しかし、いきなり細かく分かれた制度の説明に立ち入っても分かりにくいので、ここでは地域支援事業が創設、拡充された経緯を振り返っていこう。
地域支援事業が創設されたのは2006年度であり、この時は高齢者の虚弱化を防ぐ介護予防事業を導入するとともに、要支援者向けケアマネジメントや高齢者の虐待への対応なども含めた高齢者の相談窓口として、「地域包括支援センター」の設置・運営が図られた。
このうち前者は要介護リスクの高い人を対象にリハビリテーションなどを提供するのが主な目的であり、後者の地域包括支援センターは「在宅介護支援センター」を改組する形で誕生した
22。
では、なぜ地域支援事業を作ったのだろうか。介護予防事業については、給付費抑制を図る観点に立ち、介護予防の充実を訴える意見が与党から出たことが影響した。もう一方の地域包括支援センターに関して、当時の厚生労働省幹部は「義務的経費以外の補助金は毎年10%カットされる状況でした。そういう中で、一般の財源をつかった場合、地域包括支援センターの全国的な設置、普及は望めませんでした。(略)これは介護保険のための『特定財源』なのです。この仕組みであれば、10%カットとか、地方交付税回しと言われずに済みます」振り返っている
23。
これは霞が関の「パワーバランス」と予算編成のテクニック、さらに税金と保険料の違いが絡む点で非常に重要なコメントであり、少し補足を試みる。まず、こうした窓口の運営経費に関しては、介護保険給付に反映するわけではないので、原則論から言えば、財源は保険料ではなく、一般財源を用いるべきであろう。具体的には、税金を財源とした国庫補助金を国から市町村に分配するか、市町村に分配される地方交付税の計算にカウントする
24ことで、その必要経費を賄う方法である。
しかし、前者の場合、財務省の査定を毎年受ける分、単年度で必要経費を賄うのは難しい。さらに地方交付税を計算する際に必要経費を確保する後者の選択肢に関しても、国の基準通りに使うかどうか市町村の裁量に委ねられる分、地域包括支援センターの普及にバラツキが生まれる危険性がある。
そこで、介護保険料の一部を流用した「特定財源」として、地域支援事業が創設され、そこから地域包括支援センターの設置・運営経費を賄ったと言っているのである。実際、当時の制度改正では介護給付費の最大2%
25を地域支援事業に充当できる形とし、一定額が必ず地域包括支援センターの運営経費に回るようにした。
さらに、こうした判断を理解する上では、当時の地方財政改革を踏まえる必要がある。当時、国・地方税財政の「三位一体改革」が進んでおり、地方団体の要望を受け、国の裁量的な補助金は廃止・縮減する流れだった。
そこで、国庫補助金で実施していた事業の一部を地域支援事業に振り向けることで、介護保険制度の中に取り込んで保険料を充当するようにすれば、廃止・縮減の流れを回避しつつ必要額を維持できると考えられたのである。
21 煩雑になるため、詳しい説明は省略するが、財源の内訳は以下の通りとなっており、介護予防・日常生活支援総合事業(新しい総合事業)は在宅ケアと同じ割合、包括的支援事業と任意事業は第2号被保険者の保険料が除外されている。
・介護予防・日常生活支援総合事業(新しい総合事業)=国の税金25%、都道府県の税金12.5%、市町村の税金12.5%、第1号被保険者の保険料23%、第2号被保険者の保険料27%
・包括的支援事業、任意事業=国の税金38.5%、都道府県の税金19.25%、市町村の税金19.25%、第1号被保険者保険料23%
22 在宅介護支援センターは1990年度に創設された。看護婦、保健婦、介護福祉士といった専門家が利用者の相談に応じ、必要な保健福祉サービスを受けられるように調整することなどが主な役割とされた。
23 中村前掲書pp293-294。
24 正確に言えば、普通交付税の基準財政需要額の算定に際して、必要な人件費などをカウントする。ただ、普通交付税の算定に際しては、基準財政需要額から基準財政収入額を差し引くため、カウントされた額が自治体に配分されるわけではない。
25に言うと、地域包括支援センターの運営費である「包括的支援事業」、高齢者の虚弱化を防ぐ「介護予防事業」、市町村の裁量で決められる「任意事業」のそれぞれについて、上限は給付費の2%としつつ、これらの地域支援事業全体については、給付費の3%以内という上限を設定した。