では、「国の関与」を強化する上で、どんな方向性が想定されるでしょうか。短期的には田村氏が指摘している通り、法律や罰則を設けてもベッドができるわけではないため、既存の枠組みを有効に活用することが必要になります。
その一環として、厚生労働省は2021年10月、国立病院機構と地域医療機能推進機構に対し、新型コロナウイルスの患者向け病床を2割以上増やすように、それぞれの根拠法に基づいて初めて要求しましたし、こうした対応は今後も必要と思います。
さらに新型インフルエンザ対策等特別措置法に基づき、国が音頭を取る形で、大阪府が開設した臨時病院のように、自宅療養の患者を受け入れる施設を整備する方策も考えられるかもしれません(ただし、この場合でも医療スタッフの確保という難題があります)。
中長期的な方向性としては、地域医療構想の推進を含めた医療提供体制改革が必要になりますが、こちらは推進主体である都道府県を中心とした施策になるので、(下)で詳しく述べたいと思います。
このほか、民間医療機関の公共性を高める観点に立ち、既存の枠組みから踏み出す形で、契約制度の活用も想定できると考えています。例えば、保険医療機関を指定している国、あるいは地域医療構想を推進する都道府県が医療機関と契約を交わすことで、新興感染症への対応など政策的な医療について公的な責任を担保する一方、必要に応じて財政支援するようなイメージです(筆者の意見では、現場に近い都道府県を契約主体にする方が現実的とは思います)。
このように書くと、現行制度から飛躍したような印象を持つかもしれませんが、公的医療保険制度は契約で成り立っていることを踏まえる必要があります。通常、病院や診療所が公的医療保険制度に基づいてサービスを提供する際、厚生労働相から保険医療機関としての指定を受ける必要があります。さらに厚生労働相から保険医療機関の指定を受けると、保険医療機関は療養を給付、つまり医療サービスを提供しなければならず、保険者(健康保険組合など保険制度の運営者)は療養の給付に対して診療報酬を支払う義務が発生します。以上のようなサービスや報酬の流れについて、社会保障法の研究では契約行為の現われと見なしています
20。このため、制度の原理から考えると、それほど契約の考え方が乖離しているとは思えません。
もちろん、現行制度は必ずしも上記の考え方に沿って運営されておらず、例えば保険医療機関の指定に際しては、それぞれの医療機関や診療所、保険者が契約を結ぶことは難しいと判断されており、国が一括して保険医療機関を指定しています。
しかし、新型コロナウイルス対応の病床確保を急ぐ都道府県の動きに対し、民間病院の間では「『無理な要請はしないでください』と(注:知事に)お願いしています」といった声が出ている
21点を踏まえると、単に「国の関与」を強化するだけでは実効性を確保できるとは思えません。
そこで、中長期的な視点に立つと、対等な立場で交わされる契約制度を活用すれば、制度運営の予見可能性を高めつつ、今回のような新興感染症にも一定程度、備えられると思われます。さらに、民間医療機関の公共性を高めることで、「財源=官」「提供=民」という状況を部分的に修正できると思います。
20 公的医療保険と契約の関係については、石田道彦(2009)「医療保険制度と契約」『季刊・社会保障研究』Vol.45 No.1を参照。
21 2021年5月1日『m3.com』配信記事における茂松茂人大阪府医師会長の座談会における発言。