医師の偏在是正はどこまで可能か-政府内で高まる対策強化論議の可能性と選択肢

2024年11月11日

(三原 岳) 医療

6|専門研修制度におけるシーリング
さらに、専門医の研修における都道府県ごとのシーリング(上限)設定を通じて、偏在是正が図られている。元々の専門医制度には「それぞれ学会が独自の基準で専門医を認定しているため、国民に分かりにくく、質の担保が不十分」などの課題が指摘されていたため、日本専門医機構と各学会が共同して研修プログラムを作成し、統一した基準で認定する仕組みに変えられた。

ただ、専門医の質を追求すると、養成施設の要件が厳しくなり、地域間・診療科間の医師偏在が助長されてしまう危険性があるため、地域・基本領域ごとの専攻医採用数に上限を設けるシーリングが設定されることになった。

具体的には、厚生労働省が試算した「都道府県別・診療科別の必要医師数」に基づき、「既に必要医師数を確保できている」と考えられる都道府県や診療科ではシーリングを設定。その上で、一定程度の要件を満たす場合、「都市部等での1年半未満の研修」「医師不足地域(医師充足率が80%未満)での1年半以上の研修」を可能とするプログラムの設置がシーリングの枠内で認められる。

さらに、一定程度の要件を満たす場合、「都市部等での2年未満の研修」「医師不足が極めて顕著な地域(医師充足率が70%未満)での1年以上の研修」を可能とする「特別地域連携プログラム」がシーリングの外で設置されている。

つまり、医師が集まりやすい都市部よりも、医師が不足している地域での研修機会を増やすことで、医師が足りない地域で働く臨床医を増やすことが企図されている。
7|医学部定員を削減しつつ、偏在是正を目指す動き
一方、厚生労働省は地域枠の数を都道府県間で調整することで、医師偏在を是正することも目指している。元々、厚生労働省は医師の需給について、2029~2032年頃にピークに余剰になるとみており、2018年版と2019年版の骨太方針では2022年度以降の医学部定員を減員する方向で検討する旨が盛り込まれていた。その後、新型コロナウイルスの感染拡大で見直しを議論できなくなったため、2022年度以降の医学部定員は暫定的に継続されている。

こうした中、厚生労働省は2024年1月、日本医師会(以下、日医)の代表や自治体首長などで構成する「医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会」(以下、偏在対策検討会)を設置し、医学部の定員を削減しつつ、偏在是正を目指す議論を開始した。特に、臨時定員数の一部に関して、医師偏在指標の医師少数都道府県に対し、地域枠を振り向けようとしており、この方向で2025年度、2026年度は進める予定となっている。
8|地方勤務経験の要件化など、その他の施策
さらに、地方勤務経験を促すインセンティブとして、診療所などの支援を担う「地域支援病院」のうち、医師派遣などの機能を有する病院の管理者については、医師少数区域で180日間勤務する経験を義務付ける仕組みが2020年度からスタートしている。

具体的には、▽在宅医療など患者の継続的な治療や保健指導、急変時の対応、▽多職種連携介護への参加など、他の医療機関や介護・福祉事業者との連携、▽地域住民に対する健康診査や保健指導――などの活動を医師少数区域で約半年間、経験した医師については、国が認定する。その上で、認定された医師に限り、地域医療支援病院のうち、医師派遣などの機能を有する病院の管理者とする仕組みである。

このほか、既述した「へき地保健医療計画」による医師確保とか、自治医科大学による医師養成・派遣に加えて、▽都道府県に設置が義務付けられている「地域医療支援センター」「へき地医療支援機構」などを通じた僻地への医師派遣、▽自治医科大学の卒業生を中心に、1986年5月に発足した「地域医療振興協会」による僻地で働く医師向け研修――などが実施されている。
9|自治体独自の対策
こうした国の制度改正とは別に、医師不足に悩む地域を中心に、自治体が独自に対策を打っている6。20年ほど前から医師確保に取り組んでいるのが北海道内の市町村であり、稚内市は2006年3月、「市開業医誘致条例」を制定し、これに沿って診療所を10年以上開業する見込みのある医師に対し、診療所の土地、建物など取得費などとして最大3,000万円を支給している。

同じ北海道では、士別市が2011年2月、開業医誘致条例を制定し、最大1,000万円を助成しているほか、紋別市は2021年7月、中標津町は2023年3月、美幌町は2024年3月に、それぞれ同様の条例を制定するととともに、誘致に必要な経費を支援する仕組みを整備している。このほか、北海道に基盤を置く北海道エアシステムは2023年10月以降、根室地域に赴任する医師などを対象に、丘珠ー根室中標津線の航空券を無償で提供している、

そのほかの地域でも、同様の動きが見られる。例えば、長野県辰野町と鳥取県智頭町は開業医誘致のために最大5,000万円を支援することを決めたほか、鹿児島県大崎町はクラウドファンディングで寄付を募りつつ、内科・小児科を開業する医師に対し、最大1億円を助成するとしている。小児科医を誘致するため、鹿児島県志布志市は最大1億円、山形県米沢市は最大1,000万円を支援する制度を2024年度から始めている。

医師養成課程から偏在是正を意識している取り組みとして、新潟県が注目される。同県では地域枠の拡充による医師確保に加えて、経営などの視点を学べる県独自の講座を開設するなど、若手医師の人材確保に関して活発な動きを見せている。このうち、地域枠については、2019年12月、新潟大学医学部と「地域枠に係る協定」を締結し、地域枠の拡大に向けた方向性を確認した。
 
6 自治体独自の施策については、それぞれの市町村のウエブサイトに加えて、『朝日新聞』『毎日新聞』『北海道新聞』『山形新聞』『新潟日報』『信濃毎日新聞』『南日本新聞』『m3.com』を参照。

4――偏在是正策の評価

4――偏在是正策の評価

こうした対策は一定程度、奏功している面があり、例えば新潟県では地域枠の拡充などを通じて、県外大学出身者の割合が増えている。

しかし、全体として偏在は進んだ。例えば、2016年の時点で医師偏在指標の最大値と最小値の差が160.1だったが、2020年に172.6に拡大していた。同じ数字は2次医療圏単位でも、680.9が693.1に広がっていた。

実際、地方の医師不足を巡る報道は枚挙に暇がない7。例えば、埼玉県秩父地域では、夜間救急の輪番制が維持できなくなっているほか、高知県では分娩施設の縮小が相次いでいる。栃木県足尾地域では、唯一の救急告示病院が利用者減や人手不足を理由に挙げ、3年後の廃止を目指して段階的に縮小する方針を示した。厳しい財政事情の中、先に触れた通り、医師誘致のための独自制度を設ける市町村が増えているのも、医師不足に対する危機感の表れであろう。

こうした偏在が起きている背景として、いくつかの要因を指摘できる。地域や診療科ごとに原因が異なる面があるが、共通して言えることとして、都市部には専門的な技術を学べる機会が多いため、医師が集まる傾向が強い反面、逆に地方では人口減少が加速している上、開業医の高齢化も進んでいるため、医療機関の統廃合が進んでいる点が考えられる。実際、2024年10月に厚生労働省が公表した推計では、診療所が存在しない市町村は2022年時点で77であるのに対し、2040年時点では342に増えるという。

さらに「医師の働き方改革」の影響も懸念されている8。2024年4月から本格施行された同改革では、勤務医の超過勤務に上限が設定された結果、大学病院の運営が回らなくなり、大学病院から地域の医療機関に派遣されている若手医師の引き揚げが起き、地域の医師不足が深刻化するのではないか、との懸念が一部で示されていた。

実際、厚生労働省が2024年3月までに実施した都道府県向け調査では、「大学や他の医療機関から派遣されている医師について、働き方改革に関連した引き揚げの予定があり、2024年4月以降に診療体制の縮小または地域医療提供体制への影響が見込まれるか」という質問に対して、「医師の引き揚げによる診療体制の縮小が見込まれる」と回答したのは49医療機関あり、うち21医療機関は「自院の診療体制の縮小により地域医療提供体制への影響もあり」と回答していた。

こうした状況の下、医師不足の地域の知事で構成する「地域医療を担う医師の確保を目指す知事の会」は働き方改革の悪影響について、強い懸念を示している。これは岩手県や新潟県など、医師不足に悩んでいる12道県の知事9で構成しており、2020年1月に発足した後、国などに提言を繰り返している。最新の2024年8月の提案では「医師が不足している地域における医師確保が図られないまま、時間外労働の規制の取組などの医師の働き方改革が推進された場合、当該地域における医療提供体制に多大な影響を与える」などと指摘し、大学病院による医師派遣に対する財政支援の拡充などを訴えていた。

結局、懸念された事態はひとまず回避10された形であり、厚生労働省事務次官の伊原和人氏も「(筆者注:働き方改革施行時期の)4月は何とか乗り越えた」と述べている11が、残業時間の削減は労働投入量を意味するため、中長期的に見ると、医師の超過勤務で維持されていた機能が縮小するなど、診療体制の見直しは避けられない。

このため、医師の働き方改革の影響は今後、ジワジワと広がる可能性が高い。こうした状況の下、偏在是正対策を強化する必要性が武見氏から示され、議論が加速したというわけだ。次に、武見氏の問題提起からの流れを整理する。
 
7 秩父地域や高知県の状況については、2024年10月19日『下野新聞』、10月12日『読売新聞』、同年7月3日『毎日新聞』、同年3月21日『高知新聞』などを参照。
8 これは医師の超過勤務抑制を促すとともに、健康確保措置の実施などを義務付ける施策。詳細については、2023年9月29日拙稿「施行まで半年、医師の働き方改革は定着するのか」、2021年6月22日拙稿「医師の働き方改革は医療制度にどんな影響を与えるか」を参照。働き方改革との関係では、厚生労働省が「三位一体」の改革を提唱していた時期があった。これは医師偏在是正と医師の働き方改革、病院再編などを目指す地域医療構想の3つを組み合わせる考え方であり、2019年5月の経済財政諮問会議に出席した根本匠厚生労働相が「(筆者注:地域医療構想を)医療従事者の働き方改革や医師偏在対策といった医療人材に関する施策と三位一体で推進をいたします」とし、2040年をメドに「どこにいても質が高く安全で効率的な医療」を目指す考えを示していた。同日議事録と資料を参照。
9 構成メンバーは青森、岩手、秋田、山形、福島、茨城、栃木、群馬、新潟、長野、静岡、宮崎の各県知事。
10 この関係ではメディアの調査報道で、2024年4月時点で大きな影響が出なかった可能性が示唆されている。具体的には、全国の医師を対象にした調査で、「診療日や時間帯を減らすといった診療制限の影響」を尋ねる項目があり、「影響が生じている」と答えた大学病院の回答は公立や民間よりも7ポイントほど上回った。このため、大学病院が医師の派遣を続けた結果、地域の医師不足は回避できたものの、その分だけ診療制限を余儀なくされている可能性が示唆されている。2024年9月4日『日経メディカル』配信記事、同月3日『日本経済新聞』を参照。さらに、2024年10月に公表された日医の調査でも、医師派遣を受け入れている医療機関(2,927施設)では、引き揚げで医師数が昨年度よりも減少した医療機関は11.2%となり、直前調査の13.0%から減っていた。
11 2024年9月1日『社会保険旬報』No.2938におけるインタビュー記事を参照。

5――医師偏在を巡る最近の動向(1)

5――医師偏在を巡る最近の動向(1)~武見氏の唐突な発言~

「(筆者注:これまでも偏在是正を)試行錯誤してきたが、解消できない。地域において医師の数の割り当て、これも本気で考えなきゃならない」――。医師偏在是正の議論が盛り上がる契機は2024年4月、NHKの討論番組で示された武見氏の発言だった12

その後、国会で発言の真意を問われた武見氏は「問題を解決するためにはやはり思い切った手だてがこれからは必要になる」「医師数の割当てといったようなことも一つの検討課題になってきたということをあの場で申し上げた」と説明13。別の日の国会14でも、既存の取り組みの実効性に疑問を呈しつつ、「私も相当覚悟を持って発言したつもりであります」「ある一定の規制の方法を含めて、かなり、前例にとらわれない方法でこの問題を解決する、そういう政治的リーダーシップが今は必要になってきている」との認識を披露した。その上で、骨太方針までに検討を加速させ、同年12月末をメドに「具体的なもの」を作る意向を明らかにした。

その翌日の記者会見でも、「これまでの偏在対策をさらに進めるため、前例にとらわれない対策の検討を行うべき」「検討を行う際には、規制的手法だけでなく、インセンティブを組み合わせる方法やオンライン診療の活用等も組み合わせて包括的に検討したい」と意欲を示した15
 
12 2024年4月7日放映のNHK番組における発言。同日配信の『朝日新聞デジタル』記事を参照。
13 2024年4月10日、第213回国会衆議院厚生労働委員会における発言。
14 2024年4月15日、第213回国会衆議院決算行政監視委員会における発言。
15 2024年4月16日の記者会見における発言。厚生労働省ウエブサイトを参照。

保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳(みはら たかし)

研究領域:

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴

プロフィール
【職歴】
 1995年4月~ 時事通信社
 2011年4月~ 東京財団研究員
 2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
 2023年7月から現職

【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会

【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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