3|人員配置基準の特例的な柔軟化
3点目の「人員配置基準の特例的な柔軟化」に関しては、政府の規制改革推進会議が絡むなど少し複雑な動きがあったので、簡単に経緯を振り返る。
議論の始まりは2021年12月に開催された同会議の医療・介護ワーキング・グループに遡る
16。この時、牧島かれん規制改革担当相(当時)が「介護制度の持続性向上、あるいは、介護分野の人への投資の強化につながる規制改革として、データやテクノロジーの最大活用を通じ、介護サービスの生産性向上や介護人材の処遇改善を進める必要があります」という問題意識を披露した後、テクノロジーの活動など官民の好事例が紹介された。
特に、大手損害保険会社グループによる事例報告では、(1)テクノロジーとデータを活用した職員教育、(2)心身の状態や価値観などを考慮した「カスタムメイドケア」の定着に向けたケアマネジメントの強化――などの取り組みを通じて、定員100人の先行モデル施設では食事配膳や洗濯、記録などの間接業務を大幅に削れたことが紹介された。さらに、介護スタッフが高齢者との対話など「人にしかできない業務」の時間を増やせたことで、介護の品質が上がった点も強調された。
その上で、高齢者3人に対して常勤職員1人を配置する「3:1基準」の見直しに向けた提案として、モデル事業の実施とデータ収集・評価の必要性が強調された。つまり、テクノロジーの導入などを通じて、3:1基準を4:1基準(高齢者4人に対して常勤職員1人を配置する基準)などに見直すことができれば、少ない人員で現場が回せる可能性を指摘したわけだ。
これに対し、介護現場では戸惑いや不安が広がった。例えば、2022年2月に開かれた規制改革推進会議の会合
17では、特養などで構成する全国老人福祉施設協議会が3:1基準を見直した場合、「運営基準で求められている施設内の各種委員会や研修会を開催できない」「職員が有給休暇を取得できない」といった事態が予想されるとし、見直しは相当困難と主張した。
結局、2022年6月に閣議決定された規制改革実施計画では、「特定施設(介護付き有料老人ホーム)等における人員配置基準の特例的な柔軟化」という項目で、厚生労働省が下記の3点に取り組む旨が盛り込まれた。
- ビッグデータ解析、センサーなどのICT技術の最大活用、介護補助職員の活用等を行う先進的な特定施設(介護付き有料老人ホーム)等において実証事業を実施し、現行の人員配置基準より少ない人員配置であっても、介護の質が確保され、かつ、介護職員の負担が軽減されるかに関する検証を行う。
- 当該検証の結果を踏まえ、先進的な取組を行うなど一定の要件を満たす高齢者施設における人員配置基準の特例的な柔軟化の可否について、社会保障審議会介護給付費分科会の意見を聴き、論点を整理する。
- 当該論点整理を踏まえ、同分科会の意見を聴き、当該特例的な柔軟化の可否を含めた内容に関する所要の検討を行い、結論を得次第速やかに必要な措置を講ずる。
つまり、2022年度から実証事業を開始し、その結果を2024年度介護報酬改定に反映する方針が盛り込まれたわけだ。結局、2023年度までに実施された厚生労働省の実証事業では、テクノロジーの導入などを通じて、職員の負担軽減や満足度向上などを図りつつ、2022年度の1法人12施設では2.49対1から2.88対1に、2023年度の3法人5施設では2.73対1を2.86対1に変更できたという結果が得られた
18。
これを受けて、2024年度介護報酬改定では、特定施設入居者生活介護、地域密着型特定施設入居者生活介護のサービスを対象に、要件を満たした場合、3:1基準が特例的に緩和されることになった。
具体的な要件、基準は図表6の通りであり、▽利用者の安全、介護サービスの質の確保、職員の負担軽減に資する方策を検討するための委員会において必要な安全対策について検討している、▽見守り機器などのテクノロジーを複数活用している、▽職員間の適切な役割分担の取り組みなどをしていること、▽上記取り組みで介護サービスの質の確保、職員の負担軽減が行われていることがデータで確認されること――といった点が定められている。