NEW
コラム

相次ぐ有料老人ホームの不適切な事案、その対策は?(上)-医療的ニーズの高い人の支援が不十分な点など背景を探る

2025年08月27日

(三原 岳) 医療

4――事案の背景(2)~高齢者の居住保障が不十分~

1|高齢者の住まいの状況
第2の背景として、高齢者の居住保障が不十分という点です。日本の住宅政策は過去、団地造成や持ち家取得支援などに力点が置かれ、「居住保障」という視点は不十分でした。そもそも住宅政策の主務官庁は国土交通省(2001年以前は建設省)であり、低所得者向け住宅の整備などを除くと、社会保障の枠内で捉えられていませんでした。これは日本に限った話ではなく、先行研究でも「住宅政策と住宅市場に対する視野の狭い関心しかもっておらず、より広範な争点群を無視している」10などと指摘されて来ました。

実際、高齢者の居住保障に関しても、制度をパッチワーク的に作った結果、▽終の住まいとして想定されている「特別養護老人ホーム」(以下、特養)、▽退院後の高齢者にリハビリテーションを提供する「介護老人保健施設」(以下、老健)、▽長期療養の患者を受け入れる「介護医療院」、▽認知症の人が家庭的な雰囲気で暮らす「グループホーム(認知症対応型共同生活介護)」、▽有料老人ホームに入居する高齢者に対し、中付けでサービスを提供する「特定施設入居者生活介護」――など複雑に入り組んでいます。

居住保障の考え方が本格的に示されるようになったのは2000年代以降です。高齢者居住安定確保法(通称、高齢者住まい法)が2001年10月、住宅確保要配慮者賃貸住宅供給促進法(通称、住宅セーフティネット法)が2007年7月に施行され、高齢者や低所得者などに対する住まいの確保が強化されるようになりました。

さらに、2011年10月には改正高齢者住まい法が施行され、高齢者の賃貸住宅である「サービス付き高齢者向け住宅」が制度化されました。2024年通常国会で改正された生活困窮者自立支援法でも、高齢者や低所得者など要配慮者の相談対応などを担う「住まい相談支援員」を自治体の相談窓口に配置するなど、居住保障の概念が重視され始めています11

しかし、それでも制度面での居住保障は十分とは言えないと考えられます。ここでは、「介護保険の枠に入らない住宅の類型が伸びている」「不適切とされる事案は介護保険以外の制度で頻発している」という点に着目したいと思います。

そもそもの前提として、有料老人ホームは老人福祉法に基づいており、介護保険サービスの特定施設入居者生活介護の指定を受ける「介護付き」と、外からサービスを受け入れる「住宅型」などに分かれており、図表2の通り、それぞれ規制などが違います。
さらに、図表2には盛り込みませんでしたが、報酬に関しても差異があり、介護付きでは要介護度に応じて1日当たりの報酬を設定する包括報酬が採用されているのに対し、住宅型では回数ごとに算定する出来高払いとなっています。

近年、急ピッチで増えているのは住宅型です。2012年度現在の定数が31万5,678人だったのに対し、2022年度には61万1,056人となりました。つまり、10年間で約2倍に増えた計算です12

一方、介護保険適用の特養は伸び悩んでいます。具体的には、2012年度時点で利用者数は49万8,700人だったのに対し、2022年度時点で28.7%増の64万1,700人に増えているとはいえ、住宅型の伸びを下回っています。老健に至っては、同じ時期に横ばい(2012年度:34万4,300人→2022年度:34万7,800人)となっており、高齢者の居住保障のニーズが介護保険以外で吸収されている様子を読み取れます。しかも、報道されている事案の多くは住宅型で起きており、介護保険の枠内に入らない住まいの類型で事案が起きていることになります。
 
10 Jim Kemeny(1992)"Housing and social theory"[祐成保志訳(2014)『ハウジングと福祉国家』新曜社p6]。
11 居住保障については、鈴木賢一(2024)「住宅セーフティネットの現状と課題」『調査と情報』No.1256、国立社会保障・人口問題研究所編著(2021)『日本の居住保障』慶應義塾大学出版会、野口定久ほか編著(2011)『居住福祉学』有斐閣などを参照。
12 このほか、サービス付き高齢者向け住宅も2011年度の創設後、利用者数が急増しており、都道府県に登録された戸数は2011年度の7万999戸から2022年度で27万8,320戸に増えている。
2|介護保険以外の仕組みが伸びる理由
では、上記のような状況が起きている理由は何でしょうか。その大きな理由として、介護保険給付の抑制が考えられます。近年の制度改正では、給付費と保険料の伸びを抑えることが重視され、例えば2015年度改正では特養の新規入所を原則として、要介護3以上の重度者に限定することが決まりました。さらに、介護保険適用の特定施設入居者生活介護についても、自治体が「総量規制」という参入規制を設けています。こうした状況の下、介護保険の適用を受けない住宅型の有料老人ホームが伸びており、かつ不適切とされる事案が起きていると言えます。

なお、筆者自身としては、「住宅型+外付けサービス」という類型が増えることを否定しておらず、全てのニーズを介護保険サービスの施設類型で包摂すればいいとは思っていません13

しかし、後述する通り、住宅型は介護保険ほど規制が厳しくないため、高齢者の居住保障の受け皿が介護保険以外で急速に広がっている点を考えると、介護保険だけでなく、「高齢者の居住保障」という視点で、制度全体を捉え直す必要があると思います。
 
13 むしろ、高齢者福祉の世界では以前から「住まいとサービス」の分離の必要性が意識されていた。具体的には、住まいとサービスが介護施設という形でパッケージ化されると、地域社会と施設が分断され、介護が必要になった後、住み慣れた自宅や地域を離れて施設に移り住むことになり、これまでの暮らしと断絶してしまうという問題意識である。住まいとサービスの分離については、松岡洋子(2011)『エイジング・イン・プレイス(地域居住)と高齢者住宅』新評論などを参照。

5――事案の背景(3)~制度の不備~

第3に、制度の不備を指摘できます。例えば、報酬制度で言うと、先に触れた通り、介護付きでは1日当たりの包括報酬が採用されているのに対し、住宅型では回数で算定する出来高払いとなっています。この結果、ケアを過剰に提供するほど、収入が増える状況になっており、不適切とされる事案の温床の一つになっています。

さらに、医療保険と介護保険の狭間で起きている制度の不備という側面も見逃せません。訪問看護サービスは多くの場合で介護保険の適用を受けるのですが、図表3の通り、▽厚生労働相が別表で定める病名の患者、▽患者の主治医が必要性を判断し、訪問看護事業者に交付する「特別訪問看護指示書」の対象になる患者、▽厚生労働相が「特別な管理を必要とする状態にある患者」と定める別表に該当する場合――などについては、医療保険の適用を受けることになっており、今回の不適切とされる事案は介護保険ではなく、医療保険適用で起きています。

その結果、過剰サービスを防ぎにくくなっています。具体的には、介護保険では要支援・要介護度別に定められた区分支給限度基準額(以下、限度額)が定められており、これを超えると全額が自己負担になります。このため、限度額が上限として機能する分、過剰サービスにもブレーキが掛かる仕組みが内在しています。

しかし、医療保険の場合、限度額のような上限は存在しません。このため、「囲い込み」を通じてサービスを過剰に提供しやすくなっています。
このほか、行政の監視の面でも「抜け穴」が起きやすくなっています。訪問看護事業者が介護保険の適用を受ける際、都道府県か、政令市・中核市に申請を提出するほか、普段から介護保険の保険者(保険制度の運営者)である市町村の運営指導も入っています。

これに対し、不適切とされる事案は医療保険の適用を受けているため、主な所管は厚生労働省の出先機関である地方厚生局になります。要するに、不適切とされる事案を監督する部署は国、自治体に分かれていることになります。

少し分かりやすく言うと、医療保険と介護保険の狭間で起きる「ポテンヒット」を突いていると言えます。既述した通り、筆者が「悪い意味で綿密に考えられたビジネスモデル」という印象を抱いているのは、この辺りにあります。

6――おわりに

本稿では、有料老人ホームを舞台にした不適切とされる訪問看護の事案について、その状況を概観するとともに、医療的ニーズが高い人への在宅ケアが不十分な点などを背景として指摘しました。さらに、医療保険と介護保険の狭間で起きる制度の不備を巧みに突いている可能性も論じました。筆者自身は「悪い意味で綿密に考えられたビジネスモデル」という心象を強く抱いています。

では、どんな対策が考えられるのでしょうか。対策を詳細に検討しようとすると、単純に「市場に任せた国が悪い」などと政策当局者を批判すれば済む話ではないことに気付かされます。

そこで、次回の(下)では、厚生労働省が設置した「有料老人ホームにおける望ましいサービス提供のあり方に関する検討会」の動きも含めて、適正化策の選択肢を検討するとともに、その難しさも考えたいと思います。

保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳(みはら たかし)

研究領域:

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴

プロフィール
【職歴】
 1995年4月~ 時事通信社
 2011年4月~ 東京財団研究員
 2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
 2023年7月から現職

【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会

・関東学院大学法学部非常勤講師

【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

レポートについてお問い合わせ
(取材・講演依頼)