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行きたくなるオフィスの構築・運用にいち早く取り組んできた米国の巨大ハイテク企業
GAFA(グーグル、アップル、メタ(旧フェイスブック)、アマゾン・ドット・コム)やマイクロソフトといった米国の巨大ハイテク企業(デジタル・プラットフォーマー)は、「メインオフィスの重要性」を熟知し、それをこれまで使いこなし、従業員が行きたくなるようなオフィスをいち早く構築・運用してきた。
自社所有の大規模な本社ビルをクリエイティブオフィスとして構え、イノベーション創出の起点や経営理念・企業文化の象徴と位置付けてきた。これらの巨大ハイテク企業の本社は、そこで生活できるくらい多くの機能を備えた、まさに「フルパッケージ型」の大規模施設として広大な敷地に構築されることが多いため、大学になぞらえて、本社施設全体を「キャンパス」と呼ぶことが多い。クリエイティブオフィスの基本モデルを貫く大原則は、「オフィス全体を街や都市などのコミュニティと捉える設計コンセプトに基づくことである」と述べたが、まさに巨大な社屋の中に一つの街が再現されたかのような施設がキャンパスだ。このような巨大な本社施設は、都市の非常に重要な要素を構成しており、テクノロジーを駆使した「先端型企業城下町」を形成している、とも言える。
米国でハイテク企業が多く集積するシリコンバレーやシアトルなどでは、「War for Talent(人材獲得戦争)」とまで言われるほど、企業間で人材の争奪戦が激しく繰り広げられており、企業は優秀な人材の確保・定着のために、必然的に働きやすいオフィス環境を整備・提供せざるを得ない、という側面も大きい。
米国の巨大ハイテク企業のキャンパスの最先端事例の1つが、アップルの本社屋Apple Parkだ
14。アップルは、2017年にカリフォルニア州クパチーノの広大な敷地(約71万m
2)に新本社屋としてApple Parkを構築した。総工費は50億ドルと言われており、自社ビルへの投資としては極めて巨額だ。この新本社屋の構築は、創業者の亡きスティーブ・ジョブズ氏が指揮・主導したプロジェクトだった。
Apple Parkのメインのオフィス棟は、世界最大規模の曲面ガラスですっぽりと覆われた円環状(ドーナツ状)をした低層の4階建ての壮大かつ巨大な建物(床面積は約26万m
2)であり、宇宙船のようなリング形の建築のため、「リング(指輪)」と呼ばれる。Apple Park内には、リングの他に、Apple Store(アップル直営の小売店舗)、一般にも開放されるカフェを併設したビジターセンター、10万平方フィート(=約9,290m
2)規模の社員向けフィットネスセンター、セキュリティで管理された研究開発施設、「Steve Jobs Theater」と命名された席数1,000のシアターなどが設置されている。また、リング内側の広大な緑地部分(中庭)には、社員用として各々2マイル(=約3.2km)の長さに及ぶウォーキングコースおよびランニングコース、果樹園、草地、人工池も設けられている。「Apple Park にはフルーツの木が生い茂り、構内のカフェテリア『Caffe Macs』では、実際にランチやディナーでそのフルーツを使っている」
15という。
環境面では、乾燥に強い約9,000本ものカリフォルニア原産の樹木をキャンパス内に植樹している。屋上部分に17メガワット分のソーラーパネルを設置したApple Parkは、敷地内で太陽エネルギーを運用する世界最大規模の施設になるという。この太陽光パネル設備や4メガワットのバイオガス燃料電池などの再生可能エネルギーで使用電力の100%を賄っている。また、自然換気型の建物としては世界最大で、1年のうち9か月間は暖房も冷房も不要になると見込まれている。これらの環境配慮の取組みにより、Apple Parkは、今や北米最大のLEEDプラチナ
16認証取得オフィスビルとなっているという。
このように最先端の建築技術や環境技術などを惜しげもなく駆使し、従業員の創造性やコラボレーション、ウェルネス、気候変動対策の促進に重点を置いた、最先端の壮大なキャンパスであるApple Parkの構築は、ジョブズ氏にとってクリエイティブオフィスの集大成だったのではないだろうか。
14 Apple Parkに関わる詳細な考察については、拙稿「健康に配慮するオフィス戦略」ニッセイ基礎研究所『基礎研レター』2020年3月31日、同「クリエイティブオフィスのすすめ」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研所報』Vol.62(2018年6月)を参照されたい。Apple Parkの施設概要に関わる以下の記述については、アップル「Apple Parkを社員向けに4月オープン」『プレスリリース』2017年2月22日を引用・参考とした。
15 Business Insider2018年6月15日「全員にスタンディングデスク、アップルが新本社に導入した理由とは?」より引用。
16 LEEDプラチナは、米国発の国際的な建築物の環境性能評価制度「LEED(Leadership in Energy & Environmental Design)」における最高評価レベルである。米国の認証機関 GBCI(Green Business Certification Inc.)が認証を手掛ける。