2|人材・組織の在り方
(1) データ利活用を自分事として捉え業務に活かす創意工夫を凝らす努力が不可欠
企業では、プログラミングやデータ分析などAI・IoT分野の高度な技術・専門性を備えている、データサイエンティストなどの高度専門人材の育成・確保は勿論急務だが、経営層・従業員を問わずあらゆる構成員が、データ利活用を受け身や他人事ではなく「自分事」として捉え、AI・IoTによる分析データの持つ意味をしっかりと考え、データ分析を各々の業務・タスクに取り入れ、うまく利活用するための創意工夫を凝らす努力を日々続けることが不可欠である。
(2) AI・IoTによる分析結果を鵜呑みにせずに吟味して施策・戦略に落とし込むべき
AI・IoTにより自動的にデータ分析される利便性に安住し、その分析結果を十分に確認・吟味しないまま鵜呑みにして機械的に業務・タスクの意思決定に用いるようなスタンスが企業内に蔓延してしまうと、人間の能力拡張どころか、逆に能力の退化を招いてしまい、AIに真っ先に代替される人材を増やしてしまうことになりかねないことに、経営層や従業員が十分に留意すべきである。
本来の在るべき姿は、膨大なデータの中に存在する、人間では気付けない相関性やわずかな予兆の検出・把握などをAIに整理・提示させ、人間がそれを吟味して施策・戦略に落とし込むことだ。筆者が「
AIの産業・社会利用に向けて」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2018年3月29日にて指摘したように、「AI・IoTの利活用によって、人間は本来不得意な業務から解放され、より高度で創造的な業務・活動を行い、ワークスタイルとライフスタイルを豊かにすることが、第4次産業革命の下での社会の在るべき姿だ。AI・IoTをどのような目的のためにどのように使い、AI・IoTによる分析結果をどのように理解・判断し、そして業務にどのように活かすのかを決定すること、言わば『AI・IoTマネジメント能力』は、今後我々人間にとって重要な役割やスキルになってくるだろう」。
(3) 組織を挙げた意識改革によるデータ利活用と改革を牽引するキーパーソンの存在が重要
データサイエンティストなどの高度専門人材の知見・技術に裏打ちされた精緻なデータ分析を前提に、組織を挙げた「意識改革」によるデータ利活用の実践が重要である。この点では、MLBのアストロズに学ぶべき点が多い。
データ利活用への意識改革を推進する上で、それを牽引するキーパーソンの存在が望まれる。アストロズのルーナウGMのように、リーダーシップやマネジメントノウハウなどを持った優れた外部人材を登用することも選択肢の一つだが、インターネットや携帯電話・スマホなどが普及した環境で育ってきた「デジタルネイティブ」であるミレニアル世代などデジタル技術に精通した社内の若手人材が、社員ボランティア(アンバサダー)となって意識改革の旗振り役を担うことも一法だろう。
(4) データ革命による競争ルールの抜本的変化に対応する組織の柔軟性が必要
MLBと同様に産業界でも、世界的にAI・IoTを利活用した「データ革命」が進展しつつあり、これは競争のルールが抜本的に変わる大きな環境変化だ。
エンゼルスの大谷選手がMLBに渡り大きな環境変化に直面し、それに対応するために、日ハム時代にはやっていなかったデータ利活用を取り入れたように、我が国企業の経営層や従業員も、産業界を取り巻く競争環境の抜本的な変化に対応して、データ利活用へ大きく舵を切る、マインドセットの転換が必要である。これまでのやり方に捉われずに、環境変化への抜本的な対応もいとわない、組織・経営の柔軟性が求められる。
(5) データ分析から導かれた戦略の最適解は変化し得ることに留意すべき
MLBでは、「データ革命の下では、各選手・チームが互いに切磋琢磨してデータ分析を行い、それに基づいた対抗策を打ってくるため、バッター・投手・野手にとっての『最適解』も不変ではなく、変化し得る」と述べたが、この点は産業界でも全く同様である。
AI・IoT時代では、各企業がデータ分析・利活用で競い合う結果、データ分析から導かれた戦略の最適解は変化し得ることに留意すべきだ。この点からも、「データ利活用時代」では、経営層や従業員には、変化への柔軟な発想・対応が求められる。最適解が変化し得る時代こそ、経営層や従業員には、受動的な「AI任せ」のスタンスではなく、従来以上に自らが分析データの持つ意味をしっかりと考え抜き、そして見極めて判断する能力が求められるのではないだろうか。
(6) 従来のセオリーと異なり得るAIの分析結果にはデザイン思考で臨むべき
AI・IoTによる分析から導かれる戦略案には、MLBでのフライボール革命のように、従来のセオリーとは全く異なるものが多く含まれる可能性がある、と予想される。それは、ビッグデータから人間では気付けない関係性やわずかな予兆を捉えることこそが、AIの強みであるからだ。
従来のセオリーと異なるために、AIが提案する戦略案をすぐに却下するのではなく、シリコンバレー流のデザイン思考(Design Thinking)
15を取り入れ、しっかりと吟味しつつも、とりあえず試してみて、効果がなければ修正または棄却すればよい、との柔軟な発想(トライ&エラーの発想と言い換えてもよい)で臨むことが重要だ。
15 製品サービスのアイデアを完成品にまでじっくりと作り込んでから市場に投入するのではなく、高速でプロトタイプ(試作品)を作り(rapid prototypingと言う)、ユーザーからフィードバックを得て改良を加えて試行錯誤を繰り返しながら製品サービスを開発するなど、デザイナーの思考プロセスを取り入れた、課題解決のための思考法。社内で完璧と思われる製品サービスに仕上げるまでは市場には投入しない傾向が概して強い日本企業が、苦手とする思考プロセスであると思われる。