本章では、6つの視点から、我が国の高度部材産業の今後の目指すべき方向についてまとめることとする。
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先端分野での技術優位性を磨き続ける不断の努力
前編4章で考察した通り、これまで高い国際競争力を有してきた日本の高度部材産業では、一部の製品で競争力に陰りが見え始めている一方で、技術難易度が高い製品群では、日本企業が依然として高い競争力を維持している。これらの製品群を維持強化すべく、その競争力を支える技術優位性を磨き続ける不断の努力が、日本の部材メーカーにとって、まず不可欠ではないだろうか。先頭を走るフロンティアとして技術を磨き続ける努力がなければ、海外の後発メーカーに追い上げられるリスクを高めることになりかねない。
一方、これまでにも海外メーカーの激しい追い上げに直面してきた日本の部材メーカーの中には、「技術難易度の高い先端分野で比較優位を一時的に持てたとしても、海外の後発メーカーにいずれキャッチアップされる」との想定の下で、この分野に経営資源を積極的に割かないという考え方を採る企業もあり得るだろう。先端技術分野では、研究開発に要するリードタイムが相対的に長く、投資規模も相対的に大きいため、研究開発に伴うリスクが大きい。また、先端技術分野のみにこだわらず、既存の成熟した「枯れた技術」を活かし切り、そこから残存者利益を安定的に確保する工夫も、企業戦略上極めて重要だ。しかし、だからと言って、我が国の部材産業がこのような先端技術分野において何も手を打たずに、海外メーカーの追い上げを待つだけのスタンスでよいだろうか。
筆者は、我が国では、フル活用すべき枯れた技術に加え、「テクノロジードライバー」と位置付けるべき先端技術を併せ持つことが、国レベルでの技術ポートフォリオ上、不可欠であると考える。先端技術分野に関わるイノベーションを社会の課題解決に向けて先導することは、欧米とともに先進国としての我が国が産学官を挙げて取り組むべき責務であり、また産学官の叡智を結集してそれに成功すれば、グローバル競争が激化する下で我が国の部材産業が差別化を図ることにつながっていくと考えられる。研究開発のリスクに耐えうるだけの強い企業体力を有する業界大手や、社会課題解決という社会的ミッションの実現に向けてハードルの高い研究開発に挑み、それをやり抜く気概を持つ起業家精神旺盛な企業などが、先端技術分野に関わるイノベーションを担い主導することが求められる。
また、現時点での先端技術は、次世代の製品開発につながり得ることにも着目すべきだ。例えば、薄型ディスプレイ分野では、低温ポリシリコン(LTPS:Low Temperature Poly-silicon)や酸化物半導体
2といった先端のTFT(薄膜トランジスタ:Thin Film Transistor)基板技術は、共通のバックプレーン技術として、現行の液晶パネルだけでなく、次世代の薄型ディスプレイとして注目される有機ELパネルにも活用されている。
先端分野の高度部材や川下製品に関わる研究開発については、個別企業での技術優位性を磨く自助努力に加え、国・政府系関係機関の競争的研究資金等による産学官連携プロジェクト等への研究開発助成
3や、産学官連携促進の触媒機能を担うオープンイノベーションの拠点整備(本章5節にて後述)などの行政支援も強く求められる。
2 代表的な酸化物半導体として、シャープが世界で初めて量産化に成功したIGZOが挙げられる。IGZOは、In(インジウム)、Ga(ガリウム)、Zn(亜鉛)、O(酸素)から構成される。
3 前編の4章1節(3)にて述べた通り、九州大学・安達千波矢主幹教授が開発に成功した、革新的な有機EL発光材料であるTADF材料は、内閣府最先端研究開発支援プログラム(通称:FIRST)の中で生み出された。本事案は、行政による高度部材分野での科学研究助成の重要性を示す、非常に顕著な事例の一つと考えられる。