2|問われる自治体の取り組み
さらに、自治体、特に介護・福祉行政を司る市町村の取り組みが問われる。認知症基本法の規定に従うと、都道府県と市町村には認知症施策推進計画を策定するように努力義務が課せられている。このため、認知症基本法の理念などを実践するため、自治体(特に市町村)が「地域の実情」に沿った創意工夫を図るとともに、施策を計画的に推進することが求められる。
しかし、「地域の実情」という言葉を使うことで、どこか分かった気になるのも危険であり、施策の内容や進め方を具体的に検討する必要がある
9。例えば、認知症の人の見守りに関して言うと、住民同士の関係性が強い地域や地区では、互助の繋がりを通じたネットワークの構築が可能かもしれないが、近隣の付き合いが希薄な都市部では生活に密着する事業者との連携など、それぞれの市町村で異なる対応が求められる。
このため、市町村がデータで地域の状況を「見える化」するとともに、認知症の人や家族の意見を聞くことで、「地域の実情」を総合的に把握し、これに沿った施策を検討する必要がある。
しかし、認知症の人や家族の意見を踏まえて施策を展開できている市町村は必ずしも多くない。一例として、厚生労働省の委託調査
10では認知症バリアフリー化の推進に関して、「本人視点の反映を行っていく上で課題等、感じていることを教えてください」と市町村に尋ねる質問があり、「認知症施策の全体方針に本人視点の反映が示されていない、又は不明確である」という回答が68.6%に上った。別の委託調査
11を見ても、認知症の人の意見やニーズを聞く場として、「本人が集まり話し合う機会(本人ミーティング等)」を設けている市町村は21.2%にとどまった。
もちろん、市町村が認知症の人の意見を聞くルートは本人ミーティングだけでなく、地域包括支援センターの職員や市町村の保健師による相談業務とか、多職種連携の場である「地域ケア会議」、介護保険事業計画を策定する際の「在宅介護実態調査」なども有り得るため、こうした機会を市町村が積極的に活用する必要がある。
その際に必ず問われるのが財源と人材の問題である。このうち、財源に関しては、介護保険料を高齢者福祉に広く「転用」されている「地域支援事業」を使えるため、大きなハードルになるとは考えにくい。具体的には、地域支援事業の枠組みでは、初期集中支援チームや認知症地域支援員の財源に充当できる「認知症総合支援事業」が制度化されているほか、関係者を繋ぐことで地域の支え合いを強化する「日常生活支援体制整備事業」なども認知症の人を支える施策に活用できる。
さらに、「地域の実情」に沿った体制整備を進める方法論として、認知症の施策やケアに関わる条例を定めるのも一案である。地方自治研究機構の集計によると、23団体が制定しており、和歌山県御坊市や東京都世田谷区、千葉県浦安市では認知症の人の意見を丁寧に聞くプロセスが取られた
12。
現実的な問題として、3カ年の介護保険事業計画が2024年度からスタートした直後であり、自治体の認知症施策推進計画を本格的に始動するのは2027年度以降になると見られるが、こうした工夫を市町村には期待したい。
ただ、人材に関しては制約条件の一つになると考えており、広域自治体の都道府県による市町村支援が求められる。例えば、都道府県には市町村に対する情報提供や助言、人材育成などの支援に加えて、医師会など職能団体とのマッチングなどの役割も考えられる。さらに、認知症施策は福祉に限らず、交通や産業、雇用など幅広い分野にまたがるため、こうした点を都道府県が「地域の実情」に沿って関係者に意識付けして行くことも重要になる。
9 この関係では、国の審議会報告で多用されている「地域の実情」の論点などを考察したコラムを連載している(全6回)。2023年3月31日に掲載された拙稿の第1回では、多用されている状況や背景などを考察した。
10 日本認知症本人ワーキンググループ(2022)「地域における実践的な『認知症バリアフリー』の取組の推進に関する調査研究事業報告書」(老人保健事業推進費等補助金)を参照。この質問における回答数は878団体。複数回答可。
11 人とまちづくり研究所(2023)「認知症の人本人の声を市町村施策に反映する方策に関する調査研究事業報告書」(老人保健事業推進費等補助金)を参照。この質問における回答数は999団体。複数回答可。
12 認知症条例に関しては、2020年12月までに制定された条例の内容や検討過程を検証した調査研究として、日本医療政策機構などが2021年3月22日に公表した「中間報告書・政策提言書「住民主体の認知症政策を実現する認知症条例へ向けて」のほか、2023年11月20日『日経グローカル』、2024年2月20日『読売新聞』、2020年11月20日『毎日新聞』夕刊などを参照。2021年4月28日拙稿「自治体の認知症条例に何を期待できるか」も参照。