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クリエイティブオフィスの基本モデルと行きたくなるオフィスの関連付け
従業員が出社したくなるようなオフィスの標準的な雛型として是非参照して頂きたい「リファレンスモデル(reference model)」として、筆者が提唱する「クリエイティブオフィスの基本モデル」
9を紹介したい。従業員の創造性を企業競争力の源泉と認識し、それを最大限に引き出しイノベーション創出につなげていくための創造的なオフィスを「クリエイティブオフィス」と呼ぶ。本モデルには、本稿で考察した論点がすべて盛り込まれている。
クリエイティブオフィスの基本モデルは、クリエイティブオフィスの在り方・原理原則を示し、筆者が先進事例の共通点から抽出したものであり、コロナ前後で変わるようなものではない。まずこの基本モデルを貫く大原則は、オフィス全体を街や都市など一種の「コミュニティ」や「エコシステム」
10として捉える設計コンセプトに基づいている、ということである(図表6)。筆者はさらに、この大原則の下で、5つの具体的な原則を掲げている。すなわち、①従業員間の交流・つながり・信頼感(=企業内ソーシャル・キャピタル
11)の醸成、②様々な利用シーンを想定した多様なスペース・働く場の設置、③地域コミュニティとの共生、④従業員の安全・BCPへの配慮、⑤従業員の心身の健康(ウェルネス)への配慮、の5つである(図表6)。
この基本モデルを構成する原理原則のうち、本稿で考察してきた論点との関連性が特に強いものは、大原則、具体原則①、具体原則②、具体原則⑤の4つだ。従業員が出社したくなるようなオフィスの原理原則について、クリエイティブオフィスの基本モデルと関連付けてまとめると、次のようになるだろう。
まず大原則との関連では、ふらっと訪れるとセレンディピティ(思いがけない気付き・発見)に出会えて誰もがワクワクできるような、街や都市をモチーフとしたオフィスコンセプトに基づくことが極めて重要だ。行きたくなるオフィスの根幹を成す部分となる。
具体原則①との関連では、イノベーションの源となり得る「アイデアの生成回路」のスイッチを入れるためには、他部門の従業員との交流・つながりを促進する休憩・共用スペースの設置や執務フロアのレイアウトにおける工夫や仕掛けが欠かせない。
しかし、従業員間の交流を促す機能だけでは、アイデアの生成プロセスを完結させることはできない。従業員間の交流フェーズで得た気付きやインスピレーションをイノベーションにつながり得るアイデアに仕立て上げるためには、交流フェーズに続いて間を置かずに、集中フェーズや少人数での濃密な議論のフェーズまで同じオフィス内にて一気通貫で経なければならない。交流フェーズと集中フェーズを中断・分断するのは極めて非効率だ。そこで具体原則②の実践が重要となってくる。すなわち、街や都市などコミュニティをモチーフとするオフィスコンセプト(大原則)の下で、従業員のその時々の働く環境の多様なニーズに応じた多様な利用シーンに対応できるように、多様性や利便性を兼ね備えた魅力的な街・都市の主要な機能を模して、できるだけ「フルパッケージの機能」を再現・装備することが求められる。
従業員が望むオフィス環境は、個々の嗜好や性格特性、その時々に取り組んでいる業務の内容や気分・体調などによって異なる。このことは、行きたくなるオフィスを単一の機能のみで構成することは難しく、やはりフルパッケージ機能の装備が望ましいことを示唆している。具体原則②の実践により、企業が従業員の働く場の多様なニーズにできるだけ寄り添った対応・サポートを行うことは、従業員の働きがい・快適性・ウェルネス・ウェルビーイングを向上させるため、具体原則⑤(従業員の心身の健康への配慮)の実践にもつながっていくこととなる。このような従業員のウェルネスに配慮する「ウェルネスオフィス(wellness Office)」
12では、多くの従業員が満足度を高め、愛着や誇りを持てる場に進化していくことで、企業文化や会社への帰属意識の醸成にもつながっていく。このような機能は、従業員間の交流を促す機能に特化したオフィスが担うことは難しいと思われる。