉えられるようになってきている。しかも「過去の株式投資のパフォーマンスを分析すると、すでにαよりもβによる株価変動がはるかに大きいことが分かってきた」
4という。具体的には、「昨今の研究では、システマティックリスクがポートフォリオのリターンに及ぼす影響(※βに相当)は、銘柄選択や分散ポートフォリオ構築のスキル(※αに相当)よりも数十倍大きいことが証明され」
5たという。ユニバーサルオーナーなど巨大な機関投資家が、多くの投資先企業との継続的なエンゲージメントなどを通じて、株式市場全体に影響を与え市場リターン(β)を高めようとする動きは、「βアクティビズム」と呼ばれる。βアクティビズムで取り上げられるテーマの代表例がESG要素だ。次節で述べる通り、フィンク氏がいくつかのフィンク・レターでESGをテーマとして取り上げているのは、まさにこのβアクティビズムの流れを主導する動きの一環だと思われる。
2 「」は、ブラックロックWebサイト「ラリー・フィンク 2022 letter to CEOs:資本主義の力」より引用。ただし、(※ )は筆者による注記。
3 ブラックロックWebサイト「ラリー・フィンク:投資家への年次書簡(2023年)」より引用。
4 松岡真宏「2023年はESGにとって波乱の年?「『良い投資』とβアクティビズム」発刊に寄せて」フロンティア・マネジメント『Frontier Eyes Online』2022年11月14日より引用。
5 三和裕美子「Vol.2 機関投資家のESG投資とエンゲージメント―ユニバーサル・オーナーシップ論と実践」QUICK『お役立ち情報:「人新世」とESG 新しい時代の投資家と企業のエンゲージメント』2023年7月13日より引用。ただし、(※ )は筆者による注記。