認知症基本法はどこまで社会を変えるか-当事者参加などに特色 問われる自治体や事業者の取り組み

2024年06月25日

(三原 岳) 医療

2第3条の基本理念の変化
基本理念を定める第3条も大きく変化している。2019年6月の与党案では、「認知症施策は…」という文章の後、認知症の人の意向に対する配慮とか、認知症の人の意思決定支援と保健・福祉サービスの提供など6項目が挙がっていた6

これに対し、成立した認知症基本法では「認知症施策は、認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすことができるよう…」という文章の後、図表1で挙げた7項目が列挙された。この点で見ても、認知症の人の尊厳が強く意識されている様子を読み取れる。

さらに、認知症基本法では「日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるものを除去」など、認知症の人の社会参加機会を図る上での障壁を除去する考えも加えられている。この記述は「認知症バリアフリー」と呼ばれる考え方をベースにしており、障害の「社会モデル」と社会モデルを基にした障害者差別解消法に近い発想と言える。

ここで障害の社会モデルを少し補足する7と、筆者は「社会的障壁」「合理的配慮」「過重な負担」の3つで概ね理解できると考えている。例えば、車椅子の人が街に出掛けた際、移動の不自由を感じる理由は「足が不自由」という点だけではない。むしろ、社会モデルでは「段差という社会的障壁が車いすの人を排除している」と考える。実際、二足歩行の人でも骨折で松葉杖の生活になれば、移動は困難になるし、重い荷物やベビーカーを押す場合、段差によって円滑な移動が阻まれる。このため、バリアフリー化などで段差を除去すれば、移動の不自由さは解消される。

ここで言う段差が1つ目のキーワードである「社会的障壁」である。障害者差別解消法では、「障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のもの」と定義されており、社会の構成員の意識や偏見も含まれる。

さらに、社会的障壁を除去する方法が「合理的配慮」であり、その方法は国の基準で一律に定められているわけではない。社会的障壁の除去に当たる機関が「過重な負担」にならない範囲で、障害者の個別の事情を考慮し、両者の「対話→調整→合意」のプロセスをたどることが重視されている。

上記の観点で認知症基本法の規定を見ると、「障壁」「除去」という文言とか、事業者の努力義務で「合理的な配慮」が定められている部分は社会モデルの考え方と符合している。要するに、認知症の人が生きにくさを感じないように、様々な障壁の除去が重要という考え方である。実際、認知症と向き合う「幸齢社会」実現会議の席上、岸田文雄首相は「認知症の方が住み慣れた地域で普通に暮らし続けられるよう、障壁を減らす認知症バリアフリーの取組を進めることが必要」と述べた8

このほか、第3条の基本理念でも与党案では「予防」の文言が使われていたが、法律では記述が消えており、ここでも論争的な言葉を避けた様子を見て取れる。

以上の考察を踏まえると、当初の与党案では「認知症の人の尊厳」などが言及されていたものの、どちらかと言うと施策の推進に力点が置かれていたのに対し、成立した認知症基本法では、施策の推進だけでなく、認知症の人の尊厳保持や社会参加支援などが強く意識されたことを確認できる。さらに、認知症の人の意見を踏まえつつ、予防の記述が後景に退いたり、社会モデルの考え方が反映されたりした様子を読み取れる。
 
6 具体的には、(1)常に認知症の人の立場に立ち、認知症の人及びその家族の意向の尊重に配慮して行われること、(2)認知症に関する国民の理解が深められ、認知症の人及びその家族がその居住する地域にかかわらず日常生活及び社会生活を円滑に営むことができるとともに、認知症の人が地域において尊厳を保持しつつ他の人々と共生することを妨げられないことを旨とすること、(3)認知症の人の意思決定の支援が適切に行われるとともに、その意向を十分に尊重し、その尊厳を保持しつつ、切れ目なく保健医療サービス、福祉サービスその他のサービスが提供されること、(4)認知症の人に対する支援のみならず、その家族その他認知症の人と日常生活において密接な関係を有する者に対する必要な支援が行われること、(5)認知症に関する専門的、学際的又は総合的な研究を推進するとともに、認知症及び軽度認知障害に係る予防、診断及び治療並びにリハビリテーション及び介護方法その他の事項に関する研究開発等の成果を普及し、活用し、及び発展させること、(6)教育、地域づくり、雇用、保健、医療、福祉等の関連分野における総合的な取組として行われること――の6項目。
7 障害者差別解消法は2016年4月に施行され、行政機関は配慮の提供が義務付けられた。2024年4月の改正法では民間にも合理的配慮の提供義務が課せられた。同法については、川島聡(2016)ほか『合理的配慮』有斐閣などを参照。ESGを通じて企業と社会課題の関係性を論じた2022年3月25日拙稿「社会保障から見たESGの論点と企業の役割」の第2回、2018年3月23日拙稿「『合理的配慮』はどこまで浸透したか」も併せて参照。
8 2023年11月13日会議議事録における発言を参照。

4――今後の論点

4――今後の論点

1国による計画策定
今後の論点として、秋にも策定される国の基本計画が一つのポイントとなりそうだ。認知症基本法が2024年1月に施行されたのを受け、同年3月には認知症の人や医療・介護業界関係者や自治体関係者、有識者などで構成する「認知症施策推進関係者会議」が発足。同会議を中心に現在、秋頃の基本計画策定に向けた検討が進んでおり、内容が注目される。

その際には、引き続き「予防」の記述の取り扱いが論点として想定されるほか、認知症の重症化予防薬として認可された「レカネマブ」の可能性なども新たな論点となりそうだ。
2|問われる自治体の取り組み
さらに、自治体、特に介護・福祉行政を司る市町村の取り組みが問われる。認知症基本法の規定に従うと、都道府県と市町村には認知症施策推進計画を策定するように努力義務が課せられている。このため、認知症基本法の理念などを実践するため、自治体(特に市町村)が「地域の実情」に沿った創意工夫を図るとともに、施策を計画的に推進することが求められる。

しかし、「地域の実情」という言葉を使うことで、どこか分かった気になるのも危険であり、施策の内容や進め方を具体的に検討する必要がある9。例えば、認知症の人の見守りに関して言うと、住民同士の関係性が強い地域や地区では、互助の繋がりを通じたネットワークの構築が可能かもしれないが、近隣の付き合いが希薄な都市部では生活に密着する事業者との連携など、それぞれの市町村で異なる対応が求められる。

このため、市町村がデータで地域の状況を「見える化」するとともに、認知症の人や家族の意見を聞くことで、「地域の実情」を総合的に把握し、これに沿った施策を検討する必要がある。

しかし、認知症の人や家族の意見を踏まえて施策を展開できている市町村は必ずしも多くない。一例として、厚生労働省の委託調査10では認知症バリアフリー化の推進に関して、「本人視点の反映を行っていく上で課題等、感じていることを教えてください」と市町村に尋ねる質問があり、「認知症施策の全体方針に本人視点の反映が示されていない、又は不明確である」という回答が68.6%に上った。別の委託調査11を見ても、認知症の人の意見やニーズを聞く場として、「本人が集まり話し合う機会(本人ミーティング等)」を設けている市町村は21.2%にとどまった。

もちろん、市町村が認知症の人の意見を聞くルートは本人ミーティングだけでなく、地域包括支援センターの職員や市町村の保健師による相談業務とか、多職種連携の場である「地域ケア会議」、介護保険事業計画を策定する際の「在宅介護実態調査」なども有り得るため、こうした機会を市町村が積極的に活用する必要がある。

その際に必ず問われるのが財源と人材の問題である。このうち、財源に関しては、介護保険料を高齢者福祉に広く「転用」されている「地域支援事業」を使えるため、大きなハードルになるとは考えにくい。具体的には、地域支援事業の枠組みでは、初期集中支援チームや認知症地域支援員の財源に充当できる「認知症総合支援事業」が制度化されているほか、関係者を繋ぐことで地域の支え合いを強化する「日常生活支援体制整備事業」なども認知症の人を支える施策に活用できる。

さらに、「地域の実情」に沿った体制整備を進める方法論として、認知症の施策やケアに関わる条例を定めるのも一案である。地方自治研究機構の集計によると、23団体が制定しており、和歌山県御坊市や東京都世田谷区、千葉県浦安市では認知症の人の意見を丁寧に聞くプロセスが取られた12

現実的な問題として、3カ年の介護保険事業計画が2024年度からスタートした直後であり、自治体の認知症施策推進計画を本格的に始動するのは2027年度以降になると見られるが、こうした工夫を市町村には期待したい。

ただ、人材に関しては制約条件の一つになると考えており、広域自治体の都道府県による市町村支援が求められる。例えば、都道府県には市町村に対する情報提供や助言、人材育成などの支援に加えて、医師会など職能団体とのマッチングなどの役割も考えられる。さらに、認知症施策は福祉に限らず、交通や産業、雇用など幅広い分野にまたがるため、こうした点を都道府県が「地域の実情」に沿って関係者に意識付けして行くことも重要になる。
 
9 この関係では、国の審議会報告で多用されている「地域の実情」の論点などを考察したコラムを連載している(全6回)。2023年3月31日に掲載された拙稿の第1回では、多用されている状況や背景などを考察した。
10 日本認知症本人ワーキンググループ(2022)「地域における実践的な『認知症バリアフリー』の取組の推進に関する調査研究事業報告書」(老人保健事業推進費等補助金)を参照。この質問における回答数は878団体。複数回答可。
11 人とまちづくり研究所(2023)「認知症の人本人の声を市町村施策に反映する方策に関する調査研究事業報告書」(老人保健事業推進費等補助金)を参照。この質問における回答数は999団体。複数回答可。
12 認知症条例に関しては、2020年12月までに制定された条例の内容や検討過程を検証した調査研究として、日本医療政策機構などが2021年3月22日に公表した「中間報告書・政策提言書「住民主体の認知症政策を実現する認知症条例へ向けて」のほか、2023年11月20日『日経グローカル』、2024年2月20日『読売新聞』、2020年11月20日『毎日新聞』夕刊などを参照。2021年4月28日拙稿「自治体の認知症条例に何を期待できるか」も参照。
3事業者の工夫も必要
認知症基本法では事業者の役割も言及されており、接遇改善などで工夫が求められる。例えば、軽度な認知症の人が公共交通機関を使って外出している際、自分の居場所が分からなくなっても、交通機関の職員が「この人は認知症かも…」と思って接遇するだけでトラブルは減らせるかもしれない。さらに、認知症の人もトラウマ(心の傷)を感じることなく、外出を継続できるかもしれない。

こうした観点で、交通や金融など業界ごとの接遇ガイドラインが整備されており、一部の小売店で実施されているスローレジなどは一つの試みと言える。さらに、事業者が認知症の人に配慮していることを表明する「認知症バリアフリー宣言」では、金融業などを中心に35の組織が宣言している。

この観点は先に触れた認知症と向き合う「幸齢社会」実現会議でも話題になった。2023年11月の会議では、大手小売会社や食品販売会社、東京都町田市で認知症の人の就労支援などに取り組む会社による発表の後、岸田首相が厚生労働省を中心に関係府省で連携しつつ、幅広い業種で手引きを作成する必要性を強調した13

しかし、管見の限り、事業者は手探り状態のようだ。事業者としては、自ら認知症の人の暮らしやニーズを把握するのは困難であり、二の足を踏むのは止むを得ない面がある。

そこで、ここでも期待したいのは自治体の役割である。厚生労働省の委託調査14によると、事業者は地域連携を図る上で、「他の事業者や自治体担当者などと情報共有する場がない」「誰に相談してよいのかわからない」などと感じており、逆に市町村サイドは「団体・企業などとの連携をすすめるためのノウハウがない」「団体・企業などへのメリット作りが難しい」という悩みを有している。

このため、市町村が認知症施策推進計画や関係施策を検討する際、認知症への対応に関心を持ってくれそうな事業者に働き掛けるとか、スローレジなど小さな取り組みを試行することが考えられる。さらに、都道府県が市町村と業界団体をマッチングする機会を持つなど、市町村と事業者の距離感を縮める努力が求められる。事業者としても、市町村の施策にアンテナを立てつつ、関係部署に自ら接触するなどの対応を期待したい。少なくともバリアフリー宣言を発表しただけで取り組みを終わらせる形骸化は避ける必要がある。
 
13 2023年11月13日会議議事録における発言を参照。
14 日本規格協会(2021)「認知症に関する企業等の『認知症バリアフリー宣言(仮称)』及び認証制度の在り方等に関する調査研究報告書」(老人保健事業推進費等補助金)を参照。企業の回答数は182社であり、「他の事業者や自治体担当者などと情報共有する場がない」は36.3%、「誰に相談してよいのかわからない」は27.5%を占めた。市町村向け調査では780団体が回答し、「団体・企業などとの連携をすすめるためのノウハウがない」が60.1%、「団体・企業などへのメリット作りが難しい」が45.8%だった。引用した設問は全て複数回答可。

保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳(みはら たかし)

研究領域:

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴

プロフィール
【職歴】
 1995年4月~ 時事通信社
 2011年4月~ 東京財団研究員
 2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
 2023年7月から現職

【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会

【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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