2|衆院通過時点の2回目の修正に至る経過
多数回該当を外す修正を決めたにもかかわらず、野党の攻勢は収まらず、国会では立憲民主党が2月19日、健康保険法などの改正案を提出した。この案では、限度額引き上げに際して患者の実態調査などの手続きを政府に義務付けるとともに、手続きが完了するまでの間、引き上げを停止するように求めていた。
さらに、日本胃癌学会など関係学会から慎重な意見を求める要望書が公表されたほか、地方議会でも慎重な審議を求める意見書が採択されるなど、国会の外でも修正案に対する逆風が続いた。
一方、政府・与党は当初予算の年度内成立を確実にするため、与野党協議を並行して進めていた。通常、3月2日までに衆院を通過させれば、憲法の規定に沿って、参院の審議結果や対応にかかわらず、年度内成立が可能になるためだ。
ただ、年度末を過ぎると、国政の運営に必要な経費を執行できるように一定期間に限って作る暫定予算の編成を強いられるため、政府・与党としては、当初予算案の衆院通過を確実にしたい思惑があった
11。
こうした状況の下、石破首相は2月28日の衆院予算委員会で、新たな修正案を示した。つまり、2025年8月の上限引き上げは実施するものの、2026年8月以降の引き上げは見送ることとし、その対応は2025年秋までに再検討するという内容である。これが2回目の修正である。
しかし、批判は収まらなかった。例えば、全がん連の天野理事長は2月28日の記者会見で、その前日夜の一部メディアで、「政府が見直し案の凍結で最終調整」という記事が流れた点を引き合いに出しつつ、「(筆者注:患者団体の内部では)『これで安心して治療を受けられる』『やっとまともな判断になった』などと安堵、喜びの声が聞かれたが、わずか1日で覆り、"解凍"という状況になってしまった」と語った。
さらに、立憲民主党の野田佳彦代表も同日の衆院予算委員会で、「中身にも、プロセスにも大きな問題がある」と指摘するとともに、見直しを1年間延期することで、患者団体も交えて検討し直すように求めた。この結果、立憲民主党と合意できる可能性は遠退いた。
そこで、浮上したのが日本維新の会との連携だった。自民、公明両党は予算の年度内成立を目指して、日本維新の会との間で教育無償化に関する政策協議を進めており、その合意が2月25日に交わされた。3党の責任者による署名付きの合意文では、医療に関して、OTC類似薬の見直しや医療DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進などを含めて、下記のような文言が入った。
社会保障改革による国民負担の軽減を実現するため、主要な政策決定が可能なレベルの代表者によって構成される3党の協議体を設置する。
以下の点を含む、現役世代の増加する保険料負担を含む国民負担を軽減するための具体的について、令和7年度末までの予算編成過程(診療報酬改定を含む)で論点の十分な検討を行い、早期に実現が可能なものについては、令和8年度から実行に移す。
- OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し
- 現役世代に負担が偏りがちな構造の見直しによる応能負担の徹底
- 医療DXを通じた効率的で質の高い医療の実現
- 医療介護産業の成長産業化
さらに、政府・与党として改革工程の記載内容、公明党は2024年9月20日に策定した「公明党2040ビジョン(中間とりまとめ)」で予防の強化などを盛り込んだ点、日本維新の会は2025年2月20日に公表した「社会保険料を下げる改革案(たたき台)」で年間最低4兆円を削減するとしている点に言及しつつ、検討に際しては念頭に置くとされた。つまり、今後も3党の主張を擦り合わせることで、医療給付費の効率化に向けた合意点を見出していく方向性が確認されたわけだ。
こうした合意や議論を踏まえ、2025年度当初予算案が修正された結果、多数回該当の引き上げ見送りに伴って、国費(国の税金)が55億円の増額となった。さらに、日本維新の会が求めた高校無償化などの経費も計上され、修正された当初予算案は3月4日に衆院を通過し、参院に送付された。
衆院で当初予算案が修正されるのは1996年度の第1次橋本龍太郎内閣以来、29年ぶり。減額修正は1955年の第2次鳩山一郎内閣以来70年ぶりの出来事となった
12。この時点で年度内成立は微妙な状況となっていたが、暫定予算の編成は免れると見られていた。
衆院通過直前の3月3日の衆院予算委員会で、石破首相は「高額療養費がこの先も増えていく時に、疾病に苦しむ方々により少ない負担で療養を受けてもらうためにどうすればいいかを考え、今回の結論に至っている」と理解を求めた。2回目の修正案決定に至る過程は図表7の通りである。