(2)金融システムの安定に関わる問題
トランプ2.0では、経済成長と金融覇権、経済安全保障などの理由から、規制緩和の方向に舵を切っている。連邦規制当局の規制を担う顔ぶれも変わった。連邦預金保険公社(FDIC)では25年1月20日からヒル副総裁が総裁代行を務める。FRBの金融監督担当副議長には同6月9日にボウマン理事が就任した。ともに世界金融危機後に国際合意し、段階的に導入されてきた銀行規制(バーゼルIII)最終化に関わるバイデン前政権の厳格な規則案に反対の立場をとってきた
7。
銀行規制・バーゼルIIIについて、米メディアのブルームバーグは、ボウマン副議長の下で、見直しが進められており、国際合意よりも厳格なバイデン政権期の規制案の大部分を撤回し、2026年1~3月期にも大手行の負担を軽減する新提案が示されると報じている
8。
暗号資産に関しては、バイデン政権の慎重かつ保守的なアプローチ
9を批判し、米国を「世界の暗号通貨の首都」にするべく法整備を進めている
10。通貨のデジタル化と国際決済との関わりでは、公的なオプションである中央銀行デジタル通貨(CBDC))は禁止、民間のオプションであるステーブルコイン(ドルなどの法定通貨や商品と価値が連動するように設計された暗号資産)を推進する構えである。7月17日には暗号資産関連の3法((1)デジタル資産市場構造法案(CLARITY法案)、(2)⽶国ステーブルコイン国家⾰新指導確⽴法案(GENIUS法案)、(3)反CBDC監視国家法案)が下院本会議で可決、うち②のGENIUS法は7月18日にトランプ⼤統領が署名し成立、他の2法案は上院で審議される予定である。
人事面でも暗号資産への傾斜は明確である。4月21日就任した米国証券取引委員会(SEC)のポール・アトキンス委員長は、コンサルティング会社「パトマック・グローバル・パートナーズ」の創業者で暗号資産セクターでの「ベストプラクティス (best practices)」設計や政策・規制アドバイスに関与してきた。7月15日に通貨監督庁(OCC)の長官に就任したジョナサン・グールド氏はブロック・チェーンのインフラ企業「ビットフューリー」で最高法務責任者(CLO)としてのキャリアを有する。
国際通貨基金(IMF)は年次で作成している「対外セクター報告書」の2025年版
11で国際通貨システムにおける4つの新たな潮流の1つとしてドル担保型のステーブルコインの拡大を取り上げ、他通貨に基づくステーブルコインが、より速いペースで拡大しなければ、ドルの支配的な役割の強化につながるとの考えを示している。
金融規制の緩和に前のめりで、トランプ大統領ファミリーによる利益誘導、利益相反に歯止めが掛かりづらくなっている
12点は、米国発の金融システムのリスクを高めているようにも感じられる。他方で、第2次世界大戦後の国際秩序に批判的な立場をとり、関税を相手国に譲歩を迫る圧力として活用し、中央銀行の独立性の侵害を厭わないトランプ2.0が、世界的な金融システム危機に基軸通貨ドルの「最後の貸し手」としての役割を果たすのか疑問を呈する見方もある
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7 ボウマン副議長は、就任後初の講演で、「世界金融危機後の改革の多くはより強靭で回復力のある銀行システムを確保する上で重要かつ不可欠であった」と評価しつつ、「変更の多くはバックワードルッキング」で「将来の予期せぬ結果や世界の将来像を十分に考慮していなかった」とし、「これらの変更のすべてが依然として適切であるかを評価すべき時期に来ている」と述べている("Taking a Fresh Look at Supervision and Regulation" Vice Chair for Supervision Michelle W. Bowman at the Georgetown University McDonough School of Business Psaros Center for Financial Markets and Policy, Washington, D.C., June 06, 2025)
8 "Fed Starts Talks on a Looser Version of Basel III endgame", Bloomberg Updated on August 2, 2025。バイデン政権期の最終化案と銀行業界の反発については小立(2025a)が詳しい。
9 トランプ2.0始動後の連邦銀行当局(FRB、FDIC、OCC)の暗号資産関連業務に対する姿勢の転換については小立(2025b)が詳しい。
10 大統領就任直後に発出された大統領令に基づいて設置された大統領デジタル資産市場作業部会が米国を世界の暗号資産の首都」とするための規制の体系に関する報告書を公表している。President’s Working Group on Digital Asset Markets(2025)
11 IMF(2025)
12 トランプ大統領ファミリーは、DeFi(分散型金融)プロジェクトのWorld Liberty Financial(WLFI)、ビットコインマイニングのAmerican Bitcoin、ミームコインなど暗号資産ビジネスを多角的に展開している(Eric Trump-backed crypto venture surges in market debut"Financial Times, Sep 4 2025)。
13 米ピーターソン国際経済研究所(PEEE)所長アダム・ポーゼン氏は、欧州システミックリスク委員会(ESRB)の年次総会の基調講演(Posen(2025b))で、過去の金融危機で活用されたFRBが他の中央銀行にドルの流動性を供給するスワップラインが政治化されることに警鐘を鳴らし、外国中銀は、ドルの流動性確保のために外需の共同化などをすべきと述べた。ESRBは2010年に設立されたマクロプルーデンス監督とシステミックリスクの防止・軽減に責任を負う機関。