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コラム

相次ぐ有料老人ホームの不適切な事案、その対策は?(上)-医療的ニーズの高い人の支援が不十分な点など背景を探る

2025年08月27日

(三原 岳) 医療

1――はじめに~相次ぐ有料老人ホームの不適切な事案、その背景を探る~

有料老人ホームに入居する末期がんや難病の人を対象にした訪問看護などについて、一部の事業者による過剰請求の疑いが相次いで報じられており、世間の耳目を集めています。厚生労働省も2025年4月、業界関係者や有識者、自治体関係者らで構成する「有料老人ホームにおける望ましいサービス提供のあり方に関する検討会」を組織し、透明性や質の確保に向けた対応策の議論を始めました。今後、2026年度診療報酬改定や2027年度介護保険改正に向けて、適正化を意識した見直し論議が加速する見通しです。

しかし、不適切とされる事案の背景を探ると、医療的ニーズの高い人の在宅ケアが不十分な点などの遠因も見えて来ます。さらに、対応策の検討は意外と簡単ではなく、実効面では悩ましい問題も多いと考えています。

そこで、今回から2回シリーズで、有料老人ホームを舞台にした不適切とされる訪問看護の事案に関して、その背景や論点、解決策の方向性などを探りたいと思います。

今回の(上)では、不適切とされる事案を巡る報道の概要を考察した上で、独自記事を連発しているジャーナリストとの対談などを通じて、筆者が持つに至った問題意識を論じます。具体的には、事案の遠因として、医療的ニーズの高い人の受け皿が不十分な点や制度の不備などを挙げます。その上で、(下)では適正化策に関する国の検討動向を見つつ、選択肢や論点を検討したいと思います。

2――相次ぐ不適切な事案に関する報道の概要

1|共同通信の相次ぐ独自記事が端緒に
「末期がんや難病の患者向け有料老人ホームで併設の訪問看護ステーションが診療報酬を不正か」「パーキンソン病専門の有料急成長の大手運営会社が過剰請求か」「関西の有料老人ホーム大手が訪問看護の診療報酬を水増し請求の疑い」――。有料老人ホームに入居する末期がんや難病の人を対象にした訪問看護などについて、過剰請求など不正の実態が2024年秋頃から相次いで報じられています1。これらは共同通信配信の独自記事を載せた地方紙の見出しであり、最近は雑誌や全国紙でも少しずつ記事が増えて来ました2

こうした案件に関連し、筆者は2025年6~7月、専門誌のイベントで、独自記事を連発している共同通信の編集委員と対談、鼎談する機会を持ちました3。今回は一連の記事やイベントで分かった点とか、厚生労働省の説明資料、現場で見聞きする話などを基に、不適切とされる事案の共通点や背景などを整理したいと思います。
 
1 本稿で言及した記事の見出しは2025年3月24日『北海道新聞』、2024年9月4日『河北新報』、同年9月3日『中国新聞』を参照。共同通信が配信している『47ニュース』のほか、介護専門媒体である『JOINTニュース』配信の連載記事も参照。
2 例えば、2025年8月3日『日本経済新聞』のほか、同年4月16日『週刊東洋経済』を参照。同年7月24日に配信された『東洋経済ONLINE』記事も参照。
3 イベントは2025年6月20日と同年7月25日に開催され、前者は共同通信編集委員の市川亨氏、福祉ジャーナリストで元日本経済新聞編集委員の浅川澄一氏、筆者の3人によるリアル開催、後者は市川氏と筆者によるオンライン開催だった。いずれも主催は高齢者住宅新聞。この場を借りて、市川氏、浅川氏のほか、イベントを企画して下さった高齢者住宅新聞の小川真二郎取締役に謝意を述べたい。なお、市川氏とは、筆者が前の前の職場で勤務していた頃から交流させて頂いており、イベントなどの機会で市川氏に取材の過程を聞くと、内部文書などの物証を得たり、複数の証言を集めたりするなど、ジャーナリストとして誠実かつ丁寧に対応されている。このため、筆者自身としては、記事で取り上げられている情報の信頼性は極めて高いと判断している。
2|不適切とされる事案の共通点
まず、不適切とされる事案のイメージを整理すると、図表1の通りになります。つまり、有料老人ホームに入居する利用者に対し、併設されている訪問看護ステーションが外付けのサービスを提供する方法です。

これを病院や在宅ケアと比較すると、両者を組み合わせたハイブリッドのようなモデルであることに気付きます。

まず、病院の場合、病棟に入院する複数の患者に対し、医師や医師の指示を受けた看護師が対応しています。いわゆる病院における集団的なケアです。

一方、訪問看護や訪問診療などの在宅ケアでは、自宅に住む患者・利用者に対し、医師や医師の指示を受けた看護師などが医療やケアを提供しています。いわゆる自宅を中心とした個別的なケアになります。

これに対し、図表1のスタイルでは両者を組み合わせたような形になっており、集合住宅に入居する患者・利用者に対し、外付けのステーションから看護師が訪れています。つまり、制度的には在宅ケアなのに、実態は病院のような集団的なケアに近いスタイルと言えます。

もちろん、このスタイル自体、特に問題があるわけではなく、実際に質の高いホスピス住宅を提供している事例も目にしますが、不適切とされる事案では、住宅を運営する事業者が併設の訪問看護事業所を通じて、入居者に過剰なサービスを提供したり、報酬上の加算(ボーナス)を過剰に請求したりしている疑いが報じられています。こうした事象は一般的に「囲い込み」と呼ばれています。

さらに、報道されている事案は複数の事業者にまたがっており、共通点として、概ね4つの点を指摘できるとのことです4

(1) 必要ない人にまで「1日3回」「複数人での訪問」「早朝・夜間・深夜の訪問」を設定。

(2) 原則30分間は訪問しなければいけないのに、数秒~数分の訪問でも30分滞在したことにして報酬を請求。

(3) 看護師1人の場合でも複数人での訪問、または早朝・夜間に訪問したという虚偽の記録を作って報酬上の加算を請求。

(4) 表面上は「コンプライアンス」を掲げ、相談・通報窓口を設置しているが、内部のスタッフが声を上げると、異動や退職に持って行く。パワーハラスメントも横行。

主な対象者は末期がんの患者やパーキンソン病など難病の患者。いずれも医療的ニーズが高い人という共通点があります。サービスの名称は公式に定められているわけではないため、「ホスピス型住宅」「ホスピス住宅」「ホスピスホーム」「ナーシングホーム」「緩和ケアホーム」「医療特化型有料老人ホーム」「パーキンソン病専門」など様々です。

こうした事例が一部の不心得な法人あるいは個人に限った話であれば、何らかの形で制限または処罰すれば済む話です。それでも短期間に同様の案件が報じられている点を踏まえると、まだ分かっていない案件、あるいは報じられていない案件は多いと推察されます。俗な言葉に言い換えると、「手っ取り早く儲けられるビジネスモデル」として広がっている可能性が高いと思われます。

さらに、少し見方を変えると、「患者や利用者、家族のニーズがあるからこそ広がっている」という受け止め方も可能です。そもそものニーズがなければ、これほど広がることは困難であり、「制度や政策が十分に対応できていないニーズの受け皿になっている」と解釈できるかもしれません。

このほか、保険制度から得られる報酬の構造とか、行政による関与の実情などを見ると、筆者自身は「悪い意味で綿密に考えられたビジネスモデル」という印象を受けています。以下、不適切とされる事案を引き起こしている背景として、(1)医療ニーズの高い人の在宅ケアが不十分、(2)高齢者の居住保障が不十分、(3)制度の不備――という3つを指摘したいと思います。
 
4 2025年7月25日高齢者住宅新聞「介護経営者サミット」市川氏資料を参照。一部表記などを変更。

3――事案の背景(1)~医療的ニーズの高い人の在宅ケアが不十分~

まず、医療的ニーズの高い人の在宅ケアが不十分という点です。これは近年の平均在院日数や病床の削減を目指す政策が影響している可能性があります。

広く知られている通り、人口比で見た日本の病床数は世界有数5であり、平均在院日数の長さも以前から問題視されています。このため、診療報酬改定を含めた医療政策では1980年代以降、病床数や平均在院日数の適正化が強く意識されて来ました6。さらに、病床から退院した後の「受け皿」のような形で、在宅医療のテコ入れも図られており、2012年頃から在宅ケアや医療・介護連携が制度改正の度に重視されています7

このほか、人生の最終段階の患者・利用者に対する看取り対応を強化するため、近年の報酬改定では様々な加算が付いています。特に、患者や利用者の希望に沿って医療やケアを提供できるようにするため、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」が重視されており、診療報酬や介護報酬の算定要件に組み込まれています8

しかし、不適切とされている事案を見ると、末期がんやパーキンソン病などの難病患者を対象に起きており、医療的ニーズの高い人の受け皿になっている可能性が示唆されます。

実際、厚生労働省が2025年4月に開いた「有料老人ホームにおける望ましいサービス提供のあり方に関する検討会」第1回会合に提出した資料9を見ると、入居者の平均要介護度が3以上の住宅型有料老人ホームは2014年時点で35.6%でしたが、2024年調査で46.1%まで上昇しました。このほか、住宅型有料老人ホームでは、退去者数に占める「死亡による契約終了」の比率も増えており、2014年調査で36.6%だったのに対し、2024年時点で55.3%に伸びています。

以上のような点を踏まえると、筆者自身としては、平均在院日数や病床削減を目指す政策に総論として賛成なのですが、看取り対応も含めて、医療的ニーズの高い人の在宅ケアが政策的に後手に回っていることが事案の遠因になっていると考えています。
 
5 ここでは詳しく触れないが、OECD(経済協力開発機構)の統計では、人口1,000人当たりのベッド数は12.52床であり、韓国(12.62床)に次いで2位。ドイツ(7.66床)、フランス(5.4床)などと比べても突出して多い。
6 例えば、直近の2024年度診療報酬改定では急性期病床の適正化が意識された。2024年度診療報酬改定のうち、急性期病床の適正化に関しては、2024年7月29日拙稿「2024年度トリプル改定を読み解く(中)」を参照。さらに、2017年度から本格化した「地域医療構想」も同じ意図を有している。具体的には、人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上になる2025年をターゲットに、救急患者を受け入れる「高度急性期」「急性期」、リハビリテーションなどを提供する「回復期」、長期療養の場である「慢性期」に区分しつつ、都道府県が医療需要を病床数で推計。さらに、自らが担っている病床機能を報告させる「病床機能報告」で明らかになった現状と対比させることで、需給ギャップを明らかにした。その結果、全国的な数字では、高度急性期や急性期病床の削減と回復期機能の充実、慢性期の削減と在宅医療の充実が必要と理解されている。地域医療構想の概要や論点、経緯については、2017年11~12月の拙稿「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(1)」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日拙稿「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。なお、2025年の目標年次が到来したため、厚生労働省は2040年をターゲットに据えた新しい地域医療構想を起動させようとしている。
7 例えば、医療と介護が同時に見直された2024年度報酬改定では、身近な病気やケガに対応する「かかりつけ医」と介護事業所の情報連携を強化するための見直しなどが細かく講じられた。2024年度改定のうち、医療・介護連携に関しては、2024年7月29日拙稿「2024年度トリプル改定を読み解く(中)」を参照。
8 いわゆる「ACP(Advance Care Planning)」と呼ばれる。
9 元の数字については、PwCコンサルティング合同会社(2025)「高齢者向け住まいにおける運営形態の多様化に関する実態調査研究事業報告書」、野村総合研究所(2015)「高齢者向け住まいが果たしている機能・役割等に関する実態調査事業報告書」(いずれも老人保健健康増進等事業)に依拠している。入居者の要介護度に関する有効回答数は2024年調査で963カ所、2014年度調査で2,144カ所。退去者数は2024年度調査で3,783人、2014年度調査で2,147人。

保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳(みはら たかし)

研究領域:

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴

プロフィール
【職歴】
 1995年4月~ 時事通信社
 2011年4月~ 東京財団研究員
 2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
 2023年7月から現職

【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会

・関東学院大学法学部非常勤講師

【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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