(2)要介護高齢者等向け移動サービスの整備
次に、自立度がより低下した、要介護高齢者らの移動サービスについて述べたい。1|の図表1で言うと、右半分に相当するサービスである。この位置には「介護タクシー」や「福祉有償運送」などを示したが、供給が少ない。以下、現状を説明する。
まず、要介護高齢者等の移動ニーズはどのようなものかと言うと、(上)で「在宅介護等実態調査」の全国集計結果として紹介した通り、「移送サービス(介護・福祉タクシー等)」や「外出同行(通院、買い物等)」である。要介護高齢者等には、個別輸送という形態や、車いすでの乗降という設備面に加えて、乗降する際の介助や見守り、目的地での付き添いなど、外出全体をサポートする移動サービスが必要であることを示している。
それに対して、現状でそのような移動サービスが供給されているかというと、極めて乏しい。まず、一般的なタクシーについては、個別輸送であることから、今でも要介護高齢者が通院などに利用しているが、基本的にはドライバーは乗降介助をすることがないため、一人で乗降できる人、または家族などの介助者が同乗できる人が対象となる。近年は、東京を中心として、車椅子のまま乗降できるユニバーサルデザインのタクシー車両が増えているが、車いすでの乗降を介助してくれる訳ではない。例えば、今は介護サービスを利用しながら在宅で生活し、通院にはタクシーを利用しているという人も、今後、加齢によって一人で乗降することが難しくなると、タクシーという手段は利用できなくなる。そうすると、在宅での生活を継続することが難しい場合も出てくるだろう。
一般的なタクシーが乗降介助をしない理由は、一般のタクシー(一般乗用旅客自動車運送事業)の場合、ドライバー自身が介助の技術や知識を持っていないこと、仮にドライバーが善意で乗降を手伝って、誤って乗客が転倒して怪我を負った場合にも、任意保険の賠償対象になるかどうかが不明確なことが挙げられる。タクシー会社によっては、保険が下りない可能性があることから、手伝わないようにドライバーに指示しているケースもあるという。たまたまドライバーに介護職の経験や知識があり、個人的に乗降等を手伝っているというケースであっても、介護保険のケアプランに沿った「通院等乗降介助」でなければ、介助に対する運賃の加算は認められていない
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これらの事情は、近年、全国的に増えている乗合タクシーや、昨年制度化された相乗りタクシーでも同じである。もしも将来的に、要介護高齢者等の移動を支えるために、一般のタクシーや乗合タクシーにも乗降への介助、手伝いを求める場合は、対価の在り方について検討する必要があるだろう。
次に、介護タクシーは、要介護認定を受けた人が、ケアプランに基づき、道路運送法の一般乗用旅客自動車運送事業(福祉輸送事業限定)の許可を得た事業者の車両に乗って、運送してもらうサービスである。
介護タクシーの場合、ヘルパー等の資格を持ったドライバーが、自宅での外出準備からタクシー車両への乗降介助、運送、目的地が病院の場合は受診手続き等まで介助することができるため、要介護高齢者にとっては安心できるサービスである。しかし、全タク連によると、現在の車両数は全国で約1万4,000台に過ぎず、要介護者認定者約700万人に対して、あまりに少ない。また、介護保険を利用する以上、認められる外出目的は、通院など、日常生活に必要不可欠なものに限られる。利用できる頻度も限られるため、高齢者にとって「楽しいお出掛け」「自由な移動」を提供する手段にはなっていない。また利用料は、介護サービスの自己負担額に加えて、通常のタクシー運賃が発生するため、経済的な制約も生じる
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最後に、自家用有償旅客運送の福祉有償運送について述べたい。これは、NPO等が障害者や高齢者等を送迎するもので、車いすやストレッチャーのまま乗降できる車両も多い。利用料もタクシー運賃の半額ほどで済むため、要介護高齢者には利用しやすいが、(上)でも述べた通り、供給が少ない。国土交通省によると、実施団体数は制度創設時から増えておらず、車両数は全国で約1万5,000台である。上記の通り、要介護認定者は約700万人、身体障害者は約440万人
9であることを考えると、こちらも極めて供給が少ない。国土交通省などによると、今でも福祉有償運送を運営するために必要な協議会を設置していない市町村も多い。要するに、福祉有償運送がゼロという市町村も多いということである。
供給が少ない理由は、第一に、導入するためには、地域の交通事業者等で構成する地域公共交通会議などの場で合意する必要があり、高いハードルとなっているからである。また、事業単独では多くの場合に赤字となること、ドライバーを務めるボランティアの高齢化や人手不足などもある。
以上のように、一般のタクシー、介護タクシー、福祉有償運送の供給は大きく不足していることから、自立度が低下した要介護高齢者等向けには、新たな移動サービスを整備する必要があると言えるだろう。筆者としては、現在、全国に約5万か所あるデイサービス施設の送迎車両を、サービスを拡張して地域の移動支援にも活用できないか、と考えている。このことは4|(1) 2)や5も説明する。
7 国土交通省自動車局旅客課長事務連絡「タクシーの乗降に係る料金の設定について」(令和4年3月31日)
8 自家用有償旅客運送の登録を受けていれば、低料金の場合もある。
9 令和2年版厚生労働白書。