1――はじめに
1|連邦地裁判決
2025年9月2日、米国コロンビア特別区連邦地方裁判所は、Googleに対して、シャーマン法2条(独占化行為の禁止)違反の是正に向けて、一定の措置をとるべきとする方向性を示した(これを責任裁判という)
1。これを受け、当事者は最終判決に向けた話し合いを行うこととされた。
経緯としては、2020年10月20日に米国司法省と11の州がGoogleに対してシャーマン法違反の申し立てを行い、その後38の州と地域が訴訟に参加することとなった。裁判所は責任の有無を判断する裁判と救済方法を判断する裁判を分割して審理することとした。2024年8月5日に責任裁判の判決が出された。その際、市場として認定されたのが、(1)一般検索サービス市場、(2)一般検索テキスト広告市場、(3)検索広告市場の三つである。責任裁判の判決では(1)と(2)の市場で独占力があると判断し、その独占を維持したことでGoogleはシャーマン法に違反すると判断した。なお、裁判所は(3)の市場では独占力を認めなかった。これらのGoogleの独占禁止法違反に係る責任裁判に関する判断は先のレポートで解説した
2。
本稿では、前回報告した責任裁判判決を前提に、一般検索市場における救済方法を判断した判決(本判決)を中心に解説する
3。本判決は原告(米国、州)がChrome等の売却等の構造的な救済策を求めたのに対して、これを否定し、他の救済策をとるよう判示したものである。
なお、本判決の特徴として、生成AIの発展を考慮に入れている点が挙げられる。裁判所は生成AIが一般検索エンジンのように機能することを予測し、Googleの生成AIであるGeminiとGoogleアシスタント等を含む独占的販売契約の締結を禁止すること等を判断した。
2|連邦地裁判決の要約
本判決は原告の主張の数が多く複雑であるため、最初に主な決定の要約を掲載している。本稿でも最初に主な結論を列挙する(表1。なお、本稿の図表はすべて筆者作成)。ただし、各用語については解説が必要であるため、本文読後にもう一度参照いただくと理解しやすいと考える。
2――生成AI
1|定義
裁判所はまず生成AIに関する定義を述べる。すなわち、生成AIとは機械学習
4技術を使用して、テキスト、画像、音声、コードその他のメディアを含む新しいデータを生成する人工知能の種類であるとする。生成AIのモデルとしては大規模言語モデル(LLM)がある。LLMはテキストまたはその他の種類のデータを入力として受け取り、予想に基づいてテキストまたはその他の出力を生成する生成AIのモデルの一つである。そして言語モデリングとは、AIが人間の言語を理解し、結果を生成するタスク(作業)を学習することをいう。この学習により、AIは短い単語のまとまり(トークンという)の前の文脈(シーケンスという)が与えられた場合に、次に出てくる可能性の高いトークンを予測するタスクを行う。
LLMでは人間の脳の働きを模倣しようとする計算モデルを採用し、数十億の変数(パラメータという)を用いて、次のトークンの確率を予測する。
ここで本項の以下で述べる概要について図示する(図1)。
4 機械学習(Machine Learning)とは、コンピューターに大量のデータを読み込ませ、データ内に潜むパターンを学習させることで、未知のデータを判断するためのルールを獲得することを可能にするデータ解析技術を指す(NTTデータグローバルソリューソンズHP)。
2|AIの検索機能への統合
(1) AIによる概要(AI Overview)
Google検索によるAI利用のひとつが「AIによる概要」機能である。利用者がGoogle検索にクエリ(検索のために入力する単語など)を入力すると「AIによる概要」は返された検索結果を取得する。そして、LLMを利用してそれらの結果の要約を生成し、検索エンジンが見つけたものの簡単な説明を検索結果の上部に表示する。なお「AIによる概要」が表示されるかは検索結果等により生成される信号(シグナル)により決定されるため、必ず生成されるわけではない。
(2) AIチャットボット
デスクトップやモバイルデバイスで利用できる対話型のAIで、OpenAIのChatGPTが典型例である。GoogleではGeminiを提供している。利用者はAIチャットボットに情報検索のためのクエリ(検索用に入力される単語)を入力することで対話をすることができる。チャットボットの回答にはウェブサイトの引用やリンクが含まれることがよくある。この点では一般検索エンジンと重複するが、AIチャットボットにはテキストの作成、コードの作成、画像やビデオの作成など一般検索エンジンにはない多くの利用方法がある。
(3) AIアシスタント
Googleアシスタントは、音声コマンドに応答してさまざまなタスクを実行できる仮想アシスタントで、近時、Googleでは生成AI機能を組み込んだGeminiアシスタントにアップグレードした。Geminiアシスタントはウェイクワード(Hey Googleなど)や電源ボタンの長押しで起動できる。
(4) デバイス上のAI
デバイス上のAIはクラウドベースのAIモデルと、デバイス限りのAIアプリとがある。Googleでは前者はGeminiアプリとして、また後者はGemini Nanoとして提供されている。後者はデバイス限りなのでプライバシーの保護と高速な応答が期待できる。
3|大規模言語モデル(LLM)
(1) LLMの構築
大規模言語モデルの事前トレーニング(pre-training)はi)一般にアクセス可能なデータ(publicly accessible data)、ii)第三者からのライセンスデータ(licensed data from third parties)、iii)人間の評価データ(human evaluation data)を使用して行われる。その後、第二段階として、製作者が持たせたい機能に特化させるために特定分野のデータを使って、事後トレーニング(post-training)が行われる。
(2) LLMの限界
LLMはトレーニングの内容と、トレーニングがいつ行われたかによって制約を受ける。一年前にトレーニングされたモデルでは今年の事象については応答できない。もう一つの制約としては「幻覚(hallucination、ハルシネーション)」の問題がある。利用者が外部情報を要求するクエリを入力した場合、一定の確率で誤った回答をする可能性がある。
(3) グラウンディング
利用者が外部の検索インデックス(検索エンジンに登録されたウェブページの情報)などを参照するクエリを入力することにより、LLMを検証可能な情報源と紐づけることができる(これをグラウンディングという)。グラウンディングにより最新性の問題と幻覚の問題を改善することができる。
4|生成AI市場
(1) 各社の製品
Googleは2023年2月に現在Geminiアプリと呼ばれる生成AIモデルをリリースした。DeepSeekは中国のテクノロジー企業で2024年12月に生成AIチャットボットをリリースして大きく成長した。Microsoftは入力に対して画像、テキスト、リンクを組み合わせた検索結果を表示するCopilot Searchを提供するとともに、検索エンジンであるBingに対して、Googleの「AIによる概要」に該当するサービスを提供するCopilot Answersを提供する。
OpenAIはChatGPTとして知られるAIチャットボットと、OpenAIのモデル上にAIアプリケーションを構築するためのAPI(application programming interface、プログラム同士をつなぐ接点となる機能のこと)の二つのサービスを提供している。Perplexityは米国のAI企業であり、入力に対して情報源を示す引用とテキスト形式の回答を出力する。Perplexityは事前トレーニングを行わず、DeepSeekなどがトレーニングしたモデルの事後トレーニングを行うのみである。
(2) 各社の競争
各社の競争は激しく、品質の優位性をめぐる争いが繰り広げられている。OpenAIの算定によれば、米国における各社のシェアは主にはOpenAIが85%、Claudeが3%、Geminiが7%であり、そのほか、PerplexityとCopilot がそれぞれシェアを有しているとのことである。
提携も多く行われており、たとえばOpenAIはApple、T-Mobile、Yahoo、DuckDuckGo、Microsoftと提携している。
(3) 生成AIの一般検索エンジン利用への影響
一般検索と生成AIは異なるが重複する製品であり、生成AIは現在の一般検索エンジンにとって代わるものではない。ただ、「AIによる概要」はGoogleの検索市場での地位を強化する可能性がある。
利用者が特定のウェブページにたどり着くために行うクエリ(ナビゲーションクエリという)は生成AIの利用方法には含まれない。なお、Geminiでは広告表示を行っていないが、ChatGPTでは商品購買を行うことも可能であり、このような使い方は今後拡大すると考えられる。
3――検索アクセスポイント
3――検索アクセスポイント
1|生成AIによる検索へのアクセス
Copilot のような検索を指向した生成AIは検索アクセスポイントと特定されているが、生成AI全体ではいまだその方向性が実現したとはいいがたい。Geminiでは応答画面中に表示されるGアイコンをクリックすると検索関連トピックが表示される。この機能は本来、幻覚回避のためのものであったが、ほとんど利用されていない。結果としてGeminiアプリからGoogle検索への流入はほとんどないとの原告側の証言がある。専門家の証言によれば、逆にこの仕様で検索に移行するのであればAI製品の失敗であるとのことである。
2|囲って検索(Circle to Search)
Androidシステムの画面で、指で画像を丸で囲うことで検索できる機能である。この機能を有効にするため、スマートフォンの委託製造会社等はユーザーインターフェースを変更する必要があるものの、システムとしてはAndroidシステムにデフォルトで実装されている。これも一つの検索アクセスポイントとなっている。
3|Googleレンズ
Googleレンズは最近Chromeに組み込まれた画像検索機能である。画像を撮影しその画像に基づいて検索を行う検索アクセスポイントである。
この機能はGoogle検索がデフォルトの検索エンジンとして設定されている場合にのみ利用できる。
4――Googleの配布契約(修正・権利放棄)
4――Googleの配布契約(修正・権利放棄)
GoogleはGoogle検索および生成AI製品を配布するための契約に関して、責任裁判の審理終結後において修正および権利放棄を行った。要約すると委託製造業者や携帯キャリアとの契約において、Google検索の排他的なデフォルト設定を行うとする項目を削除するものであるが、具体的には以下の通りである。
1|委託製造業者(OEM)
委託製造業者であるサムスンのAndroidスマートフォンにおいては、Google検索を画面上で検索ウィンドウとして設定するとともに、画面下部にChromeブラウザを表示することが収益分配契約(Revenue share agreement、RSA)で定められている。これに対してGoogleはアクセスポイントごとに収益分配金を支払うことになっている。2025年4月に修正されたRSAではこれらのGoogle製品を独占的に配布する義務がなくなった。新RSAでは委託製造業者はGoogle以外の検索エンジン、アシスタント、生成AIサービスを採用することができる旨、明示されている。
生成AIについてはRSAでカバーされていない。このためGemini商業契約(Gemini Commercial Agreement)が締結されている。この契約に基づき、サムスンはGeminiを実装し、これに対してGoogleは収益分配金を支払うこととされている。しかし、Gemini商業契約はサムスンがGoogle製品以外の生成AIを搭載することを禁止していない。
2|携帯キャリア
スマートフォンを提供するAT&TとGoogleが2024年12月に更新したRSAでは、アクセスポイントごとにGoogleが収益分配金を支払うこととなっているが、AT&Tが代替検索サービスを搭載することを禁止していない。Verizonとの間で2025年1月に更新したRSAでも同様の取り扱いとなっている。
なお、GoogleはMotorola、AT&T、Verizonに対して権利放棄書を送付しており、これらによるとGoogleアシスタントは選択制となり、Googleアシスタントを選択したときには収益分配金を受け取ることができるようになった。
保険研究部
研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長
松澤 登(まつざわ のぼる)
研究領域:保険
研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務
【職歴】
1985年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
2018年4月 取締役保険研究部研究理事
2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
2024年4月 専務取締役保険研究部研究理事
2025年4月 取締役保険研究部研究理事
2025年7月より現職
【加入団体等】
東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等
【著書】
『はじめて学ぶ少額短期保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2024年02月
『Q&Aで読み解く保険業法』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2022年07月
『はじめて学ぶ生命保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2021年05月
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