2|過去の豪雨災害と対策
こうした高齢者施設の災害については、今回が初めてとは言えません
5。例えば、2009年7月の豪雨では山口県防府市の特養が土石流に見舞われ、入居者7人が亡くなりました。さらに、2010年10月には鹿児島県奄美市では集中豪雨でグループホーム(認知症共同生活介護)が浸水し、入居者2人が命を落としています。2016年8月の台風による豪雨でも、岩手県岩泉町のグループホームが浸水し、入居者9人の命が失われています。
これに対し、関係府省庁による手立ても講じられてきました。例えば、水防法や土砂災害防止法、津波防災地域づくり法は社会福祉施設、学校・幼稚園、病院・診療所などを対象とした「要配慮利用施設」の管理者に対し、避難計画の策定や避難訓練の実施を義務付けています。さらに計画作成や避難訓練に関して、国からマニュアルやガイドラインも示されています。
このほか、東日本大震災を踏まえた2013年6月の災害対策基本法改正を通じて、▽高齢者、障害者、乳幼児など配慮が必要な人(要配慮者)を受け入れるための設備、器材、人材を備えた「福祉避難所」の設置、▽要配慮者のうち、避難時に特に支援を要する人を対象とした「避難行動要支援者名簿」の作成――が市町村に義務付けられています。このうち、福祉避難所については、2019年版『防災白書』によると、2018年10月1日現在で8,064カ所が指定されており、協定の締結などを通じて確保している施設も含めると2万2,579カ所が確保されているとのことです。さらに総務省消防庁の調査によると、避難行動要支援者名簿についても、2019年6月現在で99.9%の市町村が作成済みとのことです
6。
介護保険制度の枠組みでも手立てが打たれており、特養などの介護保険施設については、避難場所や経路、人員体制、指揮命令系統などを示す「非常災害対策計画」の策定が義務付けられています。
しかし、それでも痛ましい災害が絶えない背景の一つとして、近年の雨の降り方が異常な点が挙げられます。このため、高齢者施設だけでなく、堤防や排水施設でさえ、想定を超える水量に対応できていない事態が散見されます。さらに、高齢者介護の特性が考えられそうです。施設に入居する高齢者の場合、重度な人が多く、体が虚弱化しているか、重度な認知症になっているため、避難がスムーズに進まない面があります。
このほか、
第20回で述べた人手不足の問題です。災害対応ではリダンダンシー(冗長性)という概念があり、有事に備えて余分な人員や施設を持っておくことが推奨されるのですが、介護現場は少ない人員でギリギリの運営を強いられているため、災害対策のために余裕を持つことが難しい面もありそうです。実際、要配慮利用施設における避難確保計画の作成率は5割強にとどまります
7。さらに、特養を対象に実施した厚生労働省と国土交通省のアンケート調査
8によると、避難行動計画を策定している施設(1,874施設)のうち、避難先で施設利用者のケアなどで業務継続が可能としている施設は61%にとどまる上、2017年以降で避難訓練を実施している施設は24%に過ぎないそうです。さらにアンケートに対しては「業務継続のための必要品を外部の避難先に運び込むのは難しい」「施設利用者の人数が多いため、施設外への避難は難しい」「施設利用者の身体状態や職員数の問題により、施設外への避難は難しい」という答えが寄せられています。
このほか、高齢者施設の立地条件も考えられます。これは全ての施設について言えるわけではありませんが、浸水が懸念される区域など地価の安い地区に施設が立地される傾向があり、災害に巻き込まれやすい危険性があります
9。
5 ここでは詳しく触れないが、地震対策では高齢者の避難対策や災害関連死が問題となる。東日本大震災では2015年3月11日までに判明した分で、60歳以上の高齢者は1万396人にのぼり、全体の死者の約6割を占めているという。2015年版『高齢者白書』を参照。火災対策の関係では2009年、群馬県渋川市の老人ホームが火災に見舞われ、10人が亡くなった。
6 2019年11月13日総務省消防庁「避難行動要支援者名簿の作成等に係る取組状況の調査結果等」を参照。
7 2020年6月現在の数字。水防法に基づく避難確保計画は54.5%、土砂災害防止法に基づく避難確保計画は52.8%。国土交通省ウエブサイト「令和2年7月豪雨災害を踏まえた高齢者福祉施設の避難確保に関する検討会」2020年10月7日資料を参照。
8 調査は2020年11月に実施。有効回答数は5,120施設であり、避難行動計画作成対象は2,172施設。国土交通省ウエブサイト「令和2年7月豪雨災害を踏まえた高齢者福祉施設の避難確保に関する検討会」2020年12月18日資料を参照。
9 2020年11月21日『毎日新聞』によると、浸水の危険性が高い区域に約3割の特養が立地しているという。