なお、前回の推計
6(年齢別賃金は厚生労働省「令和3年賃金構造基本統計調査」、退職金は厚生労働省「平成30年就労条件総合調査(退職給付額の調査は5年毎実施)」)では、ケースAは2億5,570万円であり、今回は▲387万円少なくなっていた。内訳を見ると、年齢別賃金の合計(2億3,397万円)は▲251万円、退職金(2,173万円)は▲136万円となっていた。年齢別賃金について詳しく見ると、20・30歳代では今回の方が前回を上回っていたが、年齢が上がるにつれて、前回の方が上回る年齢が増え、48歳~55歳にかけて50万円~100万円ほどの差がひらいていた(図表13)。
なお、前々回の推計(「平成27年賃金構造基本統計調査」と退職金は厚生労働省「平成25年就労条件総合調査」)と比べても同様の傾向が見られたが、その差はさらに大きく(ケースAは2億6,077万円で今回が▲894万円下回る。年齢別賃金の合計で▲514万円、退職金で▲380万円)、年齢別賃金の比較では、前回推計との比較と比べて、さらに若い年代で差がひらいていた(42~54歳)。
これらの要因としては、女性の賃金が下がったということよりも、働く女性の増加により、女性の労働力の質が変化し、年収層の幅が広がったことが考えられる。例えば、2015年の統計を基にした推計における55歳の女性は、1990年頃に大学を卒業し、定年まで働き続けた女性である。当時、女性の大学進学率は1割程度であり
7、1986年に男女雇用機会均等法が制定されて間もなく採用された、いわゆる「均等法第一世代」である。総合職として入社したものの、結婚や出産、子育てを理由に退職する女性が多い中、働き続けた層は非常に限定的であり、高収入層に属すると考えられる。
なお、年齢別賃金の推計値について、若い年代では今回が、年齢とともに過去の推計が上回る傾向は、標準労働者の賃金を用いて産・育休を取得したケース(A-AやT1、T2)でも同様である。ただし、産・育休による休業期間によって、過去と比べて賃金の差が大きくひらく年代(50代後半の一部)が含まれない一方で、20・30歳代での賃金増加効果が比較的大きく出るために、全年齢を合計すると、今回の推計値が過去の推計値をやや上回る。
さて、図表12の大学卒の女性が60歳で退職した場合について働き方ケース別に生涯賃金を推計した結果に戻ると、2人の子を出産し、それぞれ産前産後休業制度と育児休業制度を合計1年間(2人分で合計2年間)利用し、フルタイムで復職した場合(A-A)の生涯賃金は2億3,092万円、復職時に時間短縮勤務制度を利用し、子が3歳まで時短勤務を利用した場合(A-T1)は2億2,296万円、小学校入学前まで利用した場合(A-T2)は2億1,550万円となる。
つまり、2人の子を出産し、それぞれ産休・育休を1年取得し、復職後には時短勤務を利用したとしても、生涯賃金は2億円を優に超える。ただし、本稿における推計では、育休から復職後は、すみやかに休業以前の状況に戻ることを想定しているが、実際には仕事と家庭の両立負担は大きく、職場と家庭双方の両立支援環境が充実していなければ、休職前と同様に働くことは難しいだろう。また、人事評価上の問題(休職期間が生じることが実質的には不利になる可能性など)や、周囲や本人の意識の問題(本人の希望によらず負担の少ない仕事を与えられる、あるいは本人の仕事と家庭に対する優先順位の変化など)などもあるだろう。一方で冒頭に示した女性の職業生活に関わる状況の改善傾向をかんがみれば、すみやかな復職を希望する場合は、それを実現しやすい環境が拡大していることを今後とも期待したい。
一方で、第1子出産後に退職し、第2子就学時にフルタイムの非正規雇用者として再就職した場合(A-R-B)の生涯賃金は1億125万円となる(A―T2より△1億1,425万円、△53.0%)。また、以前はМ字カーブ問題として指摘されていたように、出産を機に退職し、子育てが一旦落ち着いてからパートで再就職した場合(第1子出産後に退職し、第2子就学時にパートで再就職:A-R-P)は7,535万円(同△1億4,015万円、△65.0%)となる。
なお、出産前後で退職せずに就業継続した場合のA-AやA-T1・T2と、退職してパートで再就職するA-R-Pの生涯賃金を比べると1億5千万円前後の差が生じることになる。この金額差は、女性本人の収入として見ても、世帯収入として見ても、多大であることは言うまでもなく、配偶者の収入や資産の相続状況にもよるが、住居や自家用車の購入、子供の教育費等の高額支出を要する消費行動に影響を与える。当然ながら、個人消費全体にも影響を及ぼす。
さらに、女性を雇用する企業等から見ると、出産後も就業を継続していれば生涯賃金2億円を稼ぐような人材を確保できていたにも関わらず、両立環境の不整備等から人材を手離す結果となり、新たな採用・育成コストが発生しているとも捉えられる。女性の出産や育児を理由にした離職は、職場環境だけが問題ではないが、両立環境の充実を図ることは、企業にとってもコストを抑える効果はある。
また、女性が大学卒業後に直ちに就職し、正規雇用ではなく、非正規雇用の職に就き、休職することなく働き続けた場合(B)の生涯賃金は1億2,055万円であり、同一企業で働き続ける正規雇用者(A)の半分以下となる。また、正規雇用者と比べて賃金水準が低いために、産休・育休を2回利用して復帰した場合(B-B)でも生涯賃金は1億1,673万円であり、休職せず働き続けた場合と大きくは変わらない。
2020年4月から「同一労働・同一賃金」として同一企業等における正規雇用者と非正規雇用者の間の不合理な待遇差の解消が進められている
8が、賃金水準の問題だけでなく、非正規雇用者では退職金がない場合が多いため(本稿では非正規雇用者については退職金を設定せずに生涯賃金を推計)、正規雇用者と比べると生涯賃金に大きなひらきが生じている。