2|さまざまな全球気候モデル(GCM)により、SSPに応じた気候シナリオが作成されている
(1) 全球気候モデル(GCM)
現在、世界中の大学や研究機関が気候シナリオの作成を進めている。その際、全球気候モデル(Global Climate Model, GCM)と呼ばれる数理モデルを用いた予測が行われることがある。
そもそも世界初の気候モデルは、1960年代に真鍋淑郎氏とカーク・ブライアン氏が米国海洋大気庁・地球流体力学研究所で開発したモデルと言われる
35。それ以後、数理モデルで気候を再現する手法の研究が進んだ。コンピュータの計算性能の進歩や、気象学の研究の進展もあって、GCMのモデル予測性能が向上していったとされる。
GCMは、地球全体に対する数値モデルである。緯度、経度、高度、時間の項目で格子に区切る。そして、各格子点について、静力学平衡方程式、運動方程式、熱力学方程式等を用いて、気温、気圧、比湿(湿潤空気中に含まれる水蒸気の質量と湿潤空気全体の質量の比)などの予測数値を算出していく。
35 プリンストン大学の真鍋淑郎氏は、マックス・プランク研究所のクラウス・ハッセルマン氏、ローマ・ラ・サピエンツァ大学のジョルジオ・パリージ氏とともに、2021年にノーベル物理学賞を受賞した。受賞理由は「地球温暖化の予測のための気候変動モデルの開発」。
(2) 第6期結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP6)
世界中の大学や研究機関が気候モデルを作成して気候予測を行っている。そのモデルの比較を行うプロジェクトとして、「第6期結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP6)」と呼ばれるモデル群がある。CMIP6は、IPCCのAR6に対応した50以上のモデルからなる。
(3) 日本域CMIP6データ (NIES2020)
文部科学省と気象庁は、「気候予測データセット2020」を公表している。その中で、国立環境研究所は「日本域CMIP6データ (NIES2020)」としてCMIP6の5つのGCMを選択し、これを日本域(東経122-146度、北緯24-46度の陸上)の細かい格子で設定し、さらに実績との乖離を補正したデータを公表している
36。その内容は、日本域の地上1km格子点での「日最高気温(℃)」、「日最低気温(℃)」、「降水量(mm/day)」、「風速(m/s)」、「相対湿度(%)」のデータを含んでいる。各データは、SSP1-1.9、SSP1-2.6、SSP2-4.5、SSP5-8.5の4つの経路に対して21世紀中の数値(2100年12月31日までの毎日の値)として示されている。これらのデータに必要な調整を行ったうえで、回帰式に代入する将来の気候指数の作成データとして活用することとした。なお、これらのデータには海面水位の数値はない。
日本域CMIP6データ (NIES2020)のGCMは、次の5つ。このうち、MIROC6とMRI-ESM2-0は、日本の研究機関が作成したモデルである。
・MIROC6 (東京大学, 海洋研究開発機構(JAMSTEC), 国立環境研究所(NIES))
・MRI-ESM2-0 (気象庁気象研究所(MRI))
・ACCESS-CM2(オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO))
・IPSL-CM6A-LR (ピエール・シモン・ラプラス研究所(フランス))
・MPI-ESM1-2-HR (マックス・プランク研究所(ドイツ))
36 細かい格子での設定は、統計的ダウンスケーリングの手法で行われている。また、実績との乖離の補正はバイアス補正として行われている。
3|回帰式の再計算にあたり、データのない父島と南鳥島と、海面水位の指数は除く
5つのモデルからのデータをもとに、150あまりの観測地点それぞれについて気候指数を計算し、それを回帰式に入力することで、将来の死亡率シナリオを作成する ― これが、本稿が取り組む回帰計算とそれに基づく死亡率予測の具体的な内容となる。
ただし、前回のレポートで触れたとおり、関東甲信の父島と南鳥島については、NIES2020にはデータがない。そこで、関東甲信についてはこの2地点を除く23地点を対象に気候指数を計算し直した。
また、先述の通り、NIES2020の5つのGCMの気象データには、これに対応する海面水位のデータはない。このため、回帰式の再計算にあたり、右辺の気候指数は、海面水位を除く、高温、低温、降水、乾燥、風、湿度の6つの指数とした。
4|モデルのデータの利用に関して、技術的な調整を3つ行う
モデルのデータからは、地上1km格子点における「日最高気温(℃)」、「日最低気温(℃)」、「降水量(mm/day)」、「風速(m/s)」、「相対湿度(%)」のヒストリカルデータと将来予測データを取得することができる。ヒストリカルデータは1900年1月1日~2014年12月31日、将来予測データは2015年1月1日~2100年12月31日の日ごとのデータとなっている。
ここで、ヒストリカルデータは、気象の実績データではなく、モデルから算出された過去の時点での気象データである、という点に注意が必要だ。ヒストリカルデータと気象の実績データをもとに、それぞれ気候指数を作成して、その類似性を比較することにより、モデルが過去実績をどの程度再現しているかを確認することができる。(第5章の計算結果において、実際に確認していく。)
MIROC6の将来予測データは、SSP1-1.9、SSP1-2.6、SSP2-4.5、SSP5-8.5の4種類の経路のものが取得可能となっている
37。モデルのデータの利用に関して、技術的な調整を3つ行うこととした。
37 他にもMRI-ESM2-0とIPSL-CM6A-LR について、SSP1-1.9、SSP1-2.6、SSP2-4.5、SSP5-8.5の4種類の経路のものが取得可能。ACCESS-CM2とMPI-ESM1-2-HRについては、SSP1-2.6、SSP2-4.5、SSP5-8.5の3種類の経路のものが取得可能。
(1) 観測地点数値の按分処理による算出
モデルからは、地上の1km格子点での値が取得できる。ただし、一般に、観測地点と格子点が完全に一致しているわけではない。そこで、観測地点を取り囲む4つの1km格子点の値を取得し、それらを緯度と経度で按分処理することにより観測地点の値を求めて、それをもとに気候指数を算出することとした。
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38 ただし、北見枝幸の北東、浦河の南西、三宅島の北東・北西、石廊崎の南東・南西、油津の南東、名護の南西、西表島の北西・南西の格子点については、モデルのデータがなかった。そのため、残りの格子点のデータをもとに、按分処理を行った。
(2) 降水現象の有無についての「現象なし情報」に関するみなし
乾燥指数のために、降水に関しては、降水現象の有無についての「現象なし情報」を用いている。これは、気象台などで降水量に加えて、「雨や雪などの降水現象があったかどうか」という、現象の有無の観測を行うものである。降水量の観測単位は0.5mmのため、これに達しないわずかな降水は降水量の観測値として残らない。だが、「現象なし情報」を使えば、わずかでも降水が見られた場合と、全く降水が見られなかった場合とを区別することができる。この情報は気象台などにおける降水量や積雪など、現象の有無を観測している項目だけに付加されている。
モデルからは、この現象なし情報はデータとして取得できない。そこで、観測地点を取り囲む4つの1km格子点の降水量がすべてゼロであった場合に、降水の「現象なし」とみなすこととした。
(3) 過去分と将来分の年数の設定
モデルからは、ヒストリカルデータとして2014年までを過去分、将来予測データとして2015年以降を将来分として、データを取得できる。ただし、先述の通り、2014年までの過去分は、過去の観測値ではなく、モデルから算出された過去の時点でのデータとなっている。ここで、年数について整理をしておく必要がある。
まず、気候指数については、過去分として1971~2014年の実績データとモデル(ヒストリカルデータ)の比較を行う。2015~2023年については実績値を利用する。そして、2024~2100年についてはモデルの4つの経路の値(将来予測データ)を利用する。
これに併せて、2023年までの気候指数をもとに、死亡率と気候指数の回帰式を、父島と南鳥島を除く152地点ベースとして再計算した。
2009-10, 12-19年の10年分の実績値を学習データと用いて算定した回帰式に、説明変数として上記の気候指数を入力することで、2024~2100年の死亡率を計算して、その予測を行うこととなる。