欧州経済見通し-緩慢な回復、取り巻く不確実性は大きい

2025年03月17日

(伊藤 さゆり)

(高山 武士)

1.経済・金融環境の現状

(実体経済:緩慢な回復が継続)
ユーロ圏の10-12月期の実質成長率は前期比0.2%(年率換算:0.9%)となり、7-9月期(前期比0.4%、年率1.7%)から減速した(図表3)。成長のトレンドをつかみやすい前年比で見ると10-12月期で1.2%となり、潜在成長率と見られる1%台前半程度まで回復したが(図表4)、競争力低下という構造的な課題を抱えるなかで力強さに欠ける伸びにとどまる。実質GDPの水準は、エネルギー高で景気停滞感が強まった22年夏(22年7-9月期)から2年以上が経過したが、わずか1.2%高い水準にとどまる(表紙図表1)。また、年初以降、米大統領に就任したトランプ氏の政策を巡る不確実性が大幅に増している。
10-12月期の主要加盟国の前期比成長率を見ると、ドイツ▲0.2%(前期:0.1%)、フランス▲0.1%(前期:0.4%)、イタリア0.1%(前期:0.0%)、スペイン0.8%(前期:0.8%)となり、スペインを除き冴えない(図表3)。前年比ではフランスやイタリアが0%台半ばの成長率にとどまるほか、ドイツでは6四半期連続のマイナス成長となっている(図表4)。22年夏対比で見た実質GDPの水準はスペインが6.5%、フランスが2.0%、イタリアが1.0%、ドイツが▲0.9%となっており、戦争後の製造業不振を受けて、特に製造業比率の高いドイツの成長低迷が続いている1(表紙図表1)。
ユーロ圏全体の産業別の前期比成長率(付加価値伸び率)は(図表5の濃い網掛け)、情報通信サービス(1.5%)が相対的に高い一方、金融(▲1.1%)、芸術・娯楽・その他(▲0.9%)、工業(▲0.2%、うち製造業は▲0.0%)、専門・事務サービス(▲0.0%)の伸びはマイナスになった。戦争後の製造業の低迷には歯止めがかかっておらず、22年夏と比較した付加価値水準(図表5の○印)は、製造業で3.3%程度低い水準まで低下している。

ユーロ圏全体の需要項目別の前期比成長率は(図表6)、個人消費0.4%(前期:0.6%)、投資0.6%(前期:1.8%)、政府消費0.4%(前期:0.9%)、輸出▲0.1%(前期:▲1.4%)、輸入▲0.1%(前期:0.5%)となり、前期比寄与度で在庫変動等が▲0.22%ポイント(前期:0.47%ポイント)、外需が▲0.01%ポイント(前期:▲0.91%ポイント)だった。なお、最近の投資や輸出入の動きは、アイルランドの知的財産生産物(IPP:intellectual property products)の移転に伴って振れ幅が大きくなっていると見られることから2、アイルランドを除く前期比伸び率を見ると、投資が0.9%(前期▲0.4%)、輸出が前期比▲0.7%(前期▲0.7%)、輸入が前期比0.1%(前期0.3%)だった。全体的には個人消費や投資が相対的に強く、輸出の弱含みが目立つ結果といえる。ただし、国別に見ると(図表7)、ドイツやフランスでは内需も冴えず、バラツキが目立つ。また輸出の弱含みはドイツの要因が大きい。
続いて消費および投資の動向をやや細かく見ると(図表8)、財・サービス別の消費動向は、財もサービスも10-12月期の前期比成長率が7-9月期に続いてプラスだった。実質賃金の改善が個人消費の成長に寄与していると見られる。
資産別の投資の動向を見ると、知的財産投資(アイルランド除く)がほぼ横ばい圏にとどまる一方、建築物投資や機械投資(ソフトウェア含む)がやや反発した。ただし、建築物投資も機械投資も基調としては弱含んでおり、地政学的な不確実性(ロシア・ウクライナ戦争や中東紛争など)、欧州の競争力低下(人手不足、電力価格の高さ、資材価格の上昇、過剰な規制・煩雑な行政手続きなど)、主要輸出先である中国市場の減速や中国との競争激化といった逆風が依然として投資の重しになっていると見られる。

財・サービス別の輸出動向を確認すると(図表9左)、財輸出が10-12月期に前期比▲0.3%(前期:▲0.9%)で2四半期連続のマイナスとなった。相手国別の財貿易(数量ベース)の動向を月次統計から確認すると(図表15右)、趨勢としては欧州向け(域内含む)が緩やかに低下、また、中国向けが大幅に低下している。上述の欧州の競争力低下や中国市場の減速・競争激化が輸出の重しになっていると見られる。
 
1 図表3・4の通り、ユーロ圏全体の成長率はスペインのほか、主要4か国意外の「その他の国」の加速によってもけん引されている。10-12月期は特にアイルランドが高成長を記録(前期比3.6%、前年比9.2%)し、ユーロ圏全体の伸び率を前期比で0.12%ポイント、前年比で0.29%ポイント押し上げている。
2 IPPが国外に流出する場合は投資がマイナス、輸出がプラス(流入は逆)となり、IPPの流出入の動きが激しいと投資や輸出入に影響が生じる。
(景況感は改善に乏しい)
より最近の状況をサーベイデータで確認すると、S&PグローバルのPMIでは50前後での推移で横ばい圏推移、欧州委員会調査のESIも低水準で横ばい推移となっている3(図表10・11)。

いずれも冴えない推移となっているが、PMIでは、製造業指数はやや持ち直しており、これまで不調だった製造業に底打ちするのかが注目される。ただし、前月からの変化に注目するPMIに対して、景気の基調に注目するESIでは業種別の推移で見ても大きな改善が見られないことから、基調的に見た景況感については、改善には乏しい状況と見られる。
 
3 PMIは前月より良くなったか(上昇・増加・改善)、あるいは悪くなったか(低下・減少・悪化)を回答し、単純に前月対比での方向性を聞くものとなっている。ESIは、過去3か月の需要変化・今後3か月の需要予想(サービス業)、将来1年間の財政状況・失業見通し(消費者調査)などから構成されている。
(労働市場は良好だが、製造業では軟化)
雇用環境は、失業率は低位安定している一方で(図表12左)、人手不足感は緩和しつつあり、特に製造業では軟化している(図表12右)。
10-12月期のユーロ圏の労働投入の伸びを見ると、就業者数ベースで前期比0.1%(前期:0.2%)、雇用者数ベースで前期比0.2%(前期:0.2%)となっている。プラスの伸びを維持する一方で、いずれも実質成長率をやや下回る上昇であり、結果として(1人当たりの)労働生産性の改善が進んでいる(図表13右)。これは、企業収益や実質賃金の押し上げ要因となるとともに、供給力の改善を示唆しておりインフレ鎮静化にも寄与し得る(図表13左)。ドイツの自動車産業など、不振業種の雇用削減計画も進められている状況であるが、雇用環境全体で見れば良好な状況で、またディスインフレにも寄与していると評価できる。
(物価・賃金:基調的なインフレ率にも鎮静化の兆し)
物価は、ここのところ総合インフレ率、コアインフレ率ともに横ばい圏で推移が続いており、特にコアインフレ率は2%のインフレ目標よりやや高めの状態にとどまっている(図表14)。

ただし、直近ではこれまで基調的なインフレ率を押し上げていたサービスインフレや賃金上昇率に鎮静化の兆しも見られる(図表15)。サービスインフレは25年2月(速報値)に3.7%まで低下し、賃金上昇率も先行指標となる求人賃金上昇率が3%付近まで低下した。また、ECBが集計する賃金トラッカーは今年後半に賃金上昇圧力が大幅に減ることを示唆している。また、物価上昇の勢い(季節調整後の3か月移動平均後の3か月前比年率)も2%前後での推移している。

足もとエネルギー価格の動向を反映する形で総合インフレ率は上下しているが、上述の生産性改善と合わせ、ディスインフレは進展していると評価できる。
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