(2) データの協調領域と競争領域の切り分けが重要
ただし、MLBでは、チーム間ですべてのデータを共有しているわけではないことにも注目すべきだ。アストロズでは、大量のIoT機器を駆使した独自のモニタリングシステムをマイナーリーグにまで導入するとともに、データを扱うプロフェッショナルを集結させた独自のデータ解析チームを組成している。チームを勝利に導くためには、自軍の選手を中心とした、より詳細なモニタリングについては、「協調」ではなく「競争」領域という判断なのだろう。
アストロズの事例は、「共通知」化できるデータは組織間で共有化・共用化しつつも、共有データのみに頼らずに、必要に応じてカスタマイズした独自データを収集・分析し、各々の組織で独自に補完・創意工夫を施すことも重要であることを示している。このようにデータについて、協調領域と競争領域に切り分けることは極めて重要だ。
(3) データを競争領域とする自動運転でも世界展開を図るならデータ共有の選択肢も
一方、米国のGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)
16など巨大ITプラットフォーマーは、顧客データを中心とするビッグデータを占有・独占するスタンスを取っている。すなわち、データの収集・分析・蓄積自体も競争領域とみなしている、とみられる。
また、既存の自動車関連メーカー(完成車、部品)やITプラットフォーマーなどが開発競争にしのぎを削る、自動運転技術では、心臓部のAIの能力強化のために、公道走行試験などから取得される膨大な走行映像データをディープラーニング(深層学習)によりAIに学習させる必要があるため、現時点ではこの画像データの収集・蓄積自体も極めて重要な競争領域とみなされている。
従来はサイバー空間での事業をメインとしてきたITプラットフォーマーである米アルファベット(グーグルを傘下に持つ持株会社)は、子会社ウェイモを通じて自動運転技術の研究開発で先行し、自動車関連産業への参入を試みている)
17。ウェイモによる米国での自動運転車の公道試験の累積走行距離は、世界最長の1600万kmと地球400周分に達したという(2018年10月発表)。しかし、断トツのトップとなる試験走行距離を誇るウェイモと言えども、カリフォルニア州を中心とした米国内だけでなく、世界中の走行映像データを収集するとなると、さらなる公道試験のために膨大な時間とコストを要することになるだろう。
自動運転技術の安全性を極限まで高めるためには、実走行試験に加えサイバー空間でのシミュレーションも駆使して、地域ごと、専用道・一般道ごとに想定され得る交通シーンを網羅的にAIに学習させる必要があるだろう。そもそもAIは、ディープラーニングの過程で学んでいない想定外の事象に対して、臨機応変に対応することができないからだ。しかし、このような無限に近い交通シーンを再現してAIに学ばせることは、現実的には難しい。そこで「世界の監督官庁にとって自動運転の安全性評価は共通の課題だ。『何をもって安全とするのか』が未だ確立されておらず、各国でも議論が始まったばかりだ」)
18。
このような中で、米国で自動運転技術やAI技術などの研究開発を行うトヨタ自動車の子会社Toyota Research Institute(TRI)の CEO(最高経営責任者)であるギル・プラット氏)
19は、「歴史的に、人々は、機械の不具合によるケガや死亡を一切許容しないということが示されています。そして、自動運転車の性能を左右する人工知能システムは、現時点では不完全であることが避けられないことを私たちは理解しています。では、どのくらいの安全が必要十分な安全なのか。非常に近い将来、この質問への答えが必要になります。私たちはまだ確かな答えを持ち合わせていません」「総合的には、試作段階の私たちの自動運転は様々な状況に対処できます。しかし、機械の対応能力を超える状況は未だに数多くあります。レベル5(※いかなる環境下でもドライバーなしで自動運転が可能な完全自動運転システム)の自動運転で必要になる完全性を実現するためには、何年もの機械学習や何マイルものシミュレーション・実走行によるテストが必要になるでしょう」「確かなことは、完全自動運転という究極の目標に向かって取り組むプロセスにおいても、可能な限り多くの方々の命を救うことを追求しなければいけないということです。なぜならば、例えば米国で、レベル4(※エリアを限定した完全自動運転)以上の自動運転車が街中を走るクルマの多くを占めるには、数十年もの時間がかかる」と米ラスベガスで毎年開催される2017 Consumer Electronics Show (CES2017)で語り、さらに直近のCES2019では「これ(※レベル5の自動運転)はすばらしい目標ですし、私たちもいつかは達成できるかもしれません。しかしながら、こうした自動運転システムが抱える、技術的・社会学的な難しさを甘く考えてはいけないと思っています。たとえば、絶え間なく変わる環境において、人間のドライバーと同等の、もしくはそれより優れた運転をするうえで必要な社会順応性をどのようにシステムに教えるのか。いつ歩行者が道を渡るか、もしくは交差点の信号が青なのに、警察官が『止まれ』のサインを出した際に警察官が指示していることをどのようにシステムに教えるのか。それに、自動運転車両でも発生が避けられない事故や死傷を社会が受け入れるには、相当な長い時間がかかることも気にとめなくてはなりません。自動車業界においてもIT業界においても、いま述べたような質問に完全に答えられる人はいないと思います」)
20と語った。自動運転技術の技術的・社会的側面から見た難しさについて、非常に真摯な姿勢で語っていることが極めて印象的だ。
このように自動運転技術の開発には、テクノロジーや社会的受容性の観点から、クリアすべき課題が非常に多く難易度が依然として高いとみられる中、自動運転技術を開発する企業が、全世界に向けた自動運転車やその関連サービス(MaaS:Mobility as a Service)を開発・上市することを目指すのであれば、仮想空間でのシミュレーションも駆使しつつも、基本的には、世界中で自動運転の走行試験データを取得することが必要となるだろう。しかし、それを1社単独で行うことは極めて難しいため、開発スピードを上げるとともに高い安全性を確保するためにも、今後は自動運転技術の世界展開に向けては、企業連携によるデータ共有という選択肢もあり得るのではないだろうか。
16 GAFAに関わる多角的な考察については、4大プラットフォーマーの戦略、死角、未来について23人の識者が徹底解説したムック本『徹底研究!!GAFA』(洋泉社、2018年12月発刊)を参照されたい。因みに、筆者は「Chapter1 GAFAのビジネスモデル」で「【Apple】高収益体質の礎を築いたサプライチェーン改革」を執筆している。
17 例えば第一弾として、ウェイモは、2018年12月に自動運転車を使った配車サービスを米アリゾナ州フェニックスで始めた、と発表した。
18 日刊工業新聞2019年2月27日「自動運転、乗り越えるべき壁(上)レアケースの収集」より引用。
19 TRIは2016年1月に米シリコンバレーに設立され、トヨタ自動車は2016年~2020年までの設立当初5年間で約10億ドルを投入する予定。社員数は約200名規模の予定(設立発表時の想定)。ギル・プラット氏は、米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)で「ロボティクス・チャレンジ」のプログラム・マネージャーを務めたことでも知られる。同氏は、2018年1月よりトヨタ本体のフェローを兼任している。
20 トヨタ自動車HP2017年1月5日「トヨタ・リサーチ・インスティテュート ギル・プラットCEOスピーチ参考抄訳(CESプレスカンファレンス)」、同2019年1月8日「CES 2019 トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)ギル・プラットCEOスピーチ参考抄訳」より引用。ただし、(※ )は筆者による注記。