東南アジア経済の見通し~景気は堅調維持、米通商政策が下振れリスクに

2025年03月21日

(斉藤 誠) アジア経済

2.各国経済の見通し

2-1.マレーシア
マレーシア経済は国内需要の継続的な拡大と輸出の回復により2024年の成長率が前年同期比+5.1%と、2023年の同3.6%から上昇して政府予測の+4.8%~5.3%の範囲内におさまった。10-12月期の成長率は前年同期比+5.0%となり、前期の同5.4%から鈍化したものの、堅調な成長ペースを維持していることが明らかとなった。(図表5)。

10-12月期は在庫の減少と設備投資の鈍化が成長率低下に繋がった。内需については、総固定資本形成(同+11.7%)はインフラなど長期プロジェクトの進展などにより建設投資(同+19.5%)が好調だったが、設備投資(同+4.1%)は米トランプ政権による貿易制限の脅威が高まるなか企業の設備投資意欲が陰り低調だった。これは生産調整により在庫投資が減少して10-12月期の成長率を大きく押し下げたことにも繋がる。一方、民間消費(同+4.9%)は労働市場の改善とインフレ圧力の後退、そして政府の低所得層向け現金給付制度「スンバンガン・トゥナイ・ラフマー」の給付などにより堅調に推移した。外需は、半導体製造の好調とインバウンド需要の回復により財・サービス輸出(同+8.5%)が堅調に拡大し、輸入の伸び(同+5.7%)を上回ったため、純輸出の成長率寄与度は+2.0%ポイント(前期:▲0.4%ポイント)と増加した。

先行きのマレーシア経済は、輸出が減速する一方で内需が堅調に推移して底堅い成長を予想する。まず外需は鈍化しそうだ。2025年は世界半導体市場の二桁成長が予測され、インバウンド需要は持続的な拡大が続くとみられるが、財・サービス輸出は好調だった2024年と比べて増勢が鈍化するだろう。一方、民間消費はインフレの加速が緩やかであり、労働市場の改善、公務員給与引上げや最低賃金上昇により押し上げられて堅調を維持するだろう。投資は政府の新産業マスタープラン(NIMP2030)の下でのイニシアチブの実施、米中貿易摩擦を背景に欧米や中国の半導体企業から投資を集めており、民間部門を中心に底堅い伸びが続くだろう。なお2025年度国家予算では財政赤字(GDP比)が3.8%(24年:4.3%)と低下しており、開発予算が横ばいであるため公共投資は鈍化するとみられる。

金融政策は、マレーシア中銀が2022年5月から段階的に利上げを実施し、政策金利を1.75%から3.00%まで引き上げた後、11会合連続で据え置いている(図表6)。2月の消費者物価上昇率は前年同月比+1.5%と、昨年から低水準で安定している。先行きは最低賃金引上げや年半ばに見込まれる燃料補助金の一部削減によりインフレ率が+2%台後半まで上昇するだろう。マレーシア中銀は景気が堅調を維持するとみて現行の金融政策を維持すると予想する。

実質GDP成長率は2025年が輸出環境の悪化により前年比+4.8%(2024年:同+5.1%)、2026年が同4.6%に低下すると予想する。
 
2-2.タイ
タイ経済は、2024年は遅れていた政府支出の執行や輸出の回復により尻上がりに成長率が加速、通年の成長率が前年同期比+2.5%と、2023年の同+1.9%から上昇した。10-12月期の成長率は前年同期比+3.2%となり、前期の同+3.0%から小幅に上昇、景気回復の動きが続いていることが明らかとなった(図表7)。

10-12月期の成長率上昇は投資と輸出の拡大による影響が大きい。まず外需については、財・サービス輸出(同+11.5%)がコンピュータやゴム製品などの工業製品の出荷増やインバウンド需要の拡大によって二桁成長に加速、原材料・中間財の需要増により拡大した財・サービス輸入の伸び(同+8.2%)を上回り、純輸出の成長率寄与度はプラスとなった。内需については、政府支出の大幅な増加により公共投資(同+39.4%)が加速、政府消費(同+5.4%)は増勢こそ鈍化したが、高めの伸びを維持している。タイでは24年度(23年10月~24年9月)国家予算が昨年4月に成立して以来、年金や公務員の医療費などの経常支出やインフラ開発などの資本支出が大幅に増加している。一方、民間消費の伸び(同+3.4%)は横ばい。民間投資(同▲2.1%)は金融機関による与信基準の厳格化に伴う自動車販売の不振等により低迷した。

先行きのタイ経済は成長ペースが徐々にダウンするとみられる。まず外需は貿易摩擦の高まりと輸出競争力の低下により財貨輸出の増勢が鈍化しよう。タイは対米貿易黒字が大きく、米国の関税引き上げの影響を受ける可能性が高い。また景気をけん引する観光セクターはコロナ禍前の水準を回復して増勢が鈍化するとみられる。内需については、民間消費は家計債務の高止まりから徐々に鈍化するだろうが、足元の良好な雇用環境と政府の1万バーツ(約4.5万円)の国民向け給付策(今年1月の第二弾に続き6月末に第三弾を予定)により当面は底堅く推移するだろう。投資は政治的安定の回復や政府支出の加速による民間部門の有効需要増大により持ち直しに向かうとみられる。

金融政策はタイ銀行(中央銀行)が2022年8月から金融引き締めを開始して政策金利を0.5%から2.5%まで引き上げたが、昨年10月に景気低迷と低インフレを受けて0.25%の利下げを実施、今年2月には追加利下げを実施して政策金利を2.0%としている(図表8)。2月の消費者物価上昇率は前年同月比+1.1%となり食品価格こそ値上がりしているが、国内需要が弱く中銀の物価目標(+1.0%~3.0%)の下限にとどまっている。先行きは景気過熱感が乏しく、インフレ率は+1%前後で落ち着いた推移が続くと予想する。タイ中銀は貿易摩擦の激化など景気下振れリスクが高まれば追加利下げに踏み切るだろうが、当面は利下げ余地の確保を優先して政策金利を維持すると予想する。

実質GDP成長率は2025年が投資の回復により前年比+2.8%となり、低成長だった2024年の同+2.5%から上昇するが+3%の政府目標には届かず、2026年が同+2.7%と若干低下すると予想する。
2-3.インドネシア
インドネシア経済は、2024年は大統領選挙(2月)や統一地方選挙(11月)などの関連支出の増加に支えられて通年の成長率が前年比+5.03%となり、3年連続で+5%成長を維持したが、政府目標の+5.2%には届かなかった。また10-12月期の成長率は前年同期比+5.02%と、7-9月期の同+4.94%から小幅に上昇して堅調な成長ペースが続いていることが明らかとなった(図表9)。

10-12月期は消費と輸出の拡大が成長率上昇に繋がった。外需は輸入の大幅な増加により成長率寄与度がマイナスだったが、財輸出(同+6.72%)は堅調に拡大、サービス輸出(同+17.55%)は外国人旅行者の増加により好調が続いた。民間消費(同+4.98%)は地方選の実施やホリデーシーズンの消費の活発化、良好な雇用環境の継続などにより過去5四半期では最も高い伸びとなった。一方、投資(同+4.33%)は大統領選挙後の先行き不透明感の緩和や低所得者向けの住宅購入支援策などにより持ち直しの動きもみられるが、全体として勢いが弱い。

先行きのインドネシア経済は、内需主導で+5%前後の成長を予想する。プラボウォ大統領は前政権の政策の継続性を明言しつつ独自政策を打ち出している。25年度予算案ではインフラ予算を前年比5%減の400兆ルピアと抑制する一方、学校給食無料化(71兆ルピア)などが含む教育分野を同+24.3%増の722兆ルピアとするなど福祉政策を拡充している。従って、公共投資は減速するが、政府消費の拡大が景気を支えるだろう。今年1月には付加価値税率が11%から12%に引き上げられたが、2ヵ月間の電気料金の割引やハイブリド車の奢侈税3%減税が実施され増勢の影響は緩和される見込みだ。また2025年は最低賃金が前年比+6.5%引き上げられており、民間消費は所得向上やインフレ圧力の緩和、そして金融緩和により堅調に推移するだろう。外需は、中国の景気刺激策が商品輸出の押し上げ要因となるが、米国の関税政策が逆風となり増勢が鈍化するだろう。一方、輸入は堅調な国内需要により増加するため、純輸出の成長率寄与度はマイナスとなるだろう。

金融政策はインドネシア中銀が22年8月から段階的に金融引締めを実施し、政策金利(7日物リバースレポ金利)を6.25%まで引き上げていたが(図表10)、昨年9月の会合で金融緩和に踏み切ると、今年1月には景気減速を警戒して追加利下げを実施して政策金利を5.75%に引き下げている。2月の消費者物価上昇率は前年同月比▲0.1%と、電気料金割引の影響で約25年ぶりのデフレだが、コアインフレ率は同+2.5%と緩やかに上昇している。先行きは景気に過熱感がみられず、コアインフレは当面+2%台半ばの水準で推移するだろう。インドネシア中銀は外部環境の不透明感から為替レートの安定を重視しつつ段階的に利下げを実施して、政策金利は25年末にかけて5.0%まで引き下げられると予想する。

実質GDP成長率は2025年が前年比+4.9%(2024年:同+5.0%)と低下、2026年が同+5.1%と小幅に上昇すると予想する

経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠(さいとう まこと)

研究領域:経済

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴

【職歴】
 2008年 日本生命保険相互会社入社
 2012年 ニッセイ基礎研究所へ
 2014年 アジア新興国の経済調査を担当
 2018年8月より現職

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