3|得られた結果をどのように解すべきか? ― 因果関係の検証を行うべきだが容易ではない
本稿では、第5章から第7章にかけて、計算結果をさまざまなグラフに図示した。そして、将来の気候指数、死亡率、死亡数の解釈をもとに、気候変動と死亡率、死亡数に関する推論を行った。
ただし、結果の解釈は、多くの困難を伴うものであった。以下、具体的にいくつかの点について見ていく。
(1) 新生物を死因とする死亡の推移
死因別の死亡数の増減率(図表23-1~23-3)を見ると、2081—2100年に新生物を死因とする死亡の数は、気候変動なしからSSP1-2.6への増減率、SSP1-2.6からSSP5-8.5への増減率のいずれも減少となっている。男性90-94歳の新生物による死亡率の推移(図表14-1-1)を見ると、SSP5-8.5はSSP1-2.6よりも低下している。つまり、気候変動が激しくなると、新生物の死亡は減る結果となっている。
これについては、気候変動と新生物の間に因果関係があることは考えにくい。むしろ、近年、温暖化と新生物死亡率の低下がそれぞれ進んでいることが、回帰式の作成過程で、相関関係としてとらえられていることが原因と考えられる。
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53 図表14-1-2の通り、女性90-94歳では新生物による死亡率の推移は経路間の差異は微小となっている。男女で傾向が異なる原因について、図表を表示したページの注記で回帰計算に関する検討結果を述べてはいるものの、因果関係については明らかになっていない。更なる分析を要するものと考えられる。
(2) 75—79歳群団の死亡の推移
年齢群団別の死亡数の増減率(図表24-1~24-3)を見ると、2081—2100年の死亡数は、85歳以上の年齢群団では、SSP1-2.6からSSP5-8.5への増減率は増加となっている。一方、75—79歳、80-84歳の年齢群団は減少となっており、特に75-79歳は大きな減少となっている。
これについては、年齢群団に固有の要因(いわゆる年齢コホートの要因)があることが考えられる。75-79歳の年齢群団に話を絞ってみる。回帰式計算で、学習データとして用いた死亡率の期間は2009-2019年だ。この時期に75-79歳であった人は、1930~1944年(昭和5~19年)生まれであり、幼・少年時代を戦中期に過ごした層である。戦時中の食糧難や感染症の蔓延など、食糧事情や衛生環境に関する過酷な体験が、気候変動に関して、他の年齢層と異なる死亡動向をもたらすとの仮説も立てられる。だが、具体的にどのようなメカニズムが存在しうるのかについては、慎重に検討・検証を行う必要があるものと考えられる。なお、このような年齢コホートの要因の存在が明らかになった場合には、これを予測から外すことが適切と考えられる。
(3) 男性と女性の月・季節ごとの死亡の相違
月別の死亡数の増減率(図表25-1~25-3)を見ると、2081—2100年の死亡数は、春先や秋から冬にかけて、死亡数が大きく増加する可能性があるとしている。これを男女別に見ると、男性は夏季、女性は秋季から春季にかけて気候変動の影響を受ける傾向が見られる。
これについては、一般に仕事等の関係で、夏季には男性のほうが女性よりも屋外で過ごす機会が多いことが影響している可能性がある。今後、温暖化が進み、夏季だけではなく、3月や10月にも高温の日が増えると、その影響が女性に顕著に表れる可能性があるものと解される。月や季節ごとの死亡の動向については、さまざまな経路が考えられるため、検討・検証を重ねる必要があるだろう。
(4) 関東甲信や近畿での死亡の推移
地域区分別の死亡数の増減率(図表26-1~26-3)を見ると、人口の多い関東甲信や近畿では、気候変動の影響が他の地域に比べて小さい傾向がうかがえる。こうした傾向は、男性で顕著となっている。
これについては、東京や大阪などの大都市では青年期や壮年期の人口の割合が地方に比べて高いことが影響しているものと考えられる。また、都市部ではヒートアイランド現象を通じて、気温上昇に対する備えや人々の意識が高くなっていることが要因の1つとして挙げられる可能性もある。
なお、本来、こうした結果の解釈は、因果関係の検証に基づくべきだが容易ではない。検証に疫学や生気象学等のさまざまな知見を要するためである。得られた疑問点や懸念点の1つ1つについて、継続的に取り組む必要があるものと考えられる。