こうした対策は一定程度、奏功している面があり、例えば新潟県では地域枠の拡充などを通じて、県外大学出身者の割合が増えている。
しかし、全体として偏在は進んだ。例えば、2016年の時点で医師偏在指標の最大値と最小値の差が160.1だったが、2020年に172.6に拡大していた。同じ数字は2次医療圏単位でも、680.9が693.1に広がっていた。
実際、地方の医師不足を巡る報道は枚挙に暇がない
7。例えば、埼玉県秩父地域では、夜間救急の輪番制が維持できなくなっているほか、高知県では分娩施設の縮小が相次いでいる。栃木県足尾地域では、唯一の救急告示病院が利用者減や人手不足を理由に挙げ、3年後の廃止を目指して段階的に縮小する方針を示した。厳しい財政事情の中、先に触れた通り、医師誘致のための独自制度を設ける市町村が増えているのも、医師不足に対する危機感の表れであろう。
こうした偏在が起きている背景として、いくつかの要因を指摘できる。地域や診療科ごとに原因が異なる面があるが、共通して言えることとして、都市部には専門的な技術を学べる機会が多いため、医師が集まる傾向が強い反面、逆に地方では人口減少が加速している上、開業医の高齢化も進んでいるため、医療機関の統廃合が進んでいる点が考えられる。実際、2024年10月に厚生労働省が公表した推計では、診療所が存在しない市町村は2022年時点で77であるのに対し、2040年時点では342に増えるという。
さらに「医師の働き方改革」の影響も懸念されている
8。2024年4月から本格施行された同改革では、勤務医の超過勤務に上限が設定された結果、大学病院の運営が回らなくなり、大学病院から地域の医療機関に派遣されている若手医師の引き揚げが起き、地域の医師不足が深刻化するのではないか、との懸念が一部で示されていた。
実際、厚生労働省が2024年3月までに実施した都道府県向け調査では、「大学や他の医療機関から派遣されている医師について、働き方改革に関連した引き揚げの予定があり、2024年4月以降に診療体制の縮小または地域医療提供体制への影響が見込まれるか」という質問に対して、「医師の引き揚げによる診療体制の縮小が見込まれる」と回答したのは49医療機関あり、うち21医療機関は「自院の診療体制の縮小により地域医療提供体制への影響もあり」と回答していた。
こうした状況の下、医師不足の地域の知事で構成する「地域医療を担う医師の確保を目指す知事の会」は働き方改革の悪影響について、強い懸念を示している。これは岩手県や新潟県など、医師不足に悩んでいる12道県の知事
9で構成しており、2020年1月に発足した後、国などに提言を繰り返している。最新の2024年8月の提案では「医師が不足している地域における医師確保が図られないまま、時間外労働の規制の取組などの医師の働き方改革が推進された場合、当該地域における医療提供体制に多大な影響を与える」などと指摘し、大学病院による医師派遣に対する財政支援の拡充などを訴えていた。
結局、懸念された事態はひとまず回避
10された形であり、厚生労働省事務次官の伊原和人氏も「(筆者注:働き方改革施行時期の)4月は何とか乗り越えた」と述べている
11が、残業時間の削減は労働投入量を意味するため、中長期的に見ると、医師の超過勤務で維持されていた機能が縮小するなど、診療体制の見直しは避けられない。
このため、医師の働き方改革の影響は今後、ジワジワと広がる可能性が高い。こうした状況の下、偏在是正対策を強化する必要性が武見氏から示され、議論が加速したというわけだ。次に、武見氏の問題提起からの流れを整理する。
7 秩父地域や高知県の状況については、2024年10月19日『下野新聞』、10月12日『読売新聞』、同年7月3日『毎日新聞』、同年3月21日『高知新聞』などを参照。
8 これは医師の超過勤務抑制を促すとともに、健康確保措置の実施などを義務付ける施策。詳細については、2023年9月29日拙稿「施行まで半年、医師の働き方改革は定着するのか」、2021年6月22日拙稿「医師の働き方改革は医療制度にどんな影響を与えるか」を参照。働き方改革との関係では、厚生労働省が「三位一体」の改革を提唱していた時期があった。これは医師偏在是正と医師の働き方改革、病院再編などを目指す地域医療構想の3つを組み合わせる考え方であり、2019年5月の経済財政諮問会議に出席した根本匠厚生労働相が「(筆者注:地域医療構想を)医療従事者の働き方改革や医師偏在対策といった医療人材に関する施策と三位一体で推進をいたします」とし、2040年をメドに「どこにいても質が高く安全で効率的な医療」を目指す考えを示していた。同日議事録と資料を参照。
9 構成メンバーは青森、岩手、秋田、山形、福島、茨城、栃木、群馬、新潟、長野、静岡、宮崎の各県知事。
10 この関係ではメディアの調査報道で、2024年4月時点で大きな影響が出なかった可能性が示唆されている。具体的には、全国の医師を対象にした調査で、「診療日や時間帯を減らすといった診療制限の影響」を尋ねる項目があり、「影響が生じている」と答えた大学病院の回答は公立や民間よりも7ポイントほど上回った。このため、大学病院が医師の派遣を続けた結果、地域の医師不足は回避できたものの、その分だけ診療制限を余儀なくされている可能性が示唆されている。2024年9月4日『日経メディカル』配信記事、同月3日『日本経済新聞』を参照。さらに、2024年10月に公表された日医の調査でも、医師派遣を受け入れている医療機関(2,927施設)では、引き揚げで医師数が昨年度よりも減少した医療機関は11.2%となり、直前調査の13.0%から減っていた。
11 2024年9月1日『社会保険旬報』No.2938におけるインタビュー記事を参照。
5――医師偏在を巡る最近の動向(1)