「ほめ曜日」×ご褒美消費-消費の交差点(9)

2025年04月25日

(廣瀬 涼) 消費者行動

3――アメリカ、中国における「ご褒美消費」

アメリカ経済においても、近年この「ご褒美消費」の傾向が強く見られるようになっている。Bloombergが2023年11月に公開した記事 "Shoppers Keep Splurging on Little Luxuries Like Starbucks, Fried Chicken5"では、ボートや冷蔵庫のような高額商品については購入の手控えがみられる一方で、スターバックスのドリンクやフライドチキンなど、手頃な嗜好品への支出は依然として活発であることが報告されている。同記事内で、コロンビア大学ビジネススクールのブレット・ハウス教授は次のように述べている。
 
"There’s still a little bit more gunpowder for affordable luxuries, and experiences and other services."
(手の届くぜいたく品や体験、その他のサービスに対する消費余力は、なお少し残っている)

また、チキンウィングを販売するWingstopも、消費者の"ちょっとした贅沢"への支出によって好調な業績を維持しており、同社のマイケル・スキップワースCEOはこう語っている。
 
"They feel like they deserve to treat themselves or reward themselves because they’ve cut back."
(消費者は節約しているからこそ、「自分にご褒美をあげてもいい」「少し贅沢してもいい」と感じている)

さらに、Business Insiderが2024年10月に掲載した "Welcome to the 'treat yourself' economy — where skincare and long hair rule6"という記事では、ワシントン・ポストの記者ヘザー・ロングの次の発言が引用されている。
 
"This feels like the year of the mini splurge."
(今年は"プチ贅沢"の年という感じがする)

これらの発言や記事からは、アメリカにおけるご褒美消費が「節約の反動」として、自分をいたわるための小さな贅沢として受け入れられている様子がうかがえる。また、貯蓄の余力が想定以上に残っていたこともあり、消費者がある程度の"使えるお金"を背景に、手頃なぜいたく品やサービスへの支出を続けているという分析も見られる。

一方、中国においても、特に若年層を中心に"自分のための消費"としての傾向が見られる。たとえば「悦己消費」と呼ばれる、自分を喜ばせるための消費や、「情緒消費」という、気分やモチベーションを高めるための感情的消費スタイルが注目されている7。いずれも「何かを得るため」ではなく、「自分の心の状態を整えるため」の消費であるという点で、ご褒美消費と共通する価値観が見て取れる。
 
5 Bloomberg"Shoppers Keep Splurging on Little Luxuries Like Starbucks, Fried Chicken"https://www.bloomberg.com/news/articles/2023-11-03/treat-yourself-starbucks-sbux-fried-chicken-spending-splurge-boosts-economy 2023/11/03
6 Business Insider"Welcome to the 'treat yourself' economy — where skincare and long hair rule"https://www.businessinsider.com/treat-yourself-economy-retail-sales-data-2024-10 2024/10/25
7 日経MJ「節約消費、財布緩めるポイントは 「気分が上がる」ものには投資(中国人消費SNS分析)」2025/01/17

4――"心の補填"としての現在志向的消費

4――“心の補填”としての現在志向的消費

そもそも「ご褒美」とは本来、頑張った自分へのねぎらいや、特別感を味わうために与えるモノや時間、あるいは体験を指す。そのため、日々の生活のなかで「頑張った」と自覚できない場合や、自分はまだ労うほどではないと感じる場合には、「ご褒美」という言葉自体に抵抗を抱く人も少なくない。

こうした背景から、近年では「ご自愛消費」という表現もマーケティングの現場で使われ始めている。株式会社スナックミーが実施した「ご自愛消費にまつわる調査」によれば、実に86%の人がご自愛消費を行っており、そのタイミングとしては気分転換やストレス発散が多く挙げられている。なかでも、ご自愛消費として最も多かったのが「スイーツやおやつ」で、全体の68%を占めていた。頑張ったことへの"報酬"という位置づけでの散財にはどこか後ろめたさを感じることがあっても、「自分を大切にするため」という名目であれば、その消費に対して罪悪感を抱きにくくなるのかもしれない。

推し活にしても、ご褒美消費やご自愛消費にしても、いずれも共通しているのは、自身の精神的充足を目的とした"今"の自分を満たすための消費であるという点だ。将来への展望が持ちづらく、ストレスの多い社会のなかで、消費者の志向は次第に「現在志向」へと傾きやすくなっている。

たとえば働くことひとつとっても、それは本来「生活のための手段(消費をするための資源を得る事)」にすぎない。しかし、仕事をしなくては費用を得られないから働かざるを得ない状況の中で、やりたくない仕事に従事する自分を慰めたり、報いたりする手段として、現在志向の消費は重要な意味を持つようになる。つまり、働くことは消費のために必要であり、消費することは、働く自分を労わるために必要な"心の補填"として循環しているのだ。

5――ご褒美消費の役割

5――ご褒美消費の役割

和光大学の丸山一彦氏は、このような「ご褒美消費の役割」として、➀現在的な役割、②将来的な役割、③未来的な役割の3つをあげている8(図4)。
これらの役割に共通しているのは、ご褒美消費が、困難やストレスによって生じる身体的・精神的な"負の状態"を和らげ、バランスを取り戻すための「報酬」として機能している点である。言い換えれば、ご褒美消費とは、自己を励ますために外的なインセンティブを自ら作り出す行為であり、その先にあるのは"自己充足"だ。

かつては、誕生日やクリスマスといった特別なイベントに紐づけて行われていた「ご褒美消費」も、次第にそうした"特別な理由付け"が失われ、日々の生活を充足する「プチ贅沢」を始めとした日常的11なご褒美消費の側面の存在感が大きくなり、特別だったはずのご褒美が、日常に組み込まれていく――。それはもはや、単なる贅沢ではなく、セルフケアやメンタルメンテナンスの一環として機能しており、その"満たされた感覚"が消費者の心に快さをもたらすのだ12。だからこそストレスからの逃避や明日への活力といった「個の問題」を理由付け=名目として、このタイプのご褒美消費にのめり込んでしまうのかもしれない。

我々の快楽の多くが「消費すること」に起因しており、消費することが日々の問題への解決策、対応策(慰める、労う)になっていることを我々自身が理解しているからこそ、「消費する事そのもの」が自分自身を癒し、明日を生きる活力を得ようとする、非常に能動的なセルフケアともいえる。

私たちの多くが「消費=セルフケア」と結びついた社会に生きているからこそ、「ご褒美消費」は、特別なものから"日常に溶け込む当たり前"へと変化してきたのであろう。私たちの生活が、もはや"ご褒美なしではやっていけない"ほど、現在志向に寄っていることの表れでもあるのかもしれない。

さて、こうした「自分の好きなものには積極的に消費し、それ以外は抑える」といった行動に対して、マーケティングの分野では"メリハリ消費"という言葉が使われることがある。この"メリハリ"は、個々人のプライオリティに強く影響されており、自分にとって大切な消費であれば、他人から無駄遣いや浪費に見えたとしても、それは"必要な支出"となる。一見すると非合理的に映るこの行動も、本人にとってはきわめて合理的であり、納得のいく自己投資である。自己満足の追求とはすなわち、精神的充足の追求であり、そこには「何をどれだけ消費したか」よりも、「何に癒されたか」「どれだけ満たされたか」が重視される。

外食やプチ贅沢をはじめとした"ちょっとした贅沢"は、多くの場合、日常のなかで手に届く贅沢を消費したことから得られる、心のゆとりや、癒しの感覚が背景にある。その日常のなかに組み込まれた"ご褒美"という少し矛盾した現象には、それだけ多くの人が、現状や社会に対して満たされていないというリアルが映し出されている。そして、その一方で、お金を使うことに対して後ろめたさや罪悪感を抱く人も少なくない。だからこそ、「ご褒美消費」や「多幸感の追求」といった言葉が、自己肯定の"名目=言い訳"として機能するのかもしれない。
 
こうした背景を踏まえると、私たちの消費行動が"現在志向"へと傾くのは、ある種の必然であるとも言えるのだ。
 
8 丸山一彦「なぜ今の消費者に「ご自愛」「ご褒美」訴求が響くのか」 販促会議 https://mag.sendenkaigi.com/hansoku/202502/take-care-promotion/031356.php

生活研究部   研究員

廣瀬 涼(ひろせ りょう)

研究領域:暮らし

研究・専門分野
消費文化論、若者マーケティング、サブカルチャー

経歴

【経歴】
2019年 大学院博士課程を経て、
     ニッセイ基礎研究所入社

・公益社団法人日本マーケティング協会 第17回マーケティング大賞 選考委員
・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

【加入団体等】
・経済社会学会
・コンテンツ文化史学会
・余暇ツーリズム学会
・コンテンツ教育学会
・総合観光学会

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